第百六話 レーリアの疾走
これまで毎週金曜日に更新していましたが、土曜日に変更しようと思います
すみませんがよろしくお願いします
ゼファーが加わったことで、連合軍は優位となった。だが重装甲の精鋭部隊を、一気に殲滅というわけにはいかない。だが時間をかけている余裕はなかった。
ガンガルガ要塞の主塔に連合軍の旗を掲げれば、ヒルド砦を攻撃する魔王軍だけでなく、要塞の内部で抵抗を続ける守備兵も戦意を失う。一刻も早く、旗を掲げねばならなかった。
レーリアは、精鋭部隊が守る通路の奥を見る。
通路の先には階段が見えた。上の階から魔王軍の兵士は降りてこない。もう上に兵士がいないのだろう。ならば目の前で抵抗する魔族が最後の敵だ。
レーリアは唇を舌で濡らした。足元には首を斬られた魔族の死体があり、腰には短剣があった。レーリアは旗が詰まった背嚢を背負い、倒れている魔族から短剣を奪う。
「マイス、ベインズ、ゼファー! 一瞬だけでいいから、奥への道を開けることは出来る?」
レーリアは問いながら、赤いスカートの裾を短剣で切り裂いた。短くなったスカートの裾からは白い足が顕になる。
「レーリア様、何を!」
ゼファーがレーリアの足を見て、頬を赤くする。
「私が一人で旗を掲げに行きます」
レーリアは短剣をドレスの帯に捻じ込み、奥の階段を見据える。目の前にいる魔族が敵の全てであれば、ここさえ突破すれば、旗を揚げることぐらいレーリア一人でも出来る。
「危険すぎます。まだ奥に魔王軍がいるかもしれません! 私も一緒に行きます」
「なら、私も行くよ。こう見えても姫様の護衛だしね」
ゼファーとマイスも付いてくると言う。
「分かりました、私達が血路を開きます。三人で奥へ向かってください。総員、一時後退」
ベインズが剣を払い、斬り合っていた魔族と距離を取る。戦っていた連合軍の兵士達も、魔王軍と距離を取ってベインズの横に並ぶ。ベインズと兵士達が剣や槍を握り締め、魔王軍と対峙する。対する魔王軍の精鋭部隊も、隊伍を組んで盾を並べて待ち構える。
「いくぞ! 総員、突撃!」
ベインズが兵士達と呼吸を合わせ、一斉に突撃する。連合軍の攻撃を、魔王軍が必死になって防ぐ。互いに一歩も譲らぬ攻防となるが、ベインズが左肩に刃を受けながらも、一体の魔族を倒して血路を開いた。
「今です!」
ベインズの声に、ゼファーとマイスが応じて飛び込む。剣と斧が魔王軍の戦列に亀裂を作り、人一人分の隙間が生まれる。レーリアは隙間に飛び込むように走った。
通すまいと、魔族が剣を振るう。だが短くしたスカートは軽い。男の人はいつもこんなに身軽なのかと驚くほどだ。魔族の刃は、レーリアの後ろ髪を一房切り裂くのみ。
レーリアの後ろに、マイスとゼファーも続く。しかし二体の魔族が追いかけてくる。
「ちぇ、仕方ない。ゼファー、ここは私に任せて先に行け!」
マイスが踵を返すと、追いかけてくる魔族に斧を振り追撃を阻んだ。
レーリアは振り返らず、ゼファーと共に階段を登る。上の階に出ると、そこは大きな部屋だった。部屋の中央には立派な椅子が置かれ、椅子の背後にはバルコニーが見えた。
レーリアはゼファーと共にバルコニーに出ると、強い風が髪を揺らす。
バルコニーは遮るものがなく、吹き荒れる風の中、円形丘陵の全てを一望出来た。
南にはレーン川が流れ、西には天を突くライン山脈と深い森。北に目を向ければディナビア半島すら望むことが出来た。
素晴らしい絶景だが、バルコニーには先客がいた。
腰には長剣を佩き、真紅の兜に鎧を身に着けた魔族がいた。魔族は静かに佇み、ガンガルガ要塞内部の戦いを見下ろしている。
レーリアは息を呑んだ。身につけている鎧、何よりその佇まいから、明らかに普通の兵士ではない。ガンガルガ要塞を任されている将軍に違いなかった。
将軍が振り返り、爬虫類特有の縦に割れた瞳孔で、レーリアとゼファーの姿を捉える。
レーリア達を見定めた魔族の将軍は、腰の長剣を抜き上段に構えた。敵を前にして、レーリアは息が止まりそうになったが、ゼファーが守るように立ちはだかる。
ゼファーの背中を見て、レーリアは安堵した。
下での戦いを思い返すと、今のゼファーは精緻な剣術や戦術に加え、大胆さも持ち合わせている。一対一の戦いであれば、たとえ魔族であっても後れを取ることはないだろう。
将軍が動き、上段から斬り掛かる。その太刀筋は鋭い。ゼファーは剣を横にして防ごうとしたが、あまりの打ち込みの強さに数歩後ろに後退する。
魔族の将軍が、ゼファーを激しく斬りつける。魔族が繰り出す長剣の一撃は、風を斬り裂き、床の石材を穿つ。それでいて力任せの剣技ではなく、ゼファーの急所を的確に狙い、反撃の暇すら与えない、
ゼファーは防戦一方となり、じりじりと追い詰められていく。
レーリアは、魔族の剣技に息を呑んだ。
魔王軍は、強い者が上の階級につく実力社会と聞く。ガンガルガ要塞を任される者が弱いわけがなかった。いや、要塞の中でも最強の兵士。それが目の前にいる将軍なのだ。
「……レーリア様、この魔族は私が抑えます。その隙に旗を!」
額から汗を流すゼファーが、敵を見据えながら指示する。レーリアはゼファーを助けたかったが、戦う術を持たないレーリアには何も出来ない。今日何度そのことを悔やめばよいのかと、レーリアは唇を噛んだ。
「分かった、負けないで!」
レーリアは後ろ髪を引かれながらも、旗を掲げるべくその場を離れた。
ロメリアないしょばなし
マイス「ここは私に任せて先に行け!(キリ)」
レーリア「いい位置に立とうとしないで!」




