第三話 竜と竜
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巨大なガリオスと小さなギャミ、二体の視線が交錯する。だがその時、水を差すような咆哮が遮った。
大気を振るわせる方向の後に悲鳴が続く。私や側にいたアル、ガリオスにギャミも音の発生源に顔を向けた。
視線の先には、猛り狂う暴君竜がいた。巨大な竜は口に嵌められた氷を噛み砕き、首を振るい巻き付けられた鎖を外そうとする。数十体の魔族が鎖を引いて暴君竜を押さえつけるが、暴君竜が首を振ると鎖を持つ魔族が宙を舞い鎖が外れる。戒めから解き放たれた暴君竜は、天に向かって咆哮した後にこちらに向かってくる。
「ったく、割といい雰囲気なのに。空気を読まねー竜だ」
アルが眉間に皺を走らせたかと思うと、抱えていた槍斧を反転させ、穂先を地面に突き刺す。そして何を思ったか素手で暴君竜に立ち向かっていく。
暴君竜が咆哮し、口に並んだ刃の様な牙が見える。
強大な暴君竜を相手に、素手で挑むなど無謀すぎる。しかしアルは怯えることなく突進し、雄叫びをあげながら暴君竜に飛びかかった。
「お・す・わ・り!」
犬に命じる様に叫びながら、アルは空中で身を捻って拳を繰り出す。アルの拳からは炎が噴き出し、暴君竜の顔に当たった瞬間爆発が起きた。拳撃と爆発により、鼻先を殴り飛ばされて暴君竜が音を立てて倒れる。
暴君竜を殴り飛ばした光景に、魔族さえも驚きの声をあげる。私もこれには驚いた、アルは炎の魔法を操るが、まさか暴君竜を素手で倒すとは思わなかった。
誰もがアルの力に舌を巻いていると、非難の声が響き割った。
「こら~! やめろ~!」
声を上げたのはガリオスである。ガリオスは棍棒を放り出して倒れた暴君竜とアルの間に立ちはだかり、竜を守る様に両手を広げる。
「かわいそーだろ! お前に動物愛護の精神はねーのか!」
ガリオスはアルに指を向けて非難する。だがその背後で、顔を殴られた暴君竜が立ち上がった。竜の目は怒りに染まり、憎悪と殺意が漲っている。
「だいたいお前はだな!」
ガリオスが非難の言葉を続けようとしたとき、暴君竜が背後からガリオスの頭に噛み付いた。ガリオスの頭が暴君竜に丸齧りされ、誰もが目を向いた。ギャミすら王に推した男が死んだと、口を開けて驚いていた。
噛み付いた暴君竜は、短剣の様に並んだ牙でガリオスを噛みちぎろうとする。だがその時、頭を齧られているガリオスの両手が暴君竜の口を掴んだ。竜の上顎と下顎を掴んだガリオスの手が、竜の顎を力任せに開けようとする。暴君竜は驚きながらも顎に力を込める。だがガリオスの腕は大きく広げ、暴君竜の口を無理やりこじ開けた。
暴君竜に頭から齧られたというのに、口から出てきたガリオスの体は無傷。竜の唾液に濡れたガリオスの顔は怒りに燃えていた。
「痛ぇな、このトカゲ!」
口から脱出したガリオスの拳が、暴君竜の顔に炸裂する。暴君竜の体は再度倒れた。
「ガキの頃から育ててやっているのに、いい加減飼い主の顔ぐらい覚えろ!」
怒りの顔を浮かべるガリオスに、アルが白い目を向ける。
「おい、動物愛護の精神はどこに行った?」
「ああ? こんなもん害獣だ、害獣! こいつにどれだけの魔族が食われたと思っている」
ガリオスの早すぎる前言撤回に、アルをはじめ周りにいる人も魔族も呆れかえる。しかし真に呆れるべきは、暴君竜に頭を丸齧りされても、生きているガリオス自身だ。本当にこの魔族は、どうやったら死ぬのだろう。
私が呆れていると、ガリオスが暴君竜を睨みつける。神話に語られる竜はガリオスに対し怯えた顔を見せ、倒れたまま腹を見せる。
手の付けられない猛獣が犬のように完全に服従していた。その隙に魔族達が暴君竜の首に鎖をかけ捕縛する。暴君竜の捕縛がすむと、見ていたギャミが息を吐いた。
「あーっと、話を元に戻しますが、停戦に応じるという事でよろしかったですか。閣下?」
「おう、停戦だ。段取りはそこの嬢ちゃんと詰めてくれ」
ギャミの問いに、ガリオスは仕事を丸投げして返す。ガリオスは行動の指針は決めるが、あとは実務者に一任する方針らしい。これはこれでありがたい。
一切を任されたギャミは、私を見て口を開いた。
「ではロメリアよ。我々としてもガンガルガ要塞が陥落した以上、戦いを続ける理由はない。ローバーンへの道を開けてくれるのであれば明け渡そう」
「こちらとしてもそれで問題はありません」
ギャミの話に私は頷く。実務者同士でも合意がなされた。
「ガンガルガ要塞に残った魔族も解放してもらえるのかな?」
「もちろんです。降伏した者や負傷兵もお渡しします」
私の返答に、ギャミも頷く。そして私たちは食料や医薬品のあけ渡しなどいくつか細かな交渉を行い、停戦交渉の細部を詰める。
「大筋では問題ありません。ではこれで行きましょう」
ギャミは簡潔に話をまとめた。そしてさっそく実行に移すべく、ヒルド砦に戻ろうとする。私はその小さな背中に声をかけた。
「あの、後で使者をそちらに送りたいのですが、よろしいですか?」
「……停戦期間中であれば、お受けいたしましょう」
振り返ったギャミは神妙に頷く。
私がギャミに対して奇妙な縁を感じているように、ギャミもまた私に対し思うところがあるのだろう。できればもう少し話をしたかった。
「ありがとうございます」
「なに、かまわん。所でロメリアよ。今回は負けたが、次は負けぬ」
不敵な笑みを、ギャミは見せる。
「またやろう」
「ええ、お待ちしております」
笑うギャミに、私も笑みを返した。