第三十六話 ヴェッリの吉報
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私がアル達と共に補給部隊を出迎えに行くと、レーン川を挟んだ荒野に兵士と馬車の一団が見えた。獅子の旗を掲げる五千人の兵士達の後には、食料や物資を満載した馬車が続々と続く。兵士や補給部隊を率いているのはボサボサ頭に無精髭、緑色の服を着た男性だった。
「ヴェッリ先生!」
私が無精髭の男性に向かって手を振ると、ヴェッリ先生がこちらに向かってくる。
「おう、ロメリア。久しぶりだな」
「よく来てくれました。食料がなくて困っていたのです」
私は到着した馬車の一団を見て、胸を撫で下ろした。連合軍はガンガルガ要塞攻略の前から食糧や物資が不足していた。ヒルド砦や要塞に残っていた食料が手に入ったが、それでも十分ではなかった。これで一息つける。
「ロメリア様。俺達もいますよ」
ヴェッリ先生の背後から、五人の兵士が現れる。
「タース。それにセイ、シュロー、レット、メリル」
私は声をかけてきたタースと、その背後にいたセイ、シュロー、レット、メリルの四人にも笑いかける。
タースを含めた五人はガンガルガ要塞攻略に参加せず、ライオネル王国で兵士の訓練に当たっていた。ヴェッリ先生だけでなく、援軍にこの五人をつけたのは、国内にいる私の勢力を追い出す目的だろう。つまりアラタ王は私を排除するため、何かを企んでいる。どうにかしなければいけないが、どうしたものか。
「ロメリア、色々あるだろうが後の問題は後で考えよう。兵士は五千で足りるか?」
「ええ十分です」
私は頷いた。正直、ライオネル王国軍はボロボロだ。怪我のない者など千人程しかいない。
それにタース達五人を、つれて来てくれたこともありがたい。カイルにオットー、グランにラグンの四将軍はガリオスと戦い負傷している。本人達はもう立てると言っていたが、私は傷が完治するまで使うつもりはない。彼らの代わりに指揮が取れる人間が欲しかったのだ。
「ヴェッリ先生も来てくれて助かります。魔王軍との停戦交渉や、連合軍との折衝やらで手が足りなくて」
「本当はクインズのやつも来たがっていたんだがな。ちょっとあいつ動けなくてな」
「クインズ先生がどうかされたんですか?」
ヴェッリ先生の言葉を聞き、私は不安になる。事故か病気にでもあったのだろうか
「ああ、安心しろ。元気だ。ただ今のあいつは身重でな」
私はヴェッリ先生の言っている意味がわからず首を傾げた。だがすぐにその意味に気づいた。
「え? 身重って、え? クインズ先生にお子さんができたんですか? え? 誰……の?」
私はただ驚きながら、困惑の瞳をヴェッリ先生に向ける。
「ああ、もちろん俺の子供だぞ。妊娠が分かったのが二十日ほど前だ。あいつとはもう付き合い始めて、一年になるかな」
私はさらに驚いた。クインズ先生とヴェッリ先生が長い付き合いであり、互いに尊敬していることは知っていた。私は二人が付き合えばいいのにと思っていたが、二人はそんなそぶりをまったく見せなかった。なのに私の知らないところで、二人はできていたという。
「どうして! 何故教えてくれなかったんです!」
「何故って、生徒の前でいちゃつくわけないだろ」
私が口を尖らせると、ヴェッリ先生は当然だろと返す。どうやら二人の前では、私はいつまでも子供らしい。
「それで、結婚は?」
「あーそれがまだだ」
「なんですって! 何をしているんです。先生!」
視線を逸らすヴェッリ先生に、私は目を怒らせた。
未婚の女性が出産したとなれば、ふしだらだと問題になってしまう。出産の前に結婚するかしないかで、その女性の人生は大きく変わるのだ。
「落ち着け、俺も男だ。妊娠を告げられた時点でクインズには求婚した。すぐに式を挙げるつもりだったが、クインズが結婚式にはお前にも出てほしいと言い張ってな」
ヴェッリ先生の説明を聞き、私はなるほどと頷く。確かに先生達の結婚式にはぜひ出席したい。
「ということで、この戦争。さっさと終わらせて帰るぞ」
ヴェッリ先生が声を張り上げる。私も俄然やる気が出てくる。尊敬するクインズ先生の結婚式には、自分の葬式すっぽかしてでも出席しなければいけない。それに先生の赤ちゃんも抱いてみたい。
「来る途中で手紙を受け取って大体のことは把握しているが、細かいところはどうなっているんだ?」
「奴隷となった人々の解放と、ディナビア半島に残る魔族の脱出の許可。これは試験的に実行するところまでは話が進んでいます」
私は北に目を向けた。今日は天気がいいので、ディナビア半島の山々も一望出来る。
「今日の正午にまずは百体の魔族を、ディナビア半島から脱出させます。そして代わりに百人の奴隷を、ローバーンから解放してもらいます。今日の交換が問題なく進めば、三日後に五万人の奴隷と引き換えに、ディナビア半島の封鎖を一日解除する予定となっています」
「五万か……多いな」
「はい、食料と物資がまるで足りません」
奴隷の解放は私が言い出したことだが、五万人を受け入れるとなるとこれは大変な作業だった。
受け入れる以上、衣食住を保障しなければいけない。特に食料は重要だ。奴隷として生活していたのだから、彼らの栄養状態は十分ではないと予想される。しっかりと食べさせて、体力を取り戻してもらわないといけない。
「解放した人々の支援を、各国の代表は納得しているのか?」
ヴェッリ先生が懐疑的な瞳を私に向ける。奴隷を助けるために、自分の食料を減らすことに多くの人は同意出来ない。軍議でも批判は出た。
「ホヴォス連邦とヘイレント王国が難色を示しましたが、最終的にそれぞれの本国が許可の命令を出しました」
私は軍議での様子を思い返した。
連合軍各国はディナビア半島を分割統治し、自分達の国の一部とするつもりだった。だがそのためには自国の民を移民させなければならない。
移民するとなると希望者を募り、移動させる必要がある。時間はかかるし、十分な数の移住者が集まるとも限らない。
一方で連合軍各国は、ガンガルガ要塞攻略に多くの損害を出した。各国はすぐにでも失った戦費を補填したいという事情がある。奴隷となった人々を受け入れることは、今は苦しいが長い目で見れば得となる。
「うちも火の車だが、どこも財政はよくないようだな」
ヴェッリ先生が空を見上げた。太陽は頂点に向かいつつある。奴隷となった人々と、魔族の交換の刻限は近い。
「そろそろヒルド砦に向かいましょう」
私の言葉にヴェッリ先生が頷いた。
クインズとヴェッリ、実は隠れていちゃついてた




