第三十七話 滅んだ国の民
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太陽が頂点で輝きを強めた頃、私は兵士二千人を率いてヒルド砦に到着した。アルとレイに秘書官のシュピリ、そしてヴェッリ先生にも軍師として帯同してもらっている。さらにライオネル王国で預かっていた、特務参謀ギャミとその護衛や侍女にも交渉に立ち会うために来てもらっている。
私がヒルド砦に到着すると、すでにヒューリオン王国とフルグスク帝国、そしてハメイル王国の軍勢が整列していた。中心に位置するヒューリオン王国の前には、太陽、月、大鷲の三つの旗が翻り、各国の代表が集まっている。
私は兵士達を整列させ、レイに部隊を預ける。そして私自身は獅子の旗を掲げる兵士を先頭に、アル、シュピリ秘書官、ヴェッリ先生、そしてギャミ一行と共に各国の代表が集まる場へと向かう。
ヒューリオン王国の軍勢の前に行くと、金色の髪に王冠を戴くヒュース王子がいた。その隣には銀の髪に深い海のような青いドレスを纏った、フルグスク帝国のグーデリア皇女が寄り添うように立っている。そして少し離れたところには、ハメイル王国の隻眼の騎士ライセルがいた。彼はハメイル王国の指揮官代理という立場だ。
私達がヒュース王子達のもとに向かうと、銀の車輪の紋章を掲げたヘイレント王国の軍勢もやって来る。先頭で率いているのは、長い白髭のガンブ将軍だ。その背後には大きな瞳に緑のドレスのヘレン王女と、お付きの騎士ベインズもいる。
ヘイレント王国の後には、五つの星の旗を翻すホヴォス連邦の軍勢が進む。指揮をするのはディモス将軍だった。
両国の代表者は引き連れてきた兵士を整列させると、私達のもとにやって来る。
連合軍のお歴々が揃ったが、ここにレーリア公女とゼファーの姿はない。
私は西へと目を向けた。荒野を挟んだ先には、竜の旗を掲げる軍勢が整列している。魔王軍だ。
魔王軍の中央には、軍勢に埋もれることのない巨体がどんと居座っている。魔王の実弟ガリオスである。ガリオスは魔族に囲まれていたが、その中に人間の姿があった。茶色い髪のゼファーに、金髪に赤いドレスを着たレーリア公女だ。二人共怪我をしている様子はない。
人質として魔王軍に赴いた二人の姿を、遠目にだが見ることが出来て私は胸をなでおろした。二人の無事を確認した私は、北に目を向ける。
北には険しい山々に囲まれた一本の街道があった。ディナビア半島への陸路は、あの街道しか存在しない。現在街道はいくつもの柵が並べられ、ヒューリオン王国の兵士が封鎖していた。
私は最後に空を見上げた。雲一つない空で、太陽は輝きを強めている。正午だ。
「よし、時間だ」
ヒュース王子が頷き、そばにいる兵士に手を掲げて命じると、三度太鼓が叩かれた。太鼓の音を聞き、北の回廊を封鎖していたヒューリオン王国の兵士が動く。街道を封鎖していた柵を退けて道を開ける。しばらくすると街道から鱗を持つ魔族の一団が姿を表す。その数は百体。
百体の魔族は身を寄せ合うように一塊となって進み、ガリオス率いる魔王軍の軍勢に向かって歩き合流した。
魔族達が無事合流したのを見て、私はレーリア公女達と交換で来ているギャミを見た。ギャミは顎を引いて頷く。ギャミの頷きに呼応するかのように、西に陣取る魔王軍からも太鼓の音が三度響く。その後魔王軍の軍勢から、百人ほどの人間の集団が現れた。ローバーンで奴隷となっていた人達だ。
ボロボロの服を身に纏った彼らは、私達に向かって真っすぐに向かってくる。
遠目に見ても誰もがやせ細っており、薄汚れていた。だが目を凝らせば、彼らが着ている服が貴族や商人。司祭の服であることが分かった。
かつてディナビア半島には、ジュネブル王国という国が存在していた。現在は魔王軍に滅ぼされ、国の名は歴史の一部となっている。彼らは滅ぼされたジュネブル王国の貴族や名士達だ。奴隷に身を落としながらも、身の証となる衣服を隠し持っていたのだ。
