第八十四話 暗殺者
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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あわただしく去っていくクリートの背中を見送った私は、ただただぽかんとしていた。
護衛に立つグランとラグンも同じである。
「す、少し見ないうちに、ずいぶんと変わりましたね……」
「一体何をしたんですか、ロメリア様?」
グランが呆然とし、ラグンは目を剥く。だが私は何もしてないと言いたい。
「いや、違います。私は何もしていませんよ! 本当です!」
私は身の潔白を訴えた。
確かにクリートに対しては、便利に使っていたところはあった。いや酷使していたと言っていい。だがクリートのあの変貌に、私は無関係だ。彼が自然にああなったのだ。
私は弁解したが、グランとラグンはまだ疑いのまなざしを向ける。自分のこれまでの行いもあるが、本当に無関係なのだ。
「確かにあの変貌には驚きですが、悪いことではないので……」
私はクリートの、暴走ともいうべき変貌を放置していた。付き合わされる周囲は大変だろうが、クリートのおかげで研究が進んでいるところもある。
「まぁ、魔導船でしたっけ? あれの解明は急務でしょうね」
「ほかの国は何か言ってこないので?」
「興味はかなりあるようですね、研究の進捗を毎日のように尋ねてきています。ただ研究できるほどの魔導士が、まだ到着していません」
私はクリートの存在に感謝した。
宮廷魔導士の地位にあるクリートは、当然魔導の専門家だ。一方で現在連合軍において、クリート以上の魔導士がいない。もちろん大国の本国に行けば、クリート以上の魔導士は存在する。だが今この場にはいない。
魔導船発見の報告を聞き、急ぎ派遣しているところだろう。だが到着には時間がかかる。
「各国の専門家が到着するまでは、自由にできるでしょう。それまで研究を進めておく必要がありますね」
私の答えに、グランとラグンが頷く。
魔導船の研究と解明は、魔族の本拠地である魔大陸に行けるかどうかにかかわってくる。魔大陸に囚われた人々を助けるのは、私の最終目的でもあるため、なんとしてでも解明したい。
「ところで、魔導船の扱いってどうなるんですかね? この国にあるものですし、ジュネブル王国のものになるんですか?」
「そうなりますね、扱い的には戦利品の名目になります」
ラグンの問いに私は頷く。ジュネブル王国にある戦利品であるため、ジュネブル王国の財産として計上される。
「ですのでジュネブル王国から、連合軍が借り受けると言う形になっています。もちろん費用は、ジュネブル王国の借金から引かれることとなります」
「ジュネブル王国としては、借金が減ってよかったですね」
グランの答えに私も頷く。
ジュネブル王国は国として再出発する条件として、取り返した国土を連合軍から買い取る選択をした。だがこの借金は莫大な額に登り、孫の代になっても返済できるかどうかわからないほどだ。
一方で私達が発見した魔導船は、人類が所有していない未知の技術で造られており、その存在価値は計り知れない。借り受ける費用は価値に見合うものであり、借金の返済の大きな助けとなるだろう。
私は空を見上げて息を吐いた。
ディナビア半島の平定も終わり、状況は良くなりつつあった。魔王軍もしばらくは戦闘行動を起こせないだろうから、今のうちに体制を整えておく必要がある。
ぼんやりと空を見上げていると、私は周囲に目を配った。
「シュピリさん、遅いですね」
私は秘書官の姿を探した。足を冷やすと言って出ていったが、まだ戻らない。道に迷ったか、あるいは足が痛み立ち往生しているのかもしれない。
グラン達のどちらかに探しに行かせるべきかと考えていると、ラグンが庭の端に指を向ける。
「ロメリア様、戻ってきましたよ」
ラグンの指の先を見ると、橙色のドレスを着たシュピリが戻ってくるのが見えた。やはり足が痛むのか、足をかばうように歩いている。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「遅いので心配しましたよ、シュピリさん」
「もし足が痛むのでしたら、お部屋までお送りしましょうか?」
グランとラグンが甘い顔を見せる。一方シュピリさんは、先程座っていた椅子に腰を掛ける。
「お待たせして申し訳ありません、ロメリア様」
シュピリは謝罪するが、私は軽く頭を下げる彼女を、まじまじと見つめた。
何かがおかしかった、だが何がおかしいのか指摘できない。しかし強烈な違和感が、確信めいた感覚を私に与えていた。
「……貴方、誰です?」
私の不用意な一言に、グランとラグンは意味が分からず互いに顔を見合わせる。だが言われた本人は瞬時に顔色が変わり、同時に目に殺気が宿る。
そこからの動きは素早かった。目の前の女がスカートの裾をめくったかと思うと、曲線美が顕わとなる。太ももには短剣が括りつけられており、女は即座に引き抜く。
月光に刃が煌めき、私に突き出される。だが私も即座に反応し、倒れるように後ろに逃れる。
「シュピリさん?」
「一体何を!」
突然の状況に、グランとラグンが慌てるも、まだ現状は呑み込めていない。
女は倒れた私を狙って、短剣を逆手に持ち替え飛び掛かってくる。私は右に転がって回避した。
私は何とか逃げようとしたが、女に足を掴まれる。女の右手には逆手に握られた短剣。逃げられない。
