第八十三話 宴の後
ロメリア戦記のアニメ化決定!!
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました。続報は判明次第ご報告していきます。
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ジュネブル王国が新たな産声を上げた夜、空には月が輝いていた。
燃え落ちた白鳥宮、その離宮にある庭に私は進み出た。背後には橙色のドレスを着こんだ秘書官のシュピリと、タキシード姿の双子、グランとラグンの姿もある。
シュピリは秘書ではあるが、今日の仕事はもうない。一方グランとラグンはタキシード姿ではあるが、腰には剣を帯びており、護衛も兼ねている。
私は庭の小径を歩き、庭に置かれたテーブルと椅子に歩み寄り腰を下ろす。するとシュピリも腰を下ろして息を吐いた。
「ふぅ、やっと休めます」
「大変でしたね」
スカートの上から膝を摩るシュピリを私は労った。
「まったく、グラン様とラグン様が何度も誘うので、休む暇もありませんでした」
シュピリは前かがみとなり、ドレスと同じ橙色の靴を脱ぐ。露わになった足首は、少し赤くなっていた。
調印式が終わった後の宴では、当然のようにダンスの時間があった。シュピリはグランとラグンに踊りましょうと誘われ、言われるままに踊った。何度も。
グランと終ればラグンがダンスを誘い、ラグンが終われば今度はグランが誘う。シュピリは休むことなく何度も踊ることになったのだ。
「すみません。シュピリさんがあまりにも綺麗なものですから、なぁラグン」
「はい。他の男に渡すのが惜しくなって、ねぇ、グラン」
グランとラグンが甘い顔を見せる。その笑顔を見ると、シュピリは顔を上気させる。だがすぐに口をとがらせ、顔を背ける。
「も、もうそんな言葉には騙されません。聞いてください、ロメリア様。グランベル将軍もラグンベル将軍も、踊っている最中ずっと私をからかうんですよ」
シュピリが憤慨しながら報告する。そういえばダンスの最中、グランとラグンはシュピリに何か話しかけていた。そしてそのたびにシュピリが顔を赤くしていた。
「からかうだなんてとんでもない。綺麗ですよと言っただけです」
「そうです、美しいと思ったから、つい口に出てしまっただけです」
グランとラグンは胸に手を当て、誠実さを訴える。気弱げに目じりを下げる二人の顔を見ていると、女性であればどんなことでも許してしまいたくなるだろう。
シュピリは一瞬息を詰まらせるも、すぐに顔を背ける。
「もうその顔には騙されません!」
シュピリは言い切ると、靴を履いて立ち上がった。
「少し足を冷やしてきます」
シュピリはグランとラグンの顔を見ずに歩いていく。私は笑って秘書官の背中を見送った。
「あまりからかってはいけませんよ」
私はグランとラグンに注意しておく。
「すみません、反応が楽しくてつい」
「やりすぎてはいけないと、思っているのですが」
グランとラグンが頭を下げる。とはいえ、二人の気持ちも分からないではない。
シュピリは何ともわかりやすく、思い通りの反応を見せてくれる。もともとはアラタ王が派遣した監視役だが、今はそのことを忘れて普通に私の部下として仕事をしている。
もちろんそうなるように懐柔したのだが、人を信じやすく素直な性格が根底にあるのだ。
「素直な子ですからね、傷つけるようなことをしてはいけませんよ」
自分に対する自戒も込めて言い含めておく。
シュピリが戻ってくるのを待ちながら、私はしばらく夜風に当たっていた。すると騒がしい足音が聞こえてくる。足音の主は海藻のように波打つ髪を持つ、宮廷魔導士のクリートだった。
「おお、ロメリア、ここにいたか! 探したぞ!」
クリートの声は大きい。私は息を呑んだ。声の大きさに驚いたのではない、クリートの姿に気圧されたのだ。
うねる髪は脂ぎっており、服も薄汚れ、何日も着替えをしていないことが分る。眼は血走り、その下には深いクマが出来ている。おそらく着替えをしていない時間だけ、眠ってもいないのだろう。食事もろくに取っていないらしく、頬はやせこけて唇は乾燥してひび割れている。
