第三十話 イザークの苦悩⑥
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イザークは天幕の前に立ち、歩哨として警備についていた。天幕の周囲には柵が築かれ、警備するライオネル王国の兵士の姿が見えた。
同じく歩哨として立ち続ける彼らは、身じろぎ一つせず直立不動の姿勢を崩さない。
兵士を指揮する者であれば、感激する士気と練度の高さだ。
それに引き換えと、イザークは天幕の中を覗き見た。
天幕の中ではユカリを前にしたサーゴがデレデレと鼻の下を伸ばし、ゴノーがミモザの後を忠犬の様について回っている。敵地の中にいるという緊張感がまるでない。
親しい仲ということで、サーゴとゴノーに来てもらった。だが選ぶ相手を間違えたかと、イザークは後悔した。
せめて自分だけはしっかりしなければと、イザークは気合を入れて歩哨に立つ。
しばらくすると日が暮れ、ライオネル王国の陣地では篝火が焚かれ、あちこちで松明の光が灯る。天幕の入り口には篝火を焚く台が置かれているので、そろそろ火をつけるべきだろう。
イザークが考えていると、食事を終えたサーゴが戻ってくる。
「イザーク、交代するよ。ギャミ様がお呼びだ」
「分かった。篝火を焚いておいてくれるか?」
イザークはサーゴに頼み、天幕の奥へと向かう。衝立で遮られた奥では机があり、周囲に三つの椅子が置かれていた。そして椅子にギャミとアザレアがそれぞれ座っている。
「お呼びでしょうか、ギャミ様」
「ええ。昼間に見たライオネル王国の分析を行おうと思っておりまして、ぜひイザーク様のご意見もお聞きしたく」
ギャミは手を伸ばして椅子をすすめる。イザークは頷きながら椅子に座った。
「ではイザーク様。敵陣をどう見ましたか?」
「はい。ライオネル王国の陣営は、なかなか侮れぬかと」
イザークは昼間に見た敵陣の様子を思い出した。食糧庫と思しき天幕には木箱や袋が高く積み上げられ、行進する兵士達は規則正しく、訓練や武器の整備にも余念がない。
「食料と物資は満ち溢れ、兵士達は腹を空かせておらず、士気と練度も高い」
イザークの言葉に、ギャミが頷く。そして首を返し、銀の仮面をつけたアザレアを見た。
「ではアザレア様。あなたはどう見られたか?」
「はい、ライオネル王国の内情はかなり厳しいかと」
アザレアは銀の仮面の下から、イザークと正反対のことを述べた。
「確かに天幕の中には木箱や袋が積み上げられていました。しかしおそらくあの中は空でしょう」
「中を見ていないのに、どうしてわかるのですか?」
アザレアの言葉に、イザークはつい反論してしまった。
「鼠です。食料を備蓄すれば必ず鼠の被害に遭います。しかし天幕の周囲には鼠が掘った穴や糞などは見られませんでした。中に何も入っていないからです」
「し、しかし、食事の風景も見ましたが、不足している様には見えませんでしたよ?」
イザークの脳裏には、山盛りの料理を振る舞う食事風景が思い出された。
「確かに山盛りで兵士に提供していましたが、問題は食事の内容です。単一の食材ばかりが目立っていました。物資の不足が原因と考えられます」
アザレアの分析に、イザークは息を呑む。同じものを見たはずなのに、まるで気づかなかった。
「また、周囲にいた兵士ですが、同じ顔を三度見ました。同じ兵士を何度も行き来させることで、数を多く見せたかったのでしょう。兵員不足、怪我をしている者も多いのでしょう」
続くアザレアの言葉に、イザークは自らの不明を恥じた。敵地を視察するという絶好の機会にもかかわらず、自分は何も見ていなかったのだ。
「ですが、注意しなければならぬこともあります。翼竜の飼育ですが、ギャミ様が卵の温度を高く保つ様に言われた時、ロメリアは笑っておりました。竜の卵は孵化の段階で温度が高すぎると、雌ばかりが産まれる様になります。おそらくロメリアはそのことを知っていたのでしょう。人間達の竜に対する知識は高いと考えるべきかも知れません」
長いアザレアの説明に、イザークはただただ驚いた。何気ない会話の中にもギャミは虚実を交え、敵に誤った情報を与えようとしていたのだ。
そこまで思考が至った時、イザークは自分の失態に気づいた。イザークはロメリアに装甲竜のことを尋ねられた時に、何も考えず事実を述べてしまった。敵に余計な情報を与えたのだ。
もちろんあの程度の会話では、大きな優劣は生まれないだろう。しかし嘘を言わないまでも、真実を隠すべきだった。
あの時の自分は情報戦という戦場にいながら、何も考えず突っ立っていたのだ。
失態に気づいたイザークを見て、ギャミは笑みを浮かべて許した。
イザークいろいろやらかしてた
経験が足りない




