第三十八話 ジュネブル王国の歴史
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ヒルド砦にある館では、急遽各国の代表が集まり軍議が開かれることとなった。
私も末席に座り軍議に加わる。肩越しに背後を見れば秘書官のシュピリだけでなく、ヴェッリ先生も軍師として参加してもらっている。さらに護衛としてはレイが立っている。だがここにアルの姿はない。アルにはギャミ達を、ライオネル王国の陣地に戻してもらっている。
「さて、軍議を始めよう」
ヒュース王子が連合軍の盟主として、軍議の開催を告げる。そして列席する私達を見回した。
「誰もが驚いていると思うが、まずは状況を確認しておこう。十五年前に亡くなられたジュネブル王国のジュドー王には直系の男子がおらず、一人娘であるジャネット様が後を継いで女王となった。ジャネット女王はマーナンを王婿として迎え、二人の間にはジュジュ王女が生まれた」
ヒュース王子が、ジュネブル王国の王室の歴史を諳んじる。
「しかしジュネブル王国は魔王軍に攻撃され、王都ジュネルは包囲された。ジャネット女王はマーナンとジュジュ王女と共に脱出を試みたが、魔王軍に捉えられ殺された。三人の死体は晒され、多くの者がその死を確認している」
ヒュース王子の言葉に、私は頷いて応える。私も同じように聞いていた。
「誰か、ジャネット女王の生存を知っていた者はいるか?」
ヒュース王子が周りを見回すが、誰もが首を横に振った。
知っているわけがなかった。ジュネブル王国の王族は一人残らず死に絶え、ジュネブル王家は滅んだ。そのためディナビア半島は統べる者がおらず、我ら連合軍は亡きジュネブル王家に代わり、その国土を分割統治する。これが連合軍の大義名分だったのだ。しかしジャネット女王が生きていたとなれば、話が変わってくる。正当な所有者がいる以上、ディナビア半島はジャネット女王に返さなければいけなくなる。
「そもそも、あの女性は本当にジャネット女王なのか?」
白い髭を携えたガンブ将軍が、軍議に問いを投げかけた。これは一考に値する問いであった。滅んだ国の末裔を騙る者は多い。
「誰か、本物のジャネット女王を見たことがある者はいるか?」
ガンブ将軍が軍議の席を見回すが、多くの者は答えられなかった。
私をはじめ、この軍議に列席している者は若者が多い。ジュネブル王国が滅ぼされたのは今からもう何年も前のこと。私自身、ジュネブル王国に訪れたことはない。
「そういえば、王婿として迎え入れたマーナンは、確かホヴォス連邦の人間であったな」
グーデリア皇女が、銀の瞳をディモス将軍に向ける。
「はい。たしかにマーナンは我がホヴォス連邦のクラウ公爵家の出です。私はジャネット女王とマーナンの婚礼、そしてジュジュ王女の誕生の二回、ジュネブル王国に赴き、ジャネット女王とも拝謁しております」
ディモス将軍が頷きながら言葉を続ける。
「ジャネット女王は、ジュネブル王国の宝と呼ばれるほどの美貌の持ち主でした。お会いするのは数年ぶりですが、面影は残っています」
「では、あのジャネット女王は本物……」
ヒュース王子が頷きかけた時、ディモス将軍が待ったをかけた。
「あっ、いや。お待ちください。ジュネブル王家は直系の子孫がジャネット女王ただ一人でした。ジャネット女王が亡くなれば王位継承権は傍流の家系に移される状況であり、ジャネット女王は暗殺される可能性がありました。そのためジャネット女王はいつも身代わりとなる、替え玉を連れていたのです」
ディモス将軍の言葉に、誰もがハッと目を見合わせた。
「替え玉はジャネット女王と瓜二つと言っていいほどそっくりでした。私は二人が同時にいるところを見たことがあるのですが、どちらが本物かわからないほどでした」
「ではあのジャネット女王は、その替え玉の可能性もあるわけですね」
隻眼の騎士ライセルが頷く。それは一縷の希望と言えた。例えどれほど似ていても、替え玉にジュネブル王国を継ぐ資格はない。ジャネット女王本人ではないと分かれば、連合軍としてはありがたい。だがその時、これまで口を開かなかったヘレン王女が声を上げた。
「あの、ジャネット女王が仮に偽物だったとして、ジュジュ王女はどうなのでしょう?」
「それは……」
ディモス将軍も何も言えなかった。ジャネット女王が偽物だったとしても、ジュジュ王女が本物であれば、彼女には王国を継ぐ権利がある。しかしジュジュ王女が本物であると、一体誰が証明できようか?
「……これは、ジャネット女王と直接話してみるしかないな」
ヒュース王子が呟くように提案する。確かに真偽を判定するには、それ以外に方法はなさそうだった。




