第九話 ガリオスの酒
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私はアルとレイを伴いながら、馬に揺られていた。私の両脇を固める二人は、まっすぐ前を見て馬を操っている。だがアルとレイは神経をとがらせ、気を張り詰めているのが肌で見てとれた。
アルとレイは、騎士として卓越した力と技量を持っている。すでに人類最高といっても差し支えない。だがその二人をもってしても、今置かれている状況は緊張に値するものだった。
私達が行く先には、竜の旗が翻っている。周囲には鱗の肌に黒い鎧を着た魔族がひしめいている。魔族がいるのは前だけではない。右にも左にも背後にも数えきれないほどの魔族が存在していた。
「ロメ隊長。さすがに、これは自殺行為では?」
右に控えるアルの額には、一筋の汗がこぼれる。
「魔王軍のど真ん中にたった三人で挑むなんて、正気じゃありませんよ」
アルが周囲に気を配りながら非難する。
私は現在、ガリオスと交渉するために魔王軍の本陣に赴いていた。当然周囲にいるのは魔族ばかり。数万体の魔族に一斉に襲い掛かられれば、いかにアルやレイが卓越した力を持つとはいえ、多勢に無勢だ。
「ロメリア様、何かあればすぐに私にしがみついてください。飛んで逃げますので」
左にいるレイも気を張り、周囲の警戒を怠らない。空を見上げればはるか上空に、大きな翼をもつ翼竜が旋回しているのが見えた。レイが飼育している翼竜だ。もし魔族が襲い掛かってくれば、レイは私を掴んで、あそこまで一気に飛び上がるつもりらしい。
「そこまで気を張らなくても大丈夫ですよ。停戦を示す白旗もありますしね」
私は右手に持つ白旗を掲げた。
白旗は非交戦状態を示す。この意味は魔王軍にも伝わっている。さらに魔王軍は私達との停戦に合意しているので、白旗を掲げる私達を攻撃すれば、軍規に違反することになる。
「戦場じゃぁ、そんなの意味ありませんよ」
アルが顔を顰めた。
確かに血の気の多い兵士が集う戦場では、国際法や条約など簡単に無視される。白旗を掲げた使者が、首を刎ねられたなんて事例は数知れず存在する。しかも今私たちが相手をしているのは、種族さえも異なる魔族だ。停戦条約を無視したとしても不思議ではない。
「確かに油断はできませんが、ここにはガリオスがいますから」
私は楽観している理由を告げた。
魔族は強い者が尊ばれる尚武の国だ。最強無敵の力を誇るガリオスは、全ての魔族が敬意を示す。今回の停戦も、ガリオスが言い出したからこそ成立したのだ。
ここにいる魔族にとって、ガリオスの決定は絶対。もしガリオスが私達を殺せといえば、死を恐れず向かってくるだろう。しかし殺すなと言えば、その瞬間に止まる。
「そりゃガリオスは信頼できますよ。あいつは敵ですけど、嘘は言わない奴ですから。でもガリオスにも政敵とかはいるでしょう」
「いるでしょうね。しかし、ガリオスに反旗を翻すなら、相当な根回しや準備が必要になります。今日は安全ですよ」
私はアルとレイに笑って告げたが、二人が緊張を緩めることはない。
警戒しながら進む私達の行く先からは、豪快な笑い声が聞こえてくる。竜の旗の下ではガリオスが胡座を組んでいた。そばには大きな酒樽が置かれている。
先ほど櫓の上から見た時は、ガリオスは食事をしていた。だが食事は終わり、今は酒宴の最中らしい。
ガリオスは酒樽を右手で掴むと、軽く持ち上げて口に運ぶ。そしてゴブリゴブリと、流し込むように呑んでいく。しかし酒樽が酒盃代わりとは、なんとも豪快だ。
「ん? おお、嬢ちゃんか。よくきたな」
酒樽を傾けるガリオスが、やってきた私達に気づくと、まるで友人のように招く。
私は馬を降りてガリオスの前に進む。
「閣下、今日はお時間をとって頂き……」
「ああ、堅苦しい挨拶はいい。それより今呑んでんだ。お前も一杯付き合えよ」
ガリオスが部下に指示を出し、私の為に酒盃を用意させる。
