第八十一話 アラタ王からの刺客
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一人の女性がジュネルの大通りを歩いていた。
茶色い外套を羽織り、頭からフードをかぶっている。フードからは茶色い髪が僅かに覗いていたが、顔は見えない。だが小柄で胸元が僅かに膨らんでいることから、女性であることがうかがえた。
女は大きな鞄を抱えながら通りを歩く。道は多くの人が行き交っており、誰も彼もが笑っていた。
ジュネルが魔王軍より奪還されたのが十日前。その五日後には街をくまなく調査し、魔王軍の不在が確認された。この報告を受けて、連合軍はディナビア半島の奪還を宣言した。
今日の夕方には連合軍各国の代表が集まり、ジュネブル王国の再興を認める調印をすることになっている。この調印式を持って、ジュネブル王国は正式に国家として認められ、再出発を果たす。
道をゆく旧ジュネブル王国の民だった人達は、自分達の国が戻ってきたことを心から喜んでいる。少し前までは魔族に捕えられ、奴隷として扱われていたことを考えれば夢のような出来事と言えるだろう。しかし彼らの先行きは、手放しで喜べるものではない。
ジュネブル王国の正当な後継者と認められたジャネット女王は、連合軍に対して奪還したジュネブル王国を買い取る約束をしてしまった。もちろん祖国を取り戻すためには仕方のない話だったが、大きな負債は孫の代にまで及ぶだろう。
女がジュネルの街中を歩くと、大通りの先に門が見えてきた。ジュネルの街は、内部がいくつかの層になって区切られている。開かれた門の周囲には、槍に鎧姿の兵士達が立っていた。
彼らは通行する人々を調べ、身元を確認するためにいる。しかし兵士達は雑談し、門の前では人々が何の調べもなく通行していく。
女はフードを目深く被り、門を通り抜ける。呼び止められることはなく、問題なく通過できた。
僅かに息を吐く女は、顔を僅かに上げた。視線の先には焼け落ちた宮殿が見える。
魔王軍の手により燃え落ちた白鳥宮だ。本館は焼け落ちたが、いくつかの離宮は無事らしい。各国の代表が集まる調印式は、その離宮で行われる予定だ。
女は白鳥宮を目指して歩いた。
しばらくするとまた門が見えてくる。門の前では兵士達が警備についているが、先ほどとは打って変わり、精鋭であることが一目で分かった。
まず直立不動だ。用がなければ微動だにせず、鋭い視線だけが一定の間隔で周囲を監視している。雑談などもってのほか、張り詰めた緊張感が近づくだけで感じられた。どれもライオネル王国の兵士である。
女が門に近づくと、即座に兵士が気付き歩み寄る。
「ここを通るには通行証が必要です。通行証をお持ちですか?」
兵士の物腰は存外丁寧で合った。しかし通行証がない者は、絶対に通さないと言う意志も感じられた。
「あの、すみません。通行証を持っていないんです」
女は告白しながらフードを外した。茶色い髪の下、眼鏡をつけた顔があらわとなる。すると兵士の目が僅かに広がる。
「ああ、シュピリ秘書官。貴方でしたか」
兵士の顔が綻び、同時に警戒心が低下したのを女は感じた。内心は安堵の喜びがあったが、顔は目尻を下げて弱々しい声を出す。
「実は、ロメリア様の仕事で街に出ていたのですが、通行証を部屋におき忘れてしまいまして」
頭を下げる女に、兵士が優しい声をかける。
「わかりました。そう言うことでしたら構いませんよ」
兵士は調べることなく女を通す。周囲にいる兵士達も、女の顔を見るが止めはしない。
門を通り抜けた女は、そのまま白鳥宮の離宮へと向かった。
離宮の警備は物々しい。今日の夜には各国の代表が集まり、調印式が行われるためだ。あちこちに警備の兵士が立っている。しかし警備をするライオネル王国の兵士は、離宮を歩く女を止めることはない。それどころか時には会釈され、シュピリさんと挨拶をされることもあった。
女は会釈を返しながら、離宮の内部を歩く。
周囲からはシュピリと呼ばれているが、女の名はシャウデと言う。もっとも、これも通り名であり本名ではない。その正体は、アラタ王からロメリアの暗殺を依頼された刺客だった。
シャウデの顔は、ロメリアの秘書官をしているシュピリの顔とそっくりだった。だがこれはただの偶然である。シャウデとシュピリの間に血縁関係はない。ただシュピリがロメリアの秘書官をしているのは、決して偶然ではなかった。
シュピリがシャウデと同じ顔をしていることに気づいた時、これは使えると考えていた。そしてアラタ王と共謀しロメリアの秘書官として潜り込ませた。
シュピリは思慮が浅く、他人の話を信じやすい。ロメリアの悪口を吹き込めば、簡単に信じ込んだ。だが信じやすいと言うのは、他者の影響を受けやすいと言うこと。シュピリがロメリアに懐柔されることは、シャウデをはじめアラタ王も予想していた。そしてそれこそが狙いである。
予想通り、シュピリはロメリアに懐柔されているらしい。周囲の反応を見れば明らかだ。こうなればロメリアの暗殺はさらに難易度が下がる。シュピリの姿であればロメリアの側に近づける。何より一度懐柔した相手、ロメリアも必ず油断しているはずだ。
離宮を歩くシャウデは、周囲に人目がない事を確認すると、空いている部屋に忍び込んだ。
そこはどうやら資料室らしく、人の気配はない。シャウデは持ってきた鞄を開けた。中には橙色のドレスに加え、鏡に化粧道具一式。そして暗殺用の短剣と、毒薬が入った薬瓶が一つ。
ドレスや化粧品は、すべてシュピリが持っているのと同じ物だ。あとは当日のシュピリの髪型さえ調べて整えることができれば、シュピリを知る者でも見分けることができないだろう。
シャウデは暗殺用の短剣を鞘から抜いた。磨き上げられた刃が光る。
調印式が終われば、宴となる予定だ。暗殺の決行はさらにそのあとだ。
宴のあとともなれば、警備も僅かに緩む。そしてシュピリも席を立ち、ロメリアの側を離れる瞬間が出るはず。その時に入れ替わり、ロメリアを暗殺する。
短剣を握るシャウデの手に力がこもった。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
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またこれは今後の展開ですが、現在連載中のディナビア半島編の連載が終われば、小学館ガガガブックスから電子書籍限定で発売している『ロメリア戦記外伝①』の掲載を『ロメリア戦記外伝集』で掲載していこうと思っております。これからもよろしくお願いします。