第二十四話 人質交換④
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人質として魔王軍に赴いたゼファーのもとに、客の来訪が告げられた。だが魔王軍の陣中で訪ねてくる相手など、当然だが魔族しかいない。しかし今日は魔族の訪問の予定はないはずだった。
「お通ししてもよろしいでしょうか?」
兵士の声に、ゼファーはレーリアを見た。顔色が少し戻ったレーリアは、小さな顎を頷かせる。
ゼファーはレーリアの左横に控え、居住まいを正す。護衛の兵士とマイスは右側に控え、二人の侍女は天幕の端に移動した。
出迎える格好がつくと、ゼファーは入室を許可した。すると入り口の布を超えて、一体の魔族が入って来る。
やってきた魔族は大きく、入り口をくぐった頭は天幕に着きそうなほどだった。分厚い胸板は鎧に包まれ、背中には双剣を背負い腰にも剣を帯びている。
ゼファーに魔族の知り合いはいない。しかしゼファーは訪問した魔族を知っていた。
「貴方は……ガリオス殿のご子息、ガオン殿ですね」
ゼファーはやってきた魔族の名を言い当てた。
怪腕竜に跨り双剣を振るう姿を戦場で目撃していたからだ。
「いかにも、俺はガオンだ」
「して、どのようなご用件でしょうか」
ゼファーはレーリアを見た。ゼファーの視線を受けて、レーリアも頷く。
この中で最も格が高いのは、公爵家の令嬢であるレーリアだ。ゼファーはハメイル王国の王族に連なるが、家柄は傍流で格は低い。魔王軍との会談となれば、最も家柄の高いレーリアを介して行われなければいけない。だがやってきたガオンはレーリアではなくゼファーを見た。
「あー、ハメイル王国のゼブル将軍の息子がいると聞いたが、本当か?」
「いかにも、私がゼブル将軍の息子のゼファーです」
ゼファーが頷くと、ガオンがじっとゼファーの顔を見た。そして徐に腰に佩いた剣に手をかける。
武器に触れたガオンを見て、ゼファーが身構えマイスも背中の斧に手をやる。だがガオンは剣には触れたものの刃を抜くことはなく、鞘ごと剣を腰から外した。
「これをお前に返そう」
ガオンはゼファーに向けて、外した剣を差し出した。
ゼファーは最初、ガオンの言っている意味が分からなかった。しかし差し出された剣を見てはたと気づいた。
「これは、父上の剣!」
ゼファーは目を見張った。剣の型はハメイル王国の伝統の作りで、柄の拵えや鞘の装飾は間違いなく父であるゼブル将軍が使っていたものだった。だが父の剣は戦いで失われていた。遺体も体は見つかったが、首はなかった。
「どうして貴方がこれを?」
「ゼブル将軍を討ったのはこの俺だ」
ゼファーの問いに、ガオンは堂々と答えた。
「戦場で合間見え、敵としてこれを討った。これも戦の習いである。許されよ」
ガオン悪びれることなく語った。
「ここには持参しなかったが、取った首もお返ししよう」
続くガオンの言葉に、ゼファーは返す言葉がなかった。
倒した敵の首を取るなど、蛮族の所業である。それに父の仇を前に、恨むなというのは無理があった。しかしここでガオンに対し、恨み言を吐くわけにはいかなかった。
ガオンが言っているのは、戦士の心得であり戦場の作法であった。
互いに武装して、敵を殺すために戦場に来ているのである。敵と合間見えた以上、どちらかが死ぬ以外に決着はない。ならば殺した殺されたことを恨むのは筋違いである。
これらは戦場の作法として、戦士であれば全員が心得ているべき事柄であった。
ハメイル王国を建国すべく戦ったゼファーの父祖達は、この戦場の作法を当然のように心得ていた。しかしこれらの作法は、今や廃れた価値観であった。
国家間の対立は長く続き、戦場の作法は忘れ去られた。戦士は兵士となり、恨みやつらみで戦場に立つようになった。だが魔族の間では未だ戦場の作法が息づき、古の戦士が自らの名誉をかけて戦っているのだ。
「お心遣い感謝します」
ゼファーは怒りを呑み込み、差し出された剣を受け取った。
ガオンが堂々と名乗り、戦場の作法を持ち出したのだ。ここで恨み言を口にすれば、死んだゼブル将軍の名を貶めることになる。
「ゼブル将軍の首をとった時、俺はこの戦争に勝ったと思った。だがそれは陽動だった。死んでも勝つ。俺もかくありたいものよ」
ガオンはそれだけ言うと、一礼して去っていった。
「ねぇ、大丈夫?」
レーリアが立ち上がり、ゼファーに歩み寄って見上げる。
「え、ええ。大丈夫です」
ゼファーはゼブル将軍の剣を握りしめながら、ガオンが出ていった方向に目を向けた。
魔族は敵であり、父を殺した仇だった。しかし憎むべきではないのかもしれない。