明らかに疲労が見えたが、クリートの体からははちきれんばかりの力を感じた。目は爛々と輝き、やせた頬には薄ら笑いが張り付いている。
「魔導船のことで、何か分かりましたか?」
私はクリートがここに来た理由を推測した。
魔王軍に占拠されていたジュネルでは、魔法の力で動く船、魔導船の試作品が研究開発されていたのだ。
偶然その一隻を手に入れた私は、宮廷魔導士であるクリートに調査を依頼したのだ。
「ああ、驚くべきことが分った!」
先ほどまでシュピリが座っていた椅子に腰かけると、クリートは勢いよく口を動かした。
「どうも魔導船は魔力を熱に変換して動力にしているようだ。そのあとは水を沸騰させて蒸気で動くらしいんだが、それをどうやって船が進む力に変えるのかが分らん。だがそれ以上に分からんのが、魔力を熱に変換する魔術式だ。ゼルギス方程式とかいうものを使ったもので、これまでにない高効率な式だ。資料に書かれている数値が正しければ、従来使われているバルセロ方式の三十倍の効率を誇る。大量の燃料を持ち込めば代替できるかもしれないが、そうなると余計船が重くなるから、より効率が悪くなる。ここはやはり魔法で動かすしかない。だがこのゼルギス方程式が、さっぱり理解できん。七重の補助式を持ち相互に影響を及ぼしているらしく、下手にいじると全く機能しなくなる。魔術式の根底にある基礎式がミヘン方程式と完全に異なっているためだ。方向性的にはセベロ式かピサロ式に近いものに感じるが、記述が魔族の言語で書かれているので不明だ。まずはそこの解読からになるが、そうなると、通訳に読ませるわけにはいかなくなる。微妙な解釈の違いが出て来るからな。通訳に魔術を教え込むか、魔導士に魔族の言語を教えるしかないだろう。アラタ王に伝えて手配してくれ」
クリートは一気にまくし立てる。早口であることもそうだったが、専門的なものも含まれているため半分も理解できなかった。
「わ、わかりました。必要な物があれば手配しましょう」
私は圧倒されながらも頷いた。今このクリートに逆らうのは得策ではないと、本能が告げていた。
「ところで、ガンゼ親方はどうしました?」
私は魔導船の調査を任せた、もう一人の専門家の様子を尋ねた。
建設業者として名の知られているガンゼ親方は、様々な建築物の造形に詳しい。特に魔導船は水車や風車のような仕組みがあるので、調査を任せたのだ。
「ああ、あいつは倒れた?」
「え?」
「たかが三日程度の徹夜で倒れやがって、根性が足りん奴だ。まぁ倒れる前に図面を一枚仕上げていたから良しとしよう。ああ、これがその図面だ」
クリートは懐から図面を取り出す。
二つの水車に、車軸が取り付けられたような形のものだった。
「ガンゼのジジィが言うには、まずは陸の上で普通の燃料を使って動くようにしてみるそうだ。そっちは俺もよくわからんから、頼んだ」
クリートは勢いよく立ち上がると、歩き始めた。どうやら仕事に戻るらしい。
「クリート、ちゃんと休んでいますか? 最後に寝たのはいつですか?」
私は心配になった。なんというか、その……怖い。
「ああ、五日前にちょっと寝たよ。さて、朝までには補助式の解明を進めたい。補助式の機能は限定的なはずだから、魔族の言語が分からなくても、ある程度は解明できるはずだ」
クリートは笑う。その高すぎる声に瞳孔が開いた目を見ると、私はもうそれ以上声をかけることが出来なかった。
クリートはこうしている時間も惜しいと、足早に去っていく。
私はただ茫然とクリートの背中を見送った。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
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またこれは今後の展開ですが、現在連載中のディナビア半島編の連載が終われば、小学館ガガガブックスから電子書籍限定で発売している『ロメリア戦記外伝①』の掲載を『ロメリア戦記外伝集』で掲載していこうと思っております。これからもよろしくお願いします。