第三十五話 アルの軽口
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「ロメリア様、よろしいでしょうか?」
私が天幕の中で書類仕事をしていると、外から声がかけられた。入室を許可すると、炎の様に赤い鎧を着たアルと空の如く蒼い鎧を着込んだレイが入り口の布を潜って入ってくる。
「ロメリア様。ヴェッリ特別顧問が連れた補給部隊が、そろそろ到着するとのことです」
アルが知らせてくれたので、もうそんな時間かと仕事の手を止めた。
ヴェッリ先生が兵士五千人と共に補給部隊を連れてくることは、事前に手紙を受け取って知っていた。私は出迎えるべく、席を立って天幕を出る。アルとレイが護衛としてついてくる。
「しかしアラタ王が補給に加え、兵士も送ってくれるとは思いませんでしたね」
背後のレイは嬉しそうに話すが、私はため息で応えた。
「何を言ってるんです。邪魔者を追い出したに決まっているではありませんか」
私は顔を顰め、左手で左の額を押さえた。
アルとレイは私の窮地を聞きつけ、戦場に駆けつけてきてくれた。だが後で聞いたのだが、この行動はアラタ王の許可を得ておらず、まったくの独断というのだ。
アルもレイも将軍の職についている。当然だが責任が伴い、勝手な出奔となればこれすなわち反逆ということになる。アルとレイは処刑されてもおかしくないのだ。
「私を助けにきてくれたことは感謝しますが、もう少し考えて行動しなさい」
私は振り返り、アルとレイを窘める。
「ああ、ロメ隊長。俺は止めたんですよ。それなのにレイが行くって聞かなくて。悪いのは全部こいつです」
「なっ、ずるいぞ! 喧嘩した後、君も行くって言っただろ!」
「よわっちいお前のわがままを、聞いてやることにしたんだよ!」
「言ったな! いくら君でも許せない!」
「ん? 許せなかったらどうする? この前の続きをするか?」
いきりたつレイに対し、アルは数歩下がって拳を構える。
「やめなさい!」
対峙するアルとレイを、私はギロリと睨んで一喝する。すると二人は背筋を伸ばして敬礼し、諍いを止める。
「まったく、こういう時だけ調子がいい!」
私は忌々しいと二人を睨んだ。だがすぐにため息をつき、善後策を考える。
このままではアルとレイは処刑されるかもしれない。さらに王家は私にも罪があると連座させようとするだろう。
「そんな難しく考えなくても大丈夫ですよ、ロメ隊長。戦争には勝ったんです。出奔の罪は戦争の功績と相殺するぐらいでしょう。まぁ、将軍職を解かれて貴族の地位や領地も没収されるかもしれませんが、その時はその時です」
簡単に話すアルに、私は再度ため息をつく。
「あなたねぇ、地位や領地を失った後はどうするつもりです」
「そりゃ……ロメ隊長のところで雇ってくださいよ。門番でも雑用でもなんでもしますよ?」
「ずるいぞアル! ロメリア様。私もぜひ門番として雇っていただきたく」
レイが胸に手を当てて嘆願する。
「そんなこと出来るわけがないでしょう!」
私はアルの提案を切って捨てた。王国最強の騎士を門番にしてどうする。
「じゃぁ、いっそのこと本当に謀反でも起こしますか? ロメ隊長が一声かければ、王国の半分は味方に着きます」
「冗談でもやめなさい! 私は王国と事を構えるつもりはありません」
私はアルの軽口を厳重に戒めておく。頭で考える程度なら自由だが、口に出せば問題となる。
「じゃぁいっそのこと独立して建国しますか? 神聖ロメリア王国。レイ、お前も参加するだろ」
「もちろんだ。国民第一号はぜひ私に」
「貴方達ねぇ……」
二人の馬鹿げた考えに、私は呆れた。そんなこと出来るわけがない。
「そうですか? でもこの後でディナビア半島の土地が手に入るんでしょう? その時に建国宣言したらいいのでは」
アルが北の方角を指差す。確かにディナビア半島が手に入ることは、もはや決定事項だ。しかしそこを私の国にするなどできない。、
「何を言っているのです。あれはライオネル王国が兵士や資金を出して手に入れた領土です。私が横取りすれば問題になります」
私は首を横に振った。この世に誰のものでもない土地など存在しない。私が国を作るなど誰も認めない。
「なら魔大陸はどうです?」
アルが意外な名前を出した。
「奴隷となった人々を解放するために、いつかは行くつもりなんでしょう? 奴隷となった人々を助け出すとなれば、魔大陸に拠点がいります。王国からは遠く離れているので、いずれ独立することになるでしょう。当然支配者は魔王軍からその領土を切り取った、ロメ隊長ということになるのでは?」
「何を馬鹿な、そんなこと……」
できるわけがないと私は言おうとしたが、途中でその口を閉ざした。
アルの話はあまりにも荒唐無稽だった。しかしこれはもしかしたら……。
「補給部隊が到着したぞ〜!」
考えがまとまらない私の耳に、遠くから兵士の声が聞こえて来る。
「出迎えに行きましょうか」
私は一時思考を中断して、アル達と共に補給部隊を出迎えに行くことにした。




