第九十八話 好機
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フルグスク帝国の皇女グーデリアは、激しい頭痛に耐えながらも、穴の底を見据えた。
すり鉢状に穿たれた穴の底では、ライオネル王国のカイルレンとオッテルハイム、グランベルにラグンベルの四将軍が、悪鬼の如きガリオスに立ち向かっている。さらに穴の縁では白馬に跨がる聖女ロメリアが、弩兵や弓兵に指示を出していた。
弩兵や弓兵の援護を受けて、オッテルハイム将軍とカイルレン将軍が、ガリオスに攻撃を仕掛ける。その隙に馬車に取り付けられた巨大弩に矢が装填され、二人の騎兵が横に並んでガリオスに迫る。並走する騎兵の間には、丸太が吊り下げられている。城攻めに用いる破城槌だ。
ロメリアの合図に、オッテルハイムとカイルレンの両将軍が後退する。二人が下がった直後、巨大弩が放たれてガリオスの胴に突き刺さる。一瞬ガリオスの動きが止まり、そこに騎兵が肉薄して破城槌をぶつける。
ライオネル王国の破城槌は小型軽量ながら、先端には爆裂魔石が取り付けられている。激突の衝撃で爆裂魔石が破裂し、ガリオスが吹き飛ばされて転がる。だが城門をも破壊する一撃を受けても、ガリオスはすぐに起き上がった。そして棍棒を高らかに掲げて力をためる。
グーデリアは慌てて魔力を練り、穴の上に巨大な氷柱を生み出そうとした。
ガリオス渾身の一撃は、地形すら一変させる威力を持つ。好きにさせてはいけないと、グーデリアは魔法を放とうとしたが、その直前でガリオスは構えを解き、その場を離れる。
魔力を消耗させるための陽動と気付き、グーデリアは魔法を解除して消耗を抑えた。しかし直前まで魔法を放とうとしていた反動で、頭を締め付けるような頭痛が走った。視界が歪むほどの激痛だったが、グーデリアは唇を噛んで耐えた。耐えなければならなかった。何故ならば――。
「おい、グーデリア!」
背後から声がかけられ、グーデリアは顔だけを返して振り向く。そこには金髪に褐色の肌を持つヒュースが、王冠を戴く太陽の旗を支えていた。その足元には、赤い天鵞絨の長外套を着たヒューリオン王が倒れていた。
「なんだ、ヒュース」
グーデリアは痛みをこらえ、平静を装った。
やや軽薄そうな顔つきの青年が、憂いを込めた瞳をグーデリアに向ける。
「その……大丈夫か?」
「この程度で心配される覚えはない」
頭が割れそうな頭痛を押し隠し、グーデリアはつれない言葉を返した。ヒュースに余計な負担をかけたくなかったからだ。
ヒュースは今、数人がかりで揚げるような旗を、たった一人で揚げている。
ただでさえ重い旗だが、かかる重圧は単純な重さだけではない。ヒューリオン王国の兵士達は、ガリオスの軍勢に背後から攻撃され、混乱状態にあった。しかしヒュースが国王旗を掲げたことにより、一部の兵士達が混乱から立ち直り始めていた。ヒュースの肩には旗だけでなく、ヒューリオン王国軍の命が乗っているのだ。
出来ることならグーデリアは駆け寄り、ヒュースと一緒に旗を支えてやりたかった。しかしそれはしてはならないことだった。
ヒュースが支えているのは、国王のみが揚げることを許される国王旗だ。他国の者が触れて良い物ではない。それにヒュースは、ヒューリオン王から次期国王の指名がなされている。次代の王が兵士達を奮い立たせるために、一人で旗を揚げたのだ。誰も手を出してはいけない。
グーデリアに出来ることと言えば、共に立つことだけだった。
激しい頭痛に耐えながら、グーデリアは穴の底に目を向けた。穴の底では、グランベルとラグンベルの双子将軍が、二身一体となって槍を振るう。
ガリオスは槍の嵐を棍棒で受け切ることが出来ず、体から血を流す。