「滅んだ国の貴族か……哀れだな」
ヴェッリ先生が息を吐く。私も同感だった。
ジュネブル王国は王族が一人残らず死に絶え、滅び去っていた。かつて所有していた地位や土地、財産の全ても失われている。もはや過去の栄光にはなんの意味もない。
彼らもそのことには気づいているだろうが、必死に衣服を保管してかつての身分にしがみついていたのだ。
国が滅ぶという意味をまざまざと見せつけられ、私をはじめ各国の代表も言葉がなかった。
私達は無言でやってくる人々を眺めていると、最後尾に奇妙な一団がいることに気がついた。一番後ろを歩いている二十人ほどの集団だが、歩調を合わせて四角い方陣を保ちながら進んでいた。方陣の中心には二人の人物がいるようだが、隙間なく整列する人々に守られ姿はよく見えない。
解放された百人の人々は、私達の前までくると、最後尾の集団のために左右に分かれて私達の前に道を造る。最後尾の集団は当然のように人々の間を進み、私達の前にまでやってきた。
方陣を構成する男達は、誰もが薄汚れ痩せていた。しかし体格は良く行進する歩調にも乱れはない。おそらく元兵士であろう。方陣の先頭には、一人の老人が先導するように歩いている。長い白髭に白髪の老人が身につけている衣は、灰色に汚れているが枢機卿の衣服であることがわかった。
「あれはもしや、ゾレル枢機卿か?」
呟いたのはディモス将軍だった。その場にいた全員の目がディモス将軍に集中する。
「ご存知なのですか?」
「え、ええ。私は何度かジュネブル王国に行ったことがありますので。まさか生き延びておいでだったとは、思いませんでした」
私の問いに、ディモス将軍は驚きながらも語る。では間違いないと私達が視線を前に向けると、ゾレル枢機卿を先頭に四角い方陣を組んだ一団が私達の前に進み出て停止する。
「連合軍の皆様。我らジュネブルの民をお救いいただき、ありがとうございます」
ゾレル枢機卿は大仰に頭を下げた。
「我らが主も、感謝の言葉を述べたいと申しております」
「待て、主だと!」
ディモス将軍が驚きの声をあげるが、ゾレル枢機卿は腰を折ったまま右に下がる。
私も驚きに、視線をさまよわせる。ジュネブルの民が主人と仰ぐ人物は、たった一人しかいないからだ。
私達の驚きを無視して、方陣を組んでいた兵士達の前列が左右に分かれていく。
方陣の内部には、二つの人影があった。
一人は黒いドレスに身を包み、頭には喪を示すヴェールを被っていた。薄いヴェール越しに、女性の顔が見てとれる。歳の頃は四十程であろうか、肌は透き通るように白く、唇は赤く色付いている。茶色い髪には艶があり、長いまつ毛に彩られた黒い瞳は艶かしさがあった。
なんとも色気のある女性であった。今でこれなら、若い頃はさぞや男性の目をひいたことだろう。そしてその女性の左隣には、女の子が立っている。
まだ十歳に満たない子供だった。桃色のドレスを着ているが、やや体に合っておらず居心地が悪そうにしている。茶色い髪に大きな瞳はあどけなさこそあるものの、隣に立つ女性に似たところがあり、二人が親子であることが察せられた。
右へと下がったゾレル枢機卿が、胸をそらして声を張り上げる。
「ここに居られるは、ジュネブル王国の正統なる支配者。ジャネット女王とその一人娘ジュジュ王女にあらせます」
ゾレル枢機卿の言葉に、驚きの衝撃となって私達の間を駆け抜けた。
何故ならジャネット女王とその一人娘ジュジュ王女は、ジュネブル王国が滅んだ際、魔王軍に捕まり処刑されたと言われていたからだ。
これは面倒なことになると、私達は互いに目を見合わせる。
私達の前に立つジャネット女王は、ヴェールの下で赤い唇に笑みを浮かべる。一方その左に立つジュジュ王女は、大人達が驚く状況が理解出来ず、不安げな瞳を右上に向けていた。




