第三十三話 アーカイトの怒り
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ライオネル王国の王城ラクラーナの大広間には、軽快な音楽が流れていた。
大広間の中央では、何組もの男女が互いに手を取り合い、音楽に合わせてステップを踏む。男性がリードすると女性達が一斉に回転し、スカートの裾が花のように広がった。
大広間の別の場所では、幾つもの酒盃が高らかに掲げられ、乾杯が繰り返されていた。
ライオネル王国では、連日のように宴が催されていた。連合軍がガンガルガ要塞を攻略し、戦争に勝利した祝いである。
王国の各地から、続々と貴族や名士が集まり、祝賀の言葉と共に祝いの品を持参してアラタ王に献上していく。
宴にやってくる貴族は引きも切らず、贈答の品は積み重なり山となっていく。
ライオネル王国の王太子であるアーカイトは、王国を継ぐ者として正装に身を包み宴に出席していた。
アーカイトの周囲には貴族や家臣達が集まり、酒盃を交わしながら談笑する。
「ロメリア様の軍略は素晴らしい」
「まったくその通りです。ガンガルガ要塞を攻略したのも、ロメリア様の策だったとか」
「さすがは救国の聖女。ロメリア様が居られれば、我が国は安泰ですね」
誰もが戦争の勝利を喜び、軍勢を率いていたロメリアを讃えていた。
「うむ、まったくだ。さぁ諸君。今一度勝利を祝おうではないか。勝利万歳、ライオネル王国に栄光あれ!」
アーカイトが高らかに酒盃を掲げると、周囲にいた貴族達も習う。アーカイトは酒盃を煽ると一気に飲み干す。アーカイトの飲みっぷりに、貴族達から歓声が上がる。酒を飲み干したアーカイトは、一息つきながら上半身をふらつかせた。
「おや、アーカイト様。大丈夫ですか?」
「少し飲み過ぎたようです。風にあたり、酔いを覚ましてきます」
アーカイトは軽く頭を下げて宴の席を辞すると、体を曲げて足をふらつかせながら大広間にある奥の扉に向かった。
扉の両脇には兵士が立っている。千鳥足のアーカイトを見て助けようとするも、アーカイトは手を振って拒否し、扉を開けさせて大広間から出た。
大広間を出ると、そこは後宮へと続く長い廊下だった。ここより先は王族を除けば、立ち入ることが許されているのは侍女と護衛のみ。人の気配はなく、背後の扉が閉められると宴の喧騒も遠のいていく。
扉が閉められたのを確認すると、アーカイトは曲がっていた背筋を伸ばし廊下を歩く。その歩調に乱れはない。
宴の席では周りの貴族達の手前、酔ったふりをしていた。だがアーカイトはまるで酔ってなどいなかった。それどころか飲めば飲むほど思考は冴えていった。
アーカイトの酔いを妨げたのはただ一つ、ロメリアに対する憎悪であった。
「おのれ、ロメリアめ! 反逆者め! 奴が救国の聖女だと!」
アーカイトは眉間に皺を刻み、歯を剥いた。
ロメリアは明らかに反逆者だった。戦場では王家の指示を聞かないだけでなく、勝手な条約を他国と結んだ。ロメリアの勝手はそれだけではない。焔騎士団の団長であるアルビオン将軍と蒼穹騎士団であるレイヴァン将軍は、職務を放棄してロメリアのもとに走った。これは明確な反逆行為であり、処刑されても文句は言えぬ行為だった。
ロメリア並びに出奔した両将軍を討つべしと、アーカイトは主張した。しかし王の相談役である特別顧問のヴェッリが、事実確認をするべきだと主張した。
のらりくらりとしたヴェッリに時間稼ぎをされているところに、ガンガルガ要塞を攻略したと言う報告が入ってきた。
報告ではガンガルガ要塞攻略に際し、ロメリアの策が大きな役割を果たしたという。さらに出奔したアルビオンは、戦場で魔王の実弟ガリオスと一騎打ちを挑み一歩も引かぬ戦いぶりを見せたらしい。
この話をアーカイトが聞いたとき、すぐに箝口令を発して秘匿しようとした。これ以上ロメリアや出奔したアルビオン達の名声を高めたくなかったからだ。しかしアーカイトが事実をもみ消そうとした時、すでにこの話は国中に広まっていた。
情報の出どころは分からなかったが、宰相でありロメリアの父でもあるグラハム伯爵が黒幕であることは容易に想像がついた。
グラハム伯爵は以前から娘を題材にした小説を出版し、演劇を作らせている。親馬鹿丸出しの行為であるが、これはそんなかわいらしいものではない。分かりやすい方法でロメリアの功績を讃えて、民衆の意識操作を行っているのだ。
アーカイトは歯をかみしめた。
もはやロメリアは人類にとっての英雄となってしまった。さらにガリオスを倒せる可能性があるアルビオンも、処分することは出来ない。本来なら謀反人として討伐の命令を下すはずだったのに、今ではロメリアの勝利を祝う宴を開いている。
「王家を裏切った者共め! 必ずお前達を殺してくれる!」
アーカイトは殺意をみなぎらせ叫んだ。