「いてぇな、おい!」
ガリオスが棍棒を横薙ぎに払う。双子将軍が揃って後ろに飛び退くも、ガリオスの棍棒が狙っていたのは地面に落ちている岩だった。岩が棍棒に当たり、小石のように飛んでいく。岩が向かう先には、巨大弩が載せられた馬車だ。岩が馬車に命中し、巨大弩が粉砕される。
「大当たりぃ!」
ガリオスは大口を開けて笑いながら、左手で地面の石を掴む。そして今度は、穴の縁に並ぶ弩兵達に向けて投擲した。
ただの投石だが、ガリオスの怪力で投げられた石礫は鎧や兜を穿つ。三人程の弩兵が顔を打ちぬかれ、腹から血を流し倒れていく。
減っていく攻城兵器や倒されていく弩兵を見て、グーデリアは顔を顰めた。
先程からガリオスは、四将軍と戦いながらグーデリアを牽制し、石や岩を用いて弩兵や馬車を攻撃していた。そのためグーデリアは疲弊し、巨大弩を載せた馬車はあと二台しか残っていない。弩兵も当初の数の半分ほどにまで減り、破城槌も四本を残すのみとなっている。
ロメリアに目を向ければ、ライオネル王国の聖女もこの事態に歯噛みしていた。ロメリアは、明らかにガリオスを倒す方法を模索して戦場に来ていた。弩兵を始め攻城兵器の数々は、全てガリオスを倒すための物だ。
本来なら弩兵に巨大弩、破城槌は十分に数が揃っていたはずだ。だがライオネル王国はヒルド砦攻略のため、弩や攻城兵器を連合軍に提供している。そのせいで数が不足しているのだ。
グーデリアも助けになりたいが、すでに大量の魔力を消費しており、大きな魔法はあと使えて一度か二度。それ以上はどれほど力を振り絞っても不可能だった。
ロメリアの顔にも焦りが見えた。巨大弩や破城槌の援護がなければ、四将軍の負担が増える。勝負を急がなければならなかった。
ロメリアがグーデリアを見る。視線の意図に気付いたグーデリアが顎を引くと、ロメリアが残った四本の破城槌を騎兵に持たせ、穴の四方に均等に配置する。四方向から破城槌で同時攻撃を仕掛け、間髪入れずに四将軍による攻撃を叩きこむ。そしてグーデリアがガリオスを氷漬けにする。これならばいかにガリオスでも殺せるはずだ。
「オットー! カイル! グラン! ラグン!」
ロメリアが号令を発すると、四将軍が頷き、四人同時にガリオスに仕掛ける。
オッテルハイム将軍とカイルレン将軍がガリオスの右側から迫り、グランベル将軍とラグンベル将軍が左側から攻撃をする。対するガリオスは正面を向いたまま、棍棒を右へと傾け八相の構えをとった。そして左右からくる四将軍に対し、棍棒を右へ左へと動かし対抗する。
戦鎚を弾き、剣を牽制し、二本の槍を防ぐ。その攻防は互角。いや、ガリオスが押していた。ガリオスはこれまでの戦いで、四将軍の力や動き、槍捌きを見切り始めている。
ロメリアが手を振り、破城槌を持った騎兵達に突撃命令を出す。四将軍が押し切られる前に、勝負を決めなければいけなかった。四組八騎の騎兵が破城槌をぶら下げ、砂塵を巻き上げてガリオスに突撃する。巨大弩には矢が装填され、ガリオスに狙いを定めた。グーデリアも最高の魔法を放つべく、穴の上に巨大な氷柱を生成する。
ガリオスの前後左右から破城槌が迫るのを見て、四将軍が絶妙な距離で後ろに飛び退く。ほぼ同時に、残った弩兵と弓兵がガリオスの顔に向けて矢を放つ。ガリオスは顔を守るために両腕を上げる。すかさず巨大弩の矢が放たれ、がら空きとなったガリオスの左わき腹と右肩に命中した。
負傷したガリオスが俯き、その巨体を傾けて膝を付いた。
好機だ!
ロメリアないしょばなし
ヒュース「この旗くそ重い。誰か手伝って」
グーデリア「旗を掲げるヒュースの手助けをしてをしてはならない(キリ)」
ヒューリオン王「お前なら一人でやれる(キリ)」
ヒュース「……」