第百四話 ガンガルガ要塞攻略戦
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レーリア達が薄暗い横穴を進むと、横穴には連合軍の兵士達が三列になって座っている。兵士達の横を通り抜けて穴の先にまで進むと、終点にはライオネル王国の兵士達が待機していた。兵士達の先頭にはロメリア二十騎士のゼゼとジニ、杖を持つ宮廷魔導士クリートと鶴嘴を肩に担ぐ工兵のガンゼ、そしてフルグスク帝国から派遣された騎士オレガノが、顔を覆う大兜をかぶり、長剣を腰に差して静かに待っていた。
「皆さん、ついにガンガルガ要塞の門は開きました、今が好機です」
ゼファーの言葉に、その場にいた全員が顔を引き締める。
「魔導士クリート、お願いします」
ジニが声をかけたが、クリートは顔を背け壁に向かって蹲り、動こうとしなかった。
「おい、出番だぞ、宮廷魔導士殿」
隣にいたガンゼがクリートの体をゆすると、クリートはその手を振り払った。
「いっ、嫌だ! 何故宮廷魔導士の私がこんなことを! こんな作戦、自殺も同然だ!」
この期に及んで何を言っているのかと、レーリアは怒りが湧いた。だがレーリアが前に出るより早く、ガンゼがクリートの足下に鶴嘴を振り下ろした。
「ひっ、お前。私が誰だか分かっているのか。わ、わた、私はきゅ、宮廷魔導士だぞ!」
「そうか、墓碑にはそう刻んでおいてやる。安心しろ、石を削るのは得意だ」
ガンゼの声は低い。隣にいたマイスも背負っていた斧を肩に担ぎ、ゼファーは腰の剣に手をかける。レーリアも視線の刃をクリートに向けた。
クリートはゼゼとジニに助けを求めたが、二人も無言の圧力をかける。
「わっ、分かった、やるよ! やればいいんだろ! くそ! どうして私がこんな目に」
クリートが文句を言いながらも腰の杖を抜いて穴の奥に向ける。
黄土色の光が杖から漏れ出し、穴の奥の土がどんどんと削られていく。原理は分からないが、土魔法により周囲の土が削られているのだ。クリートは緩い傾斜を作りながら、上へと掘り進めていく。そしてついに天井に小さな穴が開き、眩い光が差し込んでくる。
クリートは慌てて魔法を止め、それ以上穴を広げるのをやめた。
「よし、総員、突撃準備!」
ゼゼが号令すると、待機していたライオネル王国兵が一斉に立ち上がる。さらに突撃準備の声は奥にまで伝わっていき、一万二千人の兵士の準備が整う。
「では最終確認です。最初に突撃するのは、我らライオネル王国兵二千人。私が率いるゼゼ隊が先行し、血路を開きます」
ゼゼがゼファーやマイス、ベインズやオレガノを見る。
「その後をジニ隊が続き、要塞の門の開閉装置を制圧に向かいます。その次がクリート率いる魔法兵とガンゼ率いる工兵部隊。二隊は門の入り口で土塁を作成、拠点を築いてください」
すでに何度も打ち合わせをしていたが、この作戦は速度が命だ。確認は必要だった。
「我々の後は、ハメイル、ホヴォス、ヘイレントの軍勢六千人が突入。ガンガルガ要塞の主塔を制圧し、塔の上に連合軍の旗を掲げてください」
ジニが説明を引き継ぎ、マイス達を見る。
ガンガルガ要塞の内部には、背の高い塔が幾つも立ち並んでいる。中心に立つ主塔は高く、円形丘陵のどこからでも見ることが出来る。この主塔に連合軍の旗を掲げれば、ガンガルガ要塞が連合軍の物となったことを、敵味方に知らせることが出来るはずだ。
「その次は癒し手の合同部隊。こちらは土塁の中で治療活動をお願いします」
ジニがヘレンを見る。ヘレンはヘイレント王国の王女だが、癒し手達を取り仕切る立場となっていた。レーリアも今回はヘレンと共に、治療活動に当たることになっている。
レーリアが戦場に出ても出来ることはない。だがこの作戦には全兵力を投入するため、陣地に残るより、付いていった方が安全ということになったのだ。
「最後にヒューリオン王国と、フルグスク帝国が突入し、門の守りを固めてください。我々が門を閉じるまで、すみませんが……死守、でお願いします」
ジニが血を吐くように、言葉を振り絞った。
「なに、気にされるな。グーデリア様は死兵を求められ、我らは名乗りをあげた二千人。ここを死地と定めておる。祖国の旗さえ立てておいてくれれば、墓標としては十分よ」
フルグスク帝国の騎士オレガノは、気負いもなく言ってのける。熱のこもらぬその声は、氷結の皇女の配下に相応しい、厳冬の如き覚悟があった。
「我々も、ヒュース王子のために、この作戦に命は惜しみません」
カトルも決意を込めて頷く。
「分かりました。では、行きましょう。作戦開始!」
ゼゼが頷き、そしてクリートを見る。宮廷魔導士はもうどうにでもなれと頭上に杖を向け、魔法を発動する。頭上の土が見る見るうちに消え去り、地上へと繋がる。