倒れる私は、右にさっきまで座っていた椅子があることに気づいた。手を伸ばして椅子の足を掴むと、引っ張って盾にする。刃が椅子の座面を突き破り、私の顔に迫る。顔に当たりそうになるも、寸前のところで刃が停止する。
目の前に迫った刃に息が止まりそうになるが、足で女の体を蹴り飛ばす。
短剣を手にした女が後ろに倒れる。私が起き上がるとグランとラグンが腰の剣を抜く。
「気を付けて、グラン、ラグン。その女はシュピリさんではありません」
私の注意に、グランとラグンは剣を構えて私の前に立つ。
二人の護衛を手ごわいと見た女は、顔を歪めるも即座に踵を返し逃走する。
「待ちなさい!」
私は即座に追いかけた。グランとラグンが止めようとするも、このまま放置するわけにはいかなかった。
女は中庭を抜け、離宮の裏へと逃げていく。あそこは厨房や倉庫など、使用人達が働く区画だ。人込みに紛れられては逃げられるかもしれない。
追いかける私にグランとラグンが続く。離宮に入り厨房へと続く廊下を走ると、逃げる女が角を曲がる。その時、行く手で悲鳴が聞こえた。
「ロメリア様、いけません!」
「そうです、これ以上は!」
廊下の角を前にして、走る私をグランが追い越し、ラグンも止める。
「追跡は私がします。ラグン、ロメリア様を頼む」
グランが女を追って、廊下の角を曲がろうとする。だがそこで足が止まる。
私も気になりラグンに守られながら角を覗くと、そこには驚きの光景があった。
「シュピリさんが……二人?」
ラグンが戸惑いの声をあげるように、廊下には二人の女性が倒れていた。同じ橙色のドレスを着ており、髪型も装飾品も同じである。
「いたたたた、一体何が?」
「なんなの、一体?」
二人のシュピリさんが痛みに顔を歪めながらも起き上がり、そして互いを見る。
「え? え? 誰? 私?」
「え? なんで? 誰?」
二人のシュピリさんはただただ戸惑いの顔を浮かべる。
「これは……どっちかが本物なんだろうけれど」
「どっちなんだ?」
ラグンとグランは見分けがつかないらしく、シュピリと同じように迷う。
「ロメリア様にグラン様とラグン様?」
「一体何です? この方は誰ですか?」
二人のシュピリさんは、とにかく混乱している様子だった。どちらかは本物で、どちらかは私を殺しに来た暗殺者のはずだ。しかし混乱した演技は実に見事だ。
「ラグン、わかっていると思うが、最優先されるのはロメリア様の身の安全だ」
「グラン、わかっているよ。まず危険性を排除すること、それが最優先だ」
グランとラグンの顔から戸惑いが消え、目が細められる。
「どちらが本物か分かりませんがシュピリさん」
「今ここにあなたと同じ顔をした暗殺者がいます」
グランとラグンの言葉に、シュピリが驚きもう一人の自分を見て距離をとる。
「ロメリア様の安全を考えると、早急に暗殺者を捕らえねばなりません」
「しかし、どちらが本物か見分けがつかない以上、とるべき手は一つになります」
グランとラグンは、二人に対して同時に刃を向ける。
「待ってくださいグラン様、ラグン様、私は本物です」
「違います、そっちが偽物です」
二人のシュピリさんは身の潔白を証明しようと、互いに指を突き付ける。だがグランとラグンの刃は迷わない。
「すみません、シュピリさん」
「両方を殺せば、暗殺者を確実に始末できるのです」
グランとラグンは冷徹な目で二人を見下ろす。二人のシュピリさんはグランとラグンが本気であると気づき、顔を青ざめさせる。
「待ちなさい、グラン、ラグン」
私は後ろから双子を止めた。安全のために両方殺せばいいと言うのも分かるが、あまりにも乱暴だ。何よりそんなことをする必要はない。
「暗殺者は左です」
私は左にいる女を指差す。私の言葉に、グランとラグン、そして二人のシュピリさんが同時に驚く。グランにラグン、当のシュピリさんですら自分と同じ顔に見えるのだろう。だが私には見分けがつく。
「ほら、早く捕まえて。殺さないように。あとまだ武器を隠し持っているかもしれませんから気を付けて」
私がせかすと、左にいた女が表情を一変させ、逃げようとする。だがラグンは剣の腹で女の背を打つ。
倒れた女のドレスの懐からは、薬瓶が転がる。中身は分からないが毒薬かもしれない。
グランとラグンは手早く女を縛り上げる。シュピリさんは茫然とその光景を見ていた。
「シュピリさん、大丈夫ですか?」
私は手を伸ばすと、シュピリさんは何とか立ち上がった。
「ところで一つ聞きたいのですが」
私はどうしても確認しなければならないことがあった。
「この方は、貴方のご姉妹か何かで?」
全く同じ顔をした女を見て、シュピリはぶんぶんと首が取れそうなほどの勢いで首を横に振った。
どうやら他人の空似らしい。おそらく暗殺者と同じ顔のシュピリさんを見つけ、私を油断させるために、シュピリさんが秘書官として派遣されたのだろう。となると、大体の絵図は読めた。
「では暗殺者の方、私と少しお話をしましょうか」
私は縛り上げられた、そっくりさんに笑みを向けた。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
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またこれは今後の展開ですが、現在連載中のディナビア半島編の連載が終われば、小学館ガガガブックスから電子書籍限定で発売している『ロメリア戦記外伝①』の掲載を『ロメリア戦記外伝集』で掲載していこうと思っております。これからもよろしくお願いします。