第六話 ロメリアとグーデリア
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王となりつつあるヒュースを見て、グーデリアは微笑みを浮かべた。
悲しくはあったが、これと見込んだ男が立とうとしているのだ。足を引っ張るなどできなかった。
「そう言えばさっき何か言いかけていたが、あれはなんだ?」
ヒュースが気づいたようにこちらを見るが、グーデリアは首を横に振った。
「なんでもない。それよりも指示を待っている者達がいるぞ」
グーデリアは大広間の外に目を向けた。そこにはヒュースの指示をもらおうと、四人の兵士達がやってきていた。もうヒュースはヒューリオン王国の民を率いる王なのだ。
「行ってこい、ヒュース。お前なら出来る」
未練を振り払う様に、グーデリアはヒュースの背中を押して送り出した。
押されたヒュースは、一度はグーデリアに振り返った。だがすぐに兵士達の元に向かい、話を聞きながら館の外へと出ていく。
部屋に一人残されたグーデリアは、目を瞑り静かに息を吐いた。脳裏には、ヒュースとの思い出が反芻されている。
追憶の光景は美しく、胸が締め付けられるほど光り輝いていた。だが全ては過去である。グーデリアはそっと、思い出の箱の蓋を閉じた。
「グーデリア様?」
佇むグーデリアに声がかけられる。首を返すと、そこには亜麻色の髪に白い衣を身につけたライオネル王国のロメリアがいた。左手には書類の束を持ち、背後には眼鏡に赤い服を着た秘書官と空の様に青い鎧の騎士を従えている。
秘書官は顔馴染みのシュピリだ。そして騎士はライオネル王国が誇る、風の騎士ことレイヴァンだった。
「早い到着ですね」
「貴方もな、ロメリア様」
「私はいつも遅れてばかりなので、今日は早めに来ておこうと」
ロメリアは照れ笑いを浮かべた。グーデリアはロメリアが持つ書類に目を向けた。おそらく待っている間に、書類仕事の一つでも終わらそうと考えていたのだろう。
自分も忙しくしている方だが、この御仁には負けると、グーデリアは半ば呆れた。
「ちょうど良い、すこし時間をいただけるか? ロメリア様とは、一度じっくりと話しておきたかったのだ」
「ええ、構いませんよ」
頷いたロメリアは、背後に控えているシュピリとレイヴァンに目配せする。二人は頷き、一礼して大広間から退出する。
出ていった二人を見送った後、グーデリアは南に面する窓を見た。窓からは天を衝くガンガルガ要塞の主塔が見えた。塔には連合軍の六つの旗が翻っている。
「ガンガルガ要塞か……改めて、よく落とせたものだ」
グーデリアはため息とともに言葉を吐いた。
「思い返せば、我らは互いの足の引っ張り合いばかりしていた。最初から協力していれば、もっと簡単に落とせたはずだった。そう思わんか?」
グーデリアは首を横に振り唸った。
「連合軍が攻城兵器で四方からガンガルガ要塞に攻撃を仕掛け、注意が分散したところを私が魔法で要塞の門をこじ開ける。そこに黄金騎士団と月光騎士団を投入する。これを初日に行っていれば、ガンガルガ要塞はその日に落とせた」
グーデリアが明快な戦術を述べると、ロメリアは目を瞑りわずかに口元を緩ませた。
「しかし我らは協力出来なかった。ホヴォス、ヘイレント、ハメイルの三国は手柄欲しさに争いあっていた。私もガンガルガ要塞の攻略ではなく、ヒューリオン王国が損害を出してくれぬかと願い、全力を出すことを拒んだ。少しでも得をしようとして、結果大損をした。なんとも馬鹿なことだ」
「確かに馬鹿げています。ですがそれが人間であり、政治というものでしょう」
自嘲するグーデリアに、ロメリアも悲しげに微笑む。
我々は国の代表としてここに来ている。無垢な子供のように最初から人を信じ、仲良くするというわけにはいかない。国家の利益を最大化するため、常に選択や判断が迫られる。結果として大損害を被ろうとも、我々は素直だった子供には戻れない。
「だがロメリア様。貴方は最後にはガンガルガ要塞を落とした」
「皆様の協力があればこその結果ですよ」
「謙遜だな。そなたは我らの協力がなくとも、必ず目的を達成する。そなたはそういう人間だ」
グーデリアは亜麻色の髪の聖女を見た。グーデリアの目から見ても、目の前にいるロメリアは底が知れない。決して悪人ではないが、世間で語られるような純真無垢な聖女でもない。むしろその胸の中には熾烈な炎すら見える。
「気になるのは、貴方の目的がどこにあるかということだ。何を目指している?」
「私の目的ですか? それはもちろん……」
ロメリアは大広間の壁を見た。何もない壁だが方角的には西だ。
「西の方角。やはりローバーンか」
グーデリアは頷いた。このダイラス荒野の西には森が広がり、その奥には魔王軍の本拠地と言えるローバーンが存在する。
ロメリアの目的は、魔王軍を駆逐することだとグーデリアは考えた。だがロメリアは首を横に振った。
「いえ、私はそのさらに西を。魔大陸に渡り、奴隷となった人々を救うつもりです」
語るロメリアの瞳は、さらに遠くを見据えていた。
「それは……! 貴方がアンリ王と共に、魔大陸に渡ったことは知っている。だが本気か?」
あまりにも壮大な目標に、グーデリアは驚きを隠せなかった。
ロメリアが亡くなったアンリ王と共に、魔王軍の故郷である魔大陸とも呼ばれるゴルディア大陸に渡ったことは有名だ。しかしこれは魔王軍の船に密航しただけに過ぎない。だが魔大陸で奴隷となった人々を解放するとなれば、大船団を作り上げて大軍を派遣する必要がある。
「そもそも、魔大陸へと渡る手段すらないのだぞ」
グーデリアは根本的な問題を指摘した。
人類が住むこのアクシス大陸と、魔族の故郷のゴルディア大陸との間には広大な海原が存在している。
この海を渡り切るには魔族が作り出した魔法で動く船、魔導船が不可欠と言われていた。しかしこの技術は魔族にとっても簡単なものではないらしく、アクシス大陸に取り残された魔王軍は一隻たりとも所有してはいない。当然我々人類にとっても未知の技術であり、基礎的な知識すら持ち合わせていないのが現状だ。
一から魔導船を建造し、大船団を編成し、大軍を率いて魔大陸に侵略する。ロメリアの目標は、気宇壮大を通り越して荒唐無稽ですらあった。
「難しいことはわかっております。しかしそれが私の目標なのです」
語るロメリアの目を見て、グーデリアはロメリアが本気であることを悟った。
「……そうか、分かった。協力出来るところまでは手を貸そう」
グーデリアは慎重に返答した。
あまりに壮大すぎる話であるため、とてもではないが全力で手を貸すとは言えなかった。しかしロメリアは、これまでやると決めたことを全て実現してきた。魔大陸に赴くと言う目標も、もしかしたら実現させてしまうかもしれない。
グーデリアはロメリアに対し、初めて畏怖を覚えた。