第六十二話 ジュネル攻略の秘策⑤
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ガンゼ親方達やクリートを追って、私は丘の裏手にある浜辺に降りた。すると鋭い声が響き渡る。
「よし、組み立てるぞ! 急げ! もたもたするな!」
声を上げているのは、三つ編みをなびかせるガンゼ親方だ。作業員達は三つの班に分かれ仕事を開始する。
目の前の砂浜では、加工された木材が並べられて組み立てが開始される。
「おい、これは何をやっているんだ?」
作業を指示するガンゼ親方に、クリートが歩み寄る。
「ああ、船を作っている」
「船? これが?」
クリートは眉間に皺を寄せる。クリートが訝しむのも無理はない。組み立てられているのは、大きな四角い箱だったからだ。
二十人ぐらいは入れそうな大きな箱で、船にはとても見えない。ただし内部はへこんだ形で板が流線形に張られており、こちらはなんとなく船に見えなくもない。
「おいおい、船の形を知らないのか?」
「ああ、これは木型の外枠だ。おい! 内枠はどうだ?」
半笑いのクリートに対し、ガンゼ親方は別の場所で作業している作業員を見る。そちらでは船の形をした物が組み上げられていた。ただし船の形をしているのは外側だけで、船の内部はいくつもの骨組みが走り、乗ることは出来そうにない。
「よし、外枠に乗せろ! 慎重にな!」
ガンゼ親方の指示に従い、作業員達が船の形をした内枠を箱型の外枠に乗せる。外枠と内枠の間には一定の隙間が空いていた。
「よし、そっちはどうだ」
ガンゼ親方が振り返り背後を見る。そこでは作業員達が土を掘り、大きな樽に入れていた。別の作業員は桶で水を汲み、土が入れられた樽に流し込む。樽の内部では泥水が出来上がった。
「よし、泥を枠に流し込め」
ガンゼ親方の指示のもと、作業員達が内枠と外枠の間に泥を流し込む。
「おいおい、泥舟を作るつもりか?」
笑うクリートをガンゼ親方は無視し、次は茶色い宝玉がついた杖を腰に差す魔法兵を見る。視線を受けて魔法兵は頷き、十人ほどの魔法兵が杖を抜いて木型に歩み寄る。
「お! お前達! なにをしている!」
クリートが魔法兵に向けて怒鳴る。だが魔法兵は笑いながら自分達の指揮官を無視した。そして泥が流し込まれた木型に杖を向ける。
魔法兵が持つ杖はただの杖ではない、魔法の力が込められた魔道具だ。その効果は杖の種類によって様々だが、彼らが持つ杖には二つの効果がある。一つは土を柔らかくする魔法。そしてもう一つの効果は、クリートが開発した土を石のように固める土硬化魔法だ。
魔法兵の持つ杖から、木型に向けて茶色い光が放たれる。ここからでは見えないが、木型の間に詰まった泥が、石のように硬くなっているはずだ。
「よーし。もういいだろう。木型をはずせ!」
ガンゼ親方が頷き、作業員達が木型を外し始める。
木型が外された内部からは、船の形をした石が現れた。
「いやいやいいや、ありえない! これはありえない!」
クリートが声を震わせる。しかし隣にいるガンゼ親方は不敵な笑みを見せていた。また泥を硬化させた魔法兵達も、どこか自慢気だ。
作業員達は石の船に何本もの櫂を運び込み、さらに帆柱を立てる。こうしてみるとちゃんと船に見えてくる。
「よし、これで完成だ」
ガンゼ親方が胸を張るが、隣のクリートが唾を飛ばす。
「いや無茶を言うな! いくら土硬化魔法で固めていると言っても、元は泥だぞ! それに石で出来た船が浮くわけがない!」
「ちゃんと浮くぜ、実験したからな」
言いながらガンゼ親方は作業員に手で指示する。作業員は心得たと、作られたばかりの石の船を砂浜から海へと押し出す。
かなり重いらしく、海に押し出すのは大変そうだった。しかし海に入ると、数人の作業員が乗り込んだ船は海に浮かんだ。
クリートは顎が地面に落ちそうなほど、大きな口を開けて驚いていた。
「ロメリア様、これは……」
さすがのレイも二の句を告げないでいる。石で出来た船が浮くなど、信じられないのだろう。しかし浮力を計算すれば、どんな重い物でも水に浮かべることは可能なはずなのだ。
「レイ。昔、カシュー地方で港を作ったのを覚えていますか?」
「そりゃもちろん、覚えています。私達の出発の地じゃないですか」
レイが当然だと頷く。
もう何年も前のことだが、私はカシュー地方でレイやアルと出会い、軍隊を組織した。だが軍隊を動かすには資金が必要だった。私は地盤固めのため、メビュウム内海につながる港を建設した。
「港を造る時、小さな船に大量の石を詰み込んで入江を埋め立てていました。あんなに石を詰み込み、よく沈まないなと思ったものです。その時に思ったんです。あれだけの石を積んでも沈まないのなら、石で船を作っても、沈まないのではないかと」
「それは……」
私の思いつきを聞いてレイが絶句する。
石は沈むものだと誰もが思っている。だが重要なのは浮力であり形状だ。たとえどれだけ重くとも、浮力を計算すれば鉄で出来た船でも浮くはずなのだ。
「もちろん石を削って船にするのは、無理があります。しかしクリートが発明した土硬化魔法。あれを使えば土を石のように固く出来ます。ならば泥を船の形にして、整形することもできるなと思ったんです」
海に浮かぶ石の船を見ながら、私は頷いた。
土硬化魔法で固められた土は、本物の石以上の強度がある。しかも耐水性が高く、ほとんど水を通さない。
ガンガルガ要塞攻略戦において、私は要塞を水攻めにした。その時に土硬化魔法の高い耐水性に気づいたのだ。
「見てくれは少々不格好ですが、兵士を運ぶには、これで十分でしょう」
私は海に浮かぶ、石の船を見て笑みを浮かべた。
なお、コンクリートで作られたコンクリート船は実在し、広島の呉で実物を見ることも可能。