第八十九話 太陽王②
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軍勢を率いて進軍するヒュースを見て、黄金の椅子に座すヒューリオンはため息をついた。
ヒューリオンの目から見て、ヒュースは明らかに王の器ではなかった。剣や弓に優れていることは以前から知っていたが、王に武芸など不要だ。武力は兵士で補えば良い。
王に必要な資質とは、敵の戦略を見抜く目に、策を巡らす頭脳。そして素早い判断力が最低条件として求められる。だがヒュースはこれら全てを持ち得ていなかった。王となる訓練をしていなかったのだから仕方ない。だが今から教育し直すとなると、先が思いやられた。
ヒューリオンはヒュースのことを思考から追い出し、今後の展開を予想した。ヒューリオンは天啓の声に従うだけで、自らは軍事的、政治的判断を下したことはほとんどない。しかし声のおかげで戦争には何度も勝利し、政治的にも成功を収めて来た。必然、戦局や政局を読む力が鍛えられている。
ヒューリオンの予想では、今日の戦いが終われば、ホヴォス連邦とヘイレント王国は戦力を維持出来ず、撤退を主張するだろう。天から囁く声は、両国を非難しつつ、渋々撤退を了承するように命じるはずだ。その後帰国し、ホヴォス連邦とヘイレント王国に賠償金を求め、払えなければ両国に宣戦布告をして、二つの国を併呑する。
フルグスク帝国は非難するだろうが、戦争までは仕掛けてこない。万が一、戦争を仕掛けてきたとしてもグーデリアは出てこない。こちらにヒュースがいる限り。
問題なのがライオネル王国とハメイル王国だった。両国が関係を強めるのはヒューリオンにも予想外だった。これは後で対策が必要となるだろう。
そこまで考えると、ヒューリオンは結末の見えた戦争に飽きてきた。椅子の手すりに右肘をかけ、頬杖をつきながら戦場を眺める。
戦場を眺めるヒューリオンは、ふとあることに気付いた。
それはあり得ぬことであり、ヒューリオンが顔を上げ、驚きのあまり周囲を見回した。
「……声がせぬ」
ヒューリオンは信じられなかった。戴冠式を終えたその時から、眠る時すらずっと聞こえ続けていた天啓の声が、いつの間にか止んでいたのだ。
戸惑いに目を丸くしていたヒューリオンは、口元を綻ばせ、晴れやかに笑った。
これほど爽快な気分はなかった。
「消えた、消えたぞ声が! 静かだ、何も聞こえぬ! いつだ? いつから聞こえなくなっていた? ヒュースに王位を譲ると決めたからか? それならそう言えばいいものを、声め!」
ヒューリオンは興奮して立ち上がり、高らかに笑った。
周囲には親衛隊がいたが、笑うヒューリオンに、彼らは何も言わなかった。
ヒューリオンは、少しでも静かな時間が欲しく、親衛隊には無言を強いていた。その教育は行き届き、ここ何年もの間、彼らの声を聞いたことはない。天からの声が聞こえなくなった以上、親衛隊に無言を強いる必要もないが、今はこの静けさを存分に楽しみたかった。
今日はぐっすり眠ることが出来そうだ。
ヒューリオンが笑いながら、黄金の椅子に腰を下ろそうとした時だった。突如背後から、何千もの雄叫びが轟いた。
声に驚いたヒューリオンは、座りかけた腰を浮かし振り返る。すると背後に広がる西の森から、黒い鎧を着込んだ魔王軍の軍勢が溢れ出てきた。その数はざっと見て一万体。真っ直ぐにヒューリオンのいる本陣に向かって来る。
突如現れた大軍。その先頭には、山のような巨躯の魔族がいた。
巨大な棍棒を片腕で軽々と担ぎ、鉄板のような分厚い胴鎧を着込んでいる。重鈍そうな体をしていながら、その脚は雄牛の如く力強く、後ろの軍勢を置き去りにするほど俊敏だった。
「あれは! あの旗は! あれがガリオスか!」
ヒューリオンは魔王軍が掲げる旗の中に、赤いほうき星を見た。
赤いほうき星を掲げるガリオスの武名は、ヒューリオン王国でも知られている。しかしセメド荒野の戦いで死んだとも言われていた。
「生きていたのか! ええい、森に配置した斥候部隊は何をしておった!」
迫り来る軍勢にヒューリオンは叫んだが、叫んだ時には、その答えに思い至っていた。
ヒューリオン王国をはじめ、連合軍は魔王軍の援軍が送られてくることを警戒していた。そのため魔王軍の拠点、ローバーンへと続く西の森には、敵の接近を知らせる斥候部隊が配置してあった。しかしこの周辺は魔王軍の支配地域だ、敵にとっては庭も同然と言える。
魔王軍は時間をかけて斥候部隊を全て排除し、気付かれることなく接近したのだ。
ヒューリオンは四方に視線を動かし、活路を探した。
西から迫る魔王軍一万体に対し、手元には親衛隊が千人。ヒュース率いるヒューリオン王国の本隊は、すでにヒルド砦攻略のために出撃して距離が離れてしまっている。
多くの戦場を経験しているヒューリオンは、一流の将軍に引けを取らぬ判断力と戦術眼が備わっていた。そして即座に答えを導き出した。その答えは――。
活路無し!
ヒューリオンは自分に生き残る道がなく、完全に詰んでいることを理解した。
迫り来る魔王軍の勢いは速く、何より距離が詰まっている。もはや逃げることは出来ない。防ごうにもガリオス率いる一万体の魔王軍に対し、親衛隊千人では明らかに戦力不足。一撃で殲滅されてしまう。
逃れられぬ死を悟ったヒューリオンは、この状況が全て仕組まれていたことに気付いた。
「ハッ、ハハハッ! そうか、そういうことか! 声め! あれだけお前の言う通りにしてやったというのに、これがその見返りか!」
ヒューリオンは顔を歪めて吐き捨てた。
天から降り注ぐ声、天啓は次の王にヒュースを指名した。新たな王が生まれれば、古い王は用済みである。それ故に声はヒュースに全ての兵士を与えて逃し、ヒューリオンをこの場に残したのだと理解した。
「貴様にとって、余も所詮は道具か……」
ヒューリオンのつぶやきが、戦場にこぼれた。
ガリオス「きちゃった」