第九十一話 ロメリア最後の策
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「ガリオス……だと!」
突如現れたガリオスとその軍勢を見て、私は声を震わせた。
「ロ、ロメリア様! あれは、あの魔族は! あれがガリオスなのですか!」
側にいる秘書官のシュピリは、ずり落ちた眼鏡の下で顔を蒼くしていた。背後にいるロメ隊の面々も表情を固くし、ガリオスを注視している。
「この状況は……まずい」
私は顔を顰めた。ヒューリオン王国はヒュース王子がほぼ全軍を率い、ヒルド砦に突撃している。残されたヒューリオン王と親衛隊は、もはや逃げることも出来ない。
「ロメリア様! あのままでは、ヒューリオン王が!」
背後に控えるカイルが叫ぶ。だがもはや助ける術はない。ガリオスに加え、一万体の魔王軍が迫っている。一方ヒューリオン王の側には、親衛隊が千人しかいない。
ヒューリオン王と親衛隊は逃げることはせず、鉄壁の密集陣形を取る。あの状況でたった一人も逃げ出さないとは、さすが親衛隊だ。だがガリオスに対抗出来るとは思えない。
先頭をひた走るガリオスが、目を真っ赤に染めて巨大な棍棒を振り下ろした。
ガリオスの一撃が大地を穿ち、大量の土煙を上げる。衝撃が遠く離れた私の所にまで届き、轟音が落雷のように後から響く。
一撃で粉砕された親衛隊の姿を、私は想像した。しかし違った。国王旗は倒れ、親衛隊は前列の一部こそ吹き飛んでいたものの、その多くは生き延びて陣形を保っていた。
「あの一撃を受けて! なんて奴らだ!」
ロメ隊のボレルが感嘆の声を漏らす。
生き延びた親衛隊は盾と剣を手に、ガリオスに突進する。ガリオスの一撃を受けて倒れていた者も、起き上がり攻撃に加わった。誰もが血を流していた、中には両腕を失っている者すらいる。彼らは頭から突撃し、自らの命を弾にして体当たりを行っていた。続く親衛隊が仲間の背を踏みつけて、ガリオスに飛び掛かり斬りつけた。
ガリオスは何十という刃をその身に受けるが、それでもガリオスは止まらない。大棍棒を振り回し、親衛隊を蹴散らしていく。さらにガリオスが率いてきた一万体の軍勢が、ヒュース王子率いるヒューリオン軍に襲い掛かる。背後を突かれたヒューリオン軍は、大混乱に陥った。
「ロメリア様、どうされますか!」
問うカイルの声はすでに落ち着きを取り戻していた。いや、覚悟を決めている。
「私達はガリオスを倒すために、今日まで訓練を続けてきました」
カイルが真っ直ぐな瞳で私を見る。その隣ではグランとラグンの双子が、同じ顔で頷く。オットーも太い顎を引く。
確かに私達なら、ガリオスを倒せるかもしれなかった。しかしガリオスと戦うには、この場を離れなければいけない。だがガリオスが来たとなれば、魔王軍の戦意は上昇する。必ずこれを機に動き出すはずだ。勝手に持ち場を離れるなど許されない。
迷う私に、右手側から声が響く。
「ロメリア様! 救援に行かれよ!」
叫んだのは、大鷲の旗の下にいるゼブル将軍だった。
「ここは我らが持ちこたえてみせる! 貴方はヒューリオン王国を救え!」
「しかし、それでは貴国が!」
私は目の前の戦場を見た。
ヒルド砦の南からは二万体の魔王軍が出撃している。一方ハメイル王国は、すでに東の戦場にライセル率いる五千人の騎兵部隊を派遣している。手元に残っている戦力は四万人。我が国が抜ければ互角の戦いとなる。
「構わん。ここでガリオスを倒す見込みがあるのは、貴方達だけだ! それに! 上手く行けば貴方の策が発動するかもしれんぞ!」