「ほれ、まずは一杯」
酒がなみなみに注がれた酒盃を、ガリオスが差し出す。
背後に控えるアルとレイが、止めようと一歩前に出る。停戦中とは言え相手は敵だ。毒入りではないかと警戒しているのだ。しかし私は手で制し二人を止める。
「お酒はあまり強くないので、一杯だけ」
私は顔を戻し、笑顔を浮かべてガリオスの大きな手から酒盃を受け取った。
酒盃を口元に運ぶと、クセのある匂いが鼻腔を突く。
私は酒をほとんど嗜まない。さらに嗅いだことのない匂いだった。しかし私は顔には出さず、一気に酒盃を煽り呑み干した。
「おっ、いい呑みっぷりだ。イケるクチか?」
ガリオスが手を叩くが、私はすぐに返事が出来なかった。
「……こ、これは、強いお酒ですね」
私は目を丸くした。火が着きそうなほど強い酒だった。喉と胃が焼け、クセのある強い匂いが鼻を突き抜けていく。これまで味わったことのない、強烈な衝撃だった。
「おう、俺の好みの酒だ。結構クセがあるが気に入っている」
ガリオスは酒樽を掴み、豪快に呑んでいく。この強い酒を水のように飲むとは、どんな体をしているのか。
「しかしさすがだな。この酒はクセが強すぎて、勧めると大抵の奴は顔を顰める。だが、嬢ちゃんは顔色も変えねぇ。やるねぇ分かってるな」
ガリオスは膝を打つ。
「これでもあちこち旅をしていますので」
私はふらつく体を支えながら笑みを浮かべた。
相手が食べている物を食べる、同じ物を呑む。これは交渉術の基礎中の基礎だ。顔色を変えずに食卓を共にするだけで、相手の好感を買えるのなら私はなんだって食べる。一方で、ガリオスはガリオスで、クセの強い酒を勧めて相手の反応を見ていたのだ。
ガリオスは巨躯を見ても分かるが、筋力が自慢の戦士だ。しかし力だけの男ではない。ガリオスなりに相手を見ている。
「もう一杯といきてーとこだが、無理矢理酔わすのも趣味じゃねぇ。アルお前はどうだ?」
「ん? 俺か、イケるちゃイケる方だけど……」
名指しされたアルの視線は、迷う様に私を見た。
アルは酒好きで、酒豪であることは知っている。とは言え、護衛の身で飲酒など出来ない。だが私の許可があれば別だ。
「構いませんよ。ただし負けないように」
「おーっし! お許しが出た! 盃を寄越せ! 人間の呑みっぷりを見せてやる!」
私が許可を出すと、アルは気炎を上げてガリオスに向かって手を差し出す。
「おっ、よく言った!」
ガリオスはアルの盃を用意させると、手拍子を打ち一気飲みを促していく。アルも応じて盃の酒を呑み干していく。
堂々と酒を呑み干していくアルを見て、周りで見ていた魔族達も感心した目を向ける。これはありがたい反応だった。魔族とはこの後も交渉を重ねたいと思っている。交渉においては決定を行う首脳陣との話し合いが重要だが、命令を実行する末端との相互理解も同じぐらいに大事なのだ。
酒宴に混ざるアルを見て、私は頷く。そして首を返して傍のレイを見る。
「レイ、貴方はいけませんよ、私の護衛ですから」
「もちろんです。片時も離れませんよ」
レイが一歩私に歩み寄る。
「ガリオス閣下。宴の最中に申し訳ありませんが、実は折り入ってお話があります」
私は手拍子をするガリオスに話しかける。私はここに交渉に来たのであって、酒宴に加わりに来たのではない。
「おう、分かってるよ。だが難しい話なら、俺じゃなくてギャミとしてくれ。おーい、ギャミ」
ガリオスが太い首を返して声を上げると、奥にある天幕から子供の様な背丈に白い服を身に纏ったギャミが出てくる。傍にはずんぐりとした体躯のイザークも伴っていた。
「嬢ちゃんは話があるそうだ。聞いてやれ。お前がいいと思うんなら乗っていい」
ガリオスはそれだけ言うと、酒宴に向き直り酒盛りに参加してしまう。
私は魔王軍特務参謀のギャミと相対した。
ロメリアないしょばなし
アルは飲み比べで三体ぐらい魔族をつぶして、そのあと酔いつぶれた
ガリオス? あれ酒で潰そうと思ったら、全部飲ませても無理