第二十九話 イザークの苦悩⑤
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イザークはサーゴに呆れながら天幕の中に入ると、中ではゴノーが休んでいた。しかしその口は尖り眉間の鱗には皺が寄っている。
「どうした、ゴノー」
「どうしたも、こうしたもない。なんだ、あのミモザという女は!」
イザークが声をかけるなり、ゴノーはがなり立てた。
「やれゴノーちゃん鍋を運んでとか、ゴノーちゃん水を汲んできてだの、ゴノーちゃん次は野菜の皮を剥いて。ゴノーちゃんゴノーちゃんゴノーちゃん! 俺はお前の召使じゃないんだぞ!」
顔を顰め、ゴノーは怒りをあらわにする。
天幕の中を見れば持ってきた荷物は全て紐解かれ、布が敷かれた机の上には皿が綺麗に並べられていた。荷解きに加え夕食の用意と、ゴノーは随分とこき使われたらしい。
「落ち着け、ミモザ殿は体が小さいんだ。力仕事は手伝ってあげろ」
「ああ、分かっているよ。それは別に構わねぇ、雑用なんて新兵の仕事だからな。だがあいつが俺を顎で使うのが気に入らねぇんだよ」
「ミモザ殿は俺達の食事を作ってくれているんだろう? 感謝しよう」
「俺は食わねぇよ、あんな女の料理なんて。不味いに決まっている」
ゴノーが減らず口を叩く。しかしその時、外から香ばしい匂いが漂ってくる。
小麦粉の焼ける香ばしい匂いに加え、香辛料が効いた肉の匂いが鼻腔を刺激する。匂いを嗅いでいるだけで、唾液腺から唾が滲み出てくるほどだ。
イザークの耳に、大きな腹の音が聞こえた。しかしイザークのものではない。目の前ではゴノーが気まずげに視線を逸らした。
「いい匂いじゃないか、ゴノー。美味そうだぞ」
「へっ、いい匂いだからって、料理が美味いとは限らねぇよ。俺は食いもんにはうるさいんだ」
ゴノーはまだ減らず口を叩くが、しかしその言葉には前ほどの勢いはない。
「そう言うなよ。美味いか不味いかは、食ってみればわかることだ。不味ければその時は席を立てばいい」
「まぁ、イザークがそう言うのなら……」
折れるゴノーに対し、イザークは内心で笑った。匂いからして料理が美味いことが予想できたからだ。
ちょうどその時、料理用の前掛けをつけたミモザとユカリが、天幕の入り口をくぐって入ってくる。
「夕食の用意ができましたよ〜」
ミモザはパンが詰め込まれたバスケットを、ユカリはスープが入った大きな鍋を持っている。
二体の魔族は食卓にバスケットと鍋を置くと、皿に料理を盛り付けていく。
夕食のメニューは、塩漬け肉と野菜が煮込まれたスープだった。戦場ではよく見る料理だ。
戦地ではまともな食材など手に入らず、古くなった塩漬け肉に萎びた野菜ぐらいしか手に入らない。ライオネル王国から提供された物も似たり寄ったりだった。
見た目は食い飽きた料理である。しかし深皿に盛られた料理から立ち上る香りは、これまで食べた物とはまるで違う匂いを放っていた。
「うむ、いい匂いだな」
天幕の奥で仕事をしていたギャミが、アザレアと共にやって来て席に着く。サーゴには後で交代するとして、先にいただこうとイザークも席に着いた。ゴノーは料理に戸惑いながらも、食欲を刺激する匂いには逆らえず椅子に座った。
「ではいただこう」
ギャミが料理に手をつける。イザークもならって匙でスープを掬って口に運ぶ。
スープを口に含んだ瞬間、旨味が口の中で弾けた。萎びた野菜からは甘みが溶け出し、塩辛いだけの塩漬け肉からは、肉汁と旨味がとめどなく溢れ出てくる。使われている香草は決して主張しすぎず、しかし野菜と肉の味を存分に引き立てていた。
美味い。使われている食材はいつもとそう変わらないはずだが、まるで別物だった。
あまりの美味しさに、イザークは言葉も出なかった。その様子を見ていたゴノーが唾を呑み込んで匙を握った。そして恐る恐るスープを口に運ぶ。
スープを口にした瞬間、ゴノーの顔が一変した。目は大きく見開かれ、瞳は艶々と輝き感動に溢れていた。手は止まらずスープをかきこみ、口はこの旨味をもっと味わいたいと高速で咀嚼する。
「おい、落ち着いて食えよ」
イザークは嗜めたが、ゴノーの手はまるで止まらなかった。しかし気持ちはわかる。イザークは魔王の実弟ガリオスの息子であり、王の一族としてその名を連ねている。当然食べ物に困ったことはない。宴などでさまざまな美食に触れる機会もあった。だがミモザの作った料理は、宮廷で召し抱えている料理番の料理にも引けを取らない。
「しかし美味しいですね」
「ありがとうございます。イザーク様。コツは塩漬け肉でスープの出汁をとることです」
ミモザは笑顔で語ったあと、視線をイザークの隣にいるゴノーに向けた。イザークも、目を向けると、ゴノーが頭を下に落とし俯いている。その瞳は恨めしそうに空となった深皿に注がれていた。
「お前、もう食ったのか」
イザークは呆れた。味わって食えばいいのにとため息をつく。あんまりにも哀れだったので、少しぐらい分けてやるかと思ったそのとき、ミモザが鍋からゴノーの皿にスープを盛り直す。
「え? いいのか?」
ゴノーは山盛りに盛られたスープとミモザを交互に見る。
軍隊でお代わりはない。食事の量は決まっており、多くを食べることは許されない。
「いいわよ、私達の分は取ってあるし。その代わり、後片付けよろしくね」
「はい!」
仕事を押し付けるミモザに、ゴノーは犬の様に返事をした。
胃袋をつかまれた瞬間であった。
イザークはゴノーの単純さに呆れながら、歩哨に立っているサーゴと交代すべく手早く食事を済ませた。
こっちでもアラアラウフフ