ゼブル将軍の言葉は、私の胸を射貫くものだった。
私は胸に、ガンガルガ要塞を攻略する秘策を秘めている。ハメイル王国とは軍事同盟を結んでいるため、策の詳細はゼブル将軍にも話していた。それ故にゼブル将軍はこの状況が、ある種の好機であることに気付いている。だがここに残って戦う危険も、ゼブル将軍は分かっているはずだ。
「行かれよ! すべては勝利のためだ!」
ゼブル将軍は、危険を承知で笑って見せた。
「わっ、分かりました。兵士一万人を残します! ベン、ブライ! 貴方達はハメイル王国と連携して、魔王軍を防いでください!」
私は前線で戦う兵士達にこの場を任せた。
今から彼らを動かすのはかえって危険だった。本当ならカイル達将軍の誰かを指揮官として残したいが、ガリオスと戦うには将軍の力がいる。
私が命令を伝えると、まるで呼応したかのようにヒルド砦の南門から出撃した魔王軍が、前進を開始した。やはりガリオスが来たことで、勢いを増している。こうなった魔王軍は厄介だ。私の恩寵の効果も期待出来ないだろう。
対するハメイル王国軍も、四万人の歩兵が前進する。ゼブル将軍は兵士を半分に割り、二万人を右に割り振り右翼とし、自身は二万人を率いて中央の軍勢を指揮する。ベンとブライはゼブル将軍と歩調を合わせ、ハメイル王国の左翼を補う形で陣形を整える。
ベンとブライは将軍ではないが、独自の判断でゼブル将軍と連携してくれている。これなら任せられる。
「カイル、残っている弩と攻城兵器を集めてください」
「了解しました。おい、兵器を集めろ! 急げ!」
カイルが頷き、百人程の兵士に指示を出す。
「ボレル、ガット。貴方達にはそれぞれ五千人の歩兵部隊を預けます。このまま西へと前進し、西から現れた魔王軍と交戦してください」
ボレルとガットが頷く、そして予備兵として待機させていた一万人の歩兵部隊を指揮し、西に向かって進軍する。
「攻城兵器の準備が整いました! 弩兵六百! 弓兵三百! 巨大弩を積んだ馬車六台! 破城槌十三本です!」
カイルが報告すると、円形丘陵の内側に弩兵や弓兵が整列していた。その横に巨大弩を載せた六台の馬車と、鎖が巻かれた細い丸太をぶら下げた騎兵が並んでいる。残った手勢は千人に満たないが、ガリオス相手に大軍を用いても無意味。少数精鋭で行くしかない。
「グラン、ラグン、カイル、オットー。今から私達はガリオス討伐に向かいます。おそらく、これまでにない死闘となるでしょう」
私は二年前の、セメド荒野の戦いを思い出した。
あの時は魔王を倒した英雄であるエカテリーナに呂姫、それに聖女エリザベートがいた。しかし今は魔王を討った仲間はおらず、アルとレイもいない。ガリオスを倒すには、あまりにも戦力不足だった。
「お任せ下さい、ロメリア様」
「我々だけでもガリオスを倒せます。ねぇラグン」
「この日のための訓練をしてきたからね、グラン」
カイル、グラン、ラグンの三人の将軍が自信ありげに頷く。
確かに私達は、ガリオスを倒すことを、この三年間考え続けてきた。今がその時だ。
オットーを見ると、彼は震えていた。しかし恐れているわけではない。両手に戦槌を持ち、その瞳は戦場で戦うガリオスを見据えている。
「よし、行きましょう!」
私はガリオスに向かって進む。その後ろをオットー、カイル、グラン、ラグンの四人の将軍が従う。さらに私の後ろを二人の旗持ちが獅子と鈴蘭の旗を掲げながら続く。ガリオスへと向かう私達に、秘書官のシュピリが慌てて付いて来る。
戦局は混迷を極めていた。今は魔王軍が優勢だが、まだ勝敗は定まっていない。あとは私の策が、上手く行くと信じるほかなかった。