第七十八話 ズオルムの行動
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ジュネブル王国を支配していたズオルム総督の遺体を見て、私は状況のおかしさに気づいた。
「何がです? ロメリア様?」
一方シュローは何がおかしいのかわからず、首を傾げている。
「どうしてこんな場所に死んでいるのか、それがおかしいでしょう?」
私は言いながら、ズオルムの行動を予想してみた。
「まず財宝を持っていると言うことは、ズオルムは自分だけで逃げるつもりだったのでしょう」
「兵士をおいて逃げる。指揮官の風上にも置けませんね」
私の後ろでレットが呟く。
全くその通りである。兵に戦わせておいて、自分だけ逃げるなどあり得ない話だ。しかもこのズオルムと言う魔族は、女子供にも戦うようけしかけ、逃げ出す者を殺すように督戦隊までつけたという。
魔族の兵士は残虐ではあるが、それは戦士としての残虐さだ。また彼らを束ねる指揮官は優秀な軍人が多く、武人としての誇りを持っていた。しかしズオルムのような魔族が出てくるようになった。魔王軍でも優秀な指揮官が、いなくなり始めているのかもしれない。
「ズオルムが指揮官として最低であることは確かですが、問題は何故ここにいるかです。我が身可愛いズオルムは、どうして教会に逃げ込んだのか? こんなところ、それこそ逃げ場がありません」
私は教会内部を見回すが、逃げ隠れする場所はどこにもない。
「……最後に神様にお祈りをしたかったのか?」
「人間ならそれもあり得ますが、彼は魔族ですよ、私達が信奉する神に助けを求めますかね?」
シュローの思いつきに対し、私は首を横に振った。そして再度ズオルムの死体を見る。
「殺したのはガリオスの息子ですか?」
「おそらく。魔法で殺されているので、ガダルダでしょうね」
メリルが答え、私は三色の杖を持つガリオスの息子を思い出した。確かにガダルダは魔法をよく使う。ガダルダはズオルムの死を確実に確認するため、自分の手で始末したと考えられる。
「ズオルムはガダルダに追いかけられて、ここに逃げ込んだのでしょうか?」
レットの推理に、私は顎に手を当てる。確かにそれなら説明はつく。ただ……。
「この周囲に、外に出られる門はありますか?」
私は白鳥宮の構造を思い浮かべだ。
白鳥宮は周囲を壁で覆われている。外に出るには大きな表門と裏門のどちらかを通らねばならない。教会はそのどちらからも遠い。
「いえ、周囲を探ってみましたが、通用口のようなものはありませんでした」
メリルがすぐに答える。どうやら同様のことをすでに考えていたらしい。
逃げるならば方向が違う。逃げ場を失うほど追い立てられていたのなら、途中で財宝を捨てるだろう。重い鞄をいくつも運んでいたことを考えれば、ズオルムは初めからここに逃げ込んだ可能性がある。
私とメリルは眉間に皺を寄せて唸った。何かを忘れている気がする。だがそれが何かわからない。
考え込む私とメリルに対し、あまり推理が得意ではないレットとシュローが顔を見合わせる。
「実はここに隠し通路とかあったりして。ほら、たまに吟遊詩人の話であるじゃないですか、お姫様が隠し通路使って落ち延びるやつ」
「シュロー。お前、さすがにそれは……」
レットが笑う。だがそれがまさに答えだった。
「そうです、それです! 隠し通路ですよ!」
「え? 隠し通路、本当にあるんですか?」
突然叫んだ私に、軽口を叩いたシュロー本人も驚く。
「ええ、あるはずです。ジャネット女王が言っていました」
私はジャネット女王と最初に会った日のことを思い出した。連合軍の軍議に召喚されたジャネット女王は、自らの口で、捕らえられた時の顛末を語った。その時宮殿から隠し通路を使って、脱出しようとしていたと話していた。
残念なことに隠し通路は魔王軍に発見され、逃げた先で捕えられたという。逆に言えば魔王軍は、白鳥宮の隠し通路を知っていることになる。
「ここに隠し通路があるはずです。探してください!」
私が命じると、レットとシュローは驚きながらも頷き、メリルはすでに燭台の周りを調べていた。私も祭壇に向かい御子像を調べる。
罰当たりではあるが、こう言った像に細工が施されていることはよくある。知らない人がうっかり触って、隠し通路が発見される可能性を減らせるからだ。
私が像を調べていると、開け放たれた教会の扉から一人の男性が駆け込んできた。
「ここか! ロメリア!」
息を弾ませやってきたのは、海藻のようにうねる髪を持つクリートだった。クリートは不敵な笑みを見せながら、私に歩み寄る。
「どうかしましたか? 宮廷魔導士クリート」
「これを見ろ! 先ほどライオネル王国から届いた手紙だ!」
尋ねる私に、クリートは勝ち誇った笑みを浮かべながら一通の書状を突きつけた。
「お前は知らなかっただろうが、私は王国に対して、再三帰国願いを出していたのだ。これは帰国願いが受理された書類だ! つまり私はもうお前の部下ではないということだ!」
クリートは敵の首でもとったかのように、高らかと書類を掲げる。書類にはアラタ王のサインもあるので、本物で間違いない。
「そうでしたか、これまでご苦労様でした」
鼻息荒いクリートに対し、私は短く礼を言い軽く頭を下げた。そして隠し通路探しに戻る。
クリートが帰国を願う嘆願書を出しているのは知っていた。それにもう戦争は終わった。クリートを使う場面はない。
「何だ、それだけか?」
「ああ、ご安心ください。あなたの功績は大きかったと、アラタ王には伝えてあります。国に帰れば出世できますよ」
私はクリートの出世を請け負った。
私はクリートをこき使ったが、そのおかげで戦争に勝てたと言える。クリートの手柄はしっかりと報告しておいたので、国に帰れば領地の一つも貰えるだろう。
私はクリートから視線を外し、改めて教会の調査に取り掛かった。しかし隠し扉を開ける装置は見つからない。
「いったい何を探してるんだ?」
言いたいことは言い終わったはずだし、さっさと帰ればいいのにクリートはなぜか残っていた。
「この教会に隠し通路があるはずなのです。その出入り口を探しているのですが……」
「言っておくが俺は手伝わないぞ」
「別に手伝えと言いませんよ」
私は手を動かしながら言葉を返した。隠し通路を発見する魔法があると言うのであれば頼むが、さすがにそんな都合のいいものはないだろう。
「ならいい。俺はお前らが苦労するところを見物させてもらおう」
「それはいいですが、邪魔にならないところでお願いしますよ」
私が肩越しに声をかけると、クリートは教会の壁に背中を預けた。その時だった、クリートが背中を預けた壁の一部が凹んだ。そして何やら壁から機械音が鳴り響く。
「なっ、なんだ」
クリートが慌てて壁から背を離す。機械音は止まらず、クリートが背にしていた壁がゆっくりと奥へと下がり、扉のように開いていく。
しばらくすると機械音が止まり、壁にぽっかりと穴が空いた。穴を覗き込むと、地下へと降りる階段が続いていた。
「……さすがは宮廷魔導士クリート。助力とその叡智に感謝します」
私は心よりの礼を述べたが、クリートは顔を歪めて悔しがった。
別シリーズとして、外伝作品を掲載する『ロメリア戦記外伝集』がございます。
時系列が本編に合わないので、本編ではなく別シリーズとして掲載することにしました。
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