第九十三話 氷結皇女
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ヒュースは天からの声を無視し、父であるヒューリオン王の元に馬を走らせた。行く先では、ガリオスが親衛隊を倒し尽くしている。
ガリオスの周囲には千切れ飛んだ腕や足が転がり、内臓に脳みそがあちこちに飛び散り、酸鼻を極めている。王冠を戴く太陽の紋章、国王旗は血と泥に埋もれ、ヒューリオン王がその前に立ち尽くしていた。
ガリオスの巨大な足が、ヒューリオン王の前に横たわる国王旗を踏みしだいた。
「さて、お前が王さんかな?」
ヒュースが向かう先で、ガリオスは巧みに人間の言葉を操った。
「いかにも。余こそ太陽王、第十四代ヒューリオン王なり」
ヒューリオン王は、圧倒的質量を誇るガリオスを前に、堂々と名乗りを上げた。
「そうかい。なら日没には早ぇーが、太陽さんには沈んでもらおう」
ガリオスが棍棒を振り上げる。ヒュースは馬を走らせ、ガリオスの右手側から迫った。
間に合うか――。
ヒュースは馬から身を乗り出し左手を伸ばした。
「父上!」
ヒュースの声と、棍棒が振り下ろされるのは同時だった。しかしヒュースの手は一瞬早くヒューリオン王の襟首を掴み、すり抜け様に抱き上げた。
丸太のように太い棍棒が、風を切り裂きヒュースの後ろ髪を撫でる。ヒュースは間一髪、棍棒をかいくぐった。だが棍棒は馬の背を掠めた。それだけで馬の背骨がへし折られ、太い胴体を半ば切り裂く。
ヒューリオン王を抱いたヒュースは、馬から投げ出され、地面に転がり何度も体を打ち付けた。全身に激痛が走ったが、痛みをこらえて起き上がった。
「父上、生きているか!」
「ヒュ、ヒュースか? 馬鹿な、何故戻ってきた!」
「ん? なんだこいつ? お前の子供か?」
ヒューリオン王が驚き、ガリオスも首を傾げる。
「何故来たのだ、余の役目はもう終わった。このまま死なせろ」
倒れて動かないヒューリオン王の言葉に、ヒュースは激怒した。
「勝手なことを! 簡単に死なせるものか! これまでしてきたことを、生きて償え!」
「おいおい、なにがあったか知らねーけど、おとーさんのことそんなふうに言うもんじゃないよ? まぁ、両方殺すけど」
棍棒を掲げるガリオスを見て、ヒュースは金色の髪の下で顔を顰めた。
落馬した痛みがまだ体に残り、素早く動くことが出来ない。ヒューリオン王は生きる気力がなく、立ちもしない。周囲に馬はなく逃げる脚もない。
ここまでか。ヒュースが俯いたその時だった。ヒュースの後ろ髪を冷気が撫でる。
「ヒュース! 諦めるな!」
戦場によく通る声が響きわたる。ヒュースが顔を上げると、棍棒を振り下ろそうとしていたガリオスの右腕が、分厚い氷に覆われていた。
「おお? 誰だ?」
ガリオスが驚き、ヒュースも声がした方を振り向く。するとそこには、深海のように青い衣を身につけたグーデリアがいた。白馬に跨がる彼女の背後には、青白い水晶の剣を構える騎兵の一団が見えた。フルグスク帝国が誇る月光騎士団だ。
戦場に目を移せば、ディナビア半島への道を封鎖していたフルグスク帝国の兵士が南下し、後方から攻撃されているヒューリオン王国の兵士を援護していた。
グーデリアは月光騎士団を率いて、魔王軍を突破してここにやって来たのだ。
「おっ、なんだねーちゃん。この男を助けに来たのか? 男前は得だな、おい」
腕を覆った氷を割りながら笑うガリオスに、グーデリアもまた氷の微笑を浮かべた。
「なめるなよ、ガリオス! 私が来た目的はただ一つ。お前の首を取るためよ!」
「なんだ、モテてるのは俺の方か。モテる男はつらいぜ!」
「ぬかせ! その減らず口も凍らせてくれる!」
グーデリアは白馬から飛び降りると同時に、白い指先をガリオスに向ける。グーデリアの手から青白い光が漏れ出し、三本の氷の槍が空中に生まれ、矢のように放たれる。
ガリオスは軽やかな身のこなしで後ろに飛んで下がり、グーデリアの魔法を回避する。
「月光!」
グーデリアが指揮棒のように、右手の人差し指をガリオスに向ける。命令に従い、背後の月光騎士団が、馬に跨がりながら青白い水晶の刃をガリオスに向ける。
刃の形をした魔道具の先端から、光の帯が高速で射出されガリオスの体に突き刺さる。
「あちちちちちっ、熱いだろうが!」
月光騎士団が放つ光魔法は、人間の体ならば簡単に貫く威力を持つ。だがガリオスは顔を顰めただけだ。そして反撃とばかりに月光騎士団に向かって突撃する。
月光騎士団はフルグスク帝国最強の騎士団だ。しかしグーデリアとて、月光騎士団でガリオスを倒せるとは思っていないはずだ。月光騎士団の役目はグーデリアの守護と時間稼ぎ。グーデリアの体からは青白い魔力が立ち上り、上空へと伸びている。
ヒュースが視線をガリオスの頭上へと向けると、そこには巨大な氷柱が完成しつつあった。
「ん? あっ、やべ」
グーデリアの魔法に気付いたガリオスが、頭上を見て慌てて退避しようとする。
「逃がさん! 骨までも凍れ!」
グーデリアが右手をガリオスへと突きつける。上空に浮かんでいた氷柱がガリオス目掛けて落下する。まさに山が落ちてくるような光景。ガリオスでも逃げられない。
「おおおおおおっ!」
ガリオスが棍棒を掲げ防ごうとする。巨大な氷柱がガリオスに激突し、猛烈な冷気が白煙となってヒュースの視界を覆う。
「やったか!」
ヒュースは急激に冷却された空気に震えながらも、ガリオスがいた場所に目を凝らした。
立ち込める冷気が風に流され、白煙が霧散していく。視界が晴れた先では、巨大な氷山が生まれていた。氷山の中には、棍棒を掲げるガリオスの巨体が閉じ込められていた。
悲報、親衛隊は大体ガリオスに全滅させられる