道が開通した瞬間に、ゼゼ隊が突撃していき、ジニ隊がその後に続く。さらに文句を言いながらクリート率いる魔法兵部隊とガンゼ率いる工兵部隊が走っていく。
ライオネル王国が突撃した後にマイス、ベインズ、ゼファーが、それぞれの国の兵士を連れて突撃していく。六千人の兵士達が出撃した後は、レーリア達の番だ。
「行くわよ、私達に続いて!」
レーリアは声を張り上げ、各国の癒し手達と共に外へ出る。
薄暗い地下から明るい外に出たことで、レーリアの目が一瞬眩む。目が順応し視界を取り戻すと、ガンガルガ要塞の威容が飛び込んできた。
目の前には巨大な門が口のようにぽっかりと開いている。門の前には守備兵として魔王軍の兵士がいたが、先行したゼゼ隊が襲い掛かり血路を開いていた。ゼゼ隊が開けた穴にジニ隊が突撃し、ガンガルガ要塞の内部への侵入を果たしている。その後をマイスが元気よく疾走し、ベインズとゼファーも続く。レーリアも赤いスカートを翻して走った。
レーリアがガンガルガ要塞の門をくぐると、目の前には巨大な広場が広がっていた。門の前ではゼゼ隊に守られながら、ガンゼ率いる工兵が土を掘り、クリートが指揮する魔法兵が、魔法で土を固め土塁を築こうとしていた。
「よし、この中なら安全ね」
建設されていく土塁の内側に入ったレーリアは、ヘレンと共に一息つく。戦えないレーリア達は、この中にいるべきだ。とはいえ戦場にいて遊んでいるわけにはいかない。
「ヘレン、怪我人を連れて来るから、治療をお願い出来る?」
「はい、お願いしますレーリア」
ヘレンが腕まくりをする。普段は引っ込み思案でおとなしいヘレンだが、怪我人の治療となると張り切る。レーリアとしても、作業をしている方が気がまぎれる。
周囲を見回すと、作戦は手筈通り進んでいるらしく、ゼゼ隊は門の付近にいる魔王軍を殲滅していた。ジニ隊も門の開閉装置を押さえるべく、門の横にある小さな入り口から、内部へと侵入している。
ゼファー達は広場を横切り、主塔を目指していた。後ろを振り返れば、そばかす顔のカトルを先頭に、ヒューリオン王国軍が疾走し、騎士オレガノが、フルグスク帝国軍を率いてガンガルガ要塞の内部に到達していた。突入は無事成功。あとは兵士達の奮戦を信じるしかない。
レーリアは怪我をした兵士を見つけ、肩を貸して癒し手の元に連れて行く。一心不乱となって怪我人を運んでいると、ゼファー達が突入した主塔から、一人の兵士が出てくるのが見えた。右手に背嚢を抱え、血まみれの顔を左手で覆っている。
「ちょっと、大丈夫⁉」
レーリアはすぐに駆け寄り、怪我を確かめた。兵士の顔は完全に潰れており、目も見えず話すことも出来ない。この怪我でよく戻れたものだ。
「安心して、すぐに癒し手の所に連れて行くから、私と一緒に来て」
レーリアは声をかけ、怪我をした兵士の左腕を取り誘導しようとした。しかし兵士はレーリアの手を振り払い、右手に抱えていた背嚢をレーリアに押し付ける。
「ちょっと、落ち着いて。私は助けたいだけだから、誰か! 手を貸して!」
レーリアの声を聞きつけ、数人の癒し手が兵士を押さえるが、負傷した兵士は混乱しているのか、癒し手の手を振り払い、レーリアに渡した背嚢を指差す。
何かあるのかと、レーリアが背嚢の中身を確かめると、中には幾つもの布が詰まっていた。布には太陽に月、獅子の図柄が描かれている。連合軍の国旗だ。怪我をした兵士は、壁の上に掲げる旗を運ぶ役目を帯びていたのだ。
レーリアは血の気が引いた。ガンガルガ要塞に旗を掲げることは、魔王軍の戦意を挫く重要な任務だ。もちろん旗は何組も用意されており、一つ二つ失っても問題はない。しかし他にも旗を運ぶ兵士が殺され、旗を喪失していたら? これが残された最後の一組であったとしたら? レーリアの脳裏に、最悪の予想が浮かび上がった。
「誰か! これを!」
ゼファー達に届けてと、レーリアが言おうとしたその時だった。ガンガルガ要塞の外から、魔王軍が一斉に突入してきた。外へと出撃した守備兵の一部が、レーリア達の攻撃に気付いて戻って来たのだ。
こうなれば、誰もが敵の対処に手一杯となった。兵士達だけではなく、土塁を作っていた魔法兵も応戦し、工兵も作業道具を手に戦う。手の空いている者など誰もいなかった。
戦える者を引き抜くわけにはいかない、ヘレンや癒し手も精一杯働いている。怪我人にも託せない。今この場で手が空いている者といえば……それはレーリアだけだった。
「ヘレン! ここは頼んだわよ!」
レーリアは背嚢を抱えると、広場を横切りって主塔へと向かった。後ろでヘレンが呼び止めていたが、止まらずに走った。




