第八十八話 太陽王①
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時は少しさかのぼり、ヒルド砦の西、ローバーンへとつながる森の前には、王冠を戴く太陽、ヒューリオン王の所在を示す国王旗が翻っていた。国王旗を中心に、ヒューリオン王国の本陣が築かれている。ヒュースは旗の下で顔を顰め、戦場を眺めていた。
戦場ではヒューリオン王国の兵士達四万人が、ヒルド砦を攻撃していた。
ヒュースは右に首を向けると、王冠を頭に載せ、赤い天鵞絨の長外套を着たヒューリオン王がいる。王は黄金の椅子の手すりに右肘をかけ、頬杖をついていた。その姿は気だるげで、とても戦争の采配を振るう指揮官の態度とは思えなかった。
「第十三歩兵部隊を、西門に突撃させよ」
ヒューリオン王がつまらなそうに、左手を動かして指示する。周囲に侍る親衛隊が静かに頷き、一言も喋らずに下がっていく。しばらくして命令が伝達され、歩兵部隊の一団がヒルド砦の西門に突入していく。
先程から、兵士達は果敢にヒルド砦を攻撃している。しかし攻略の兆しは見えない。また兵を指揮するヒューリオン王にも、その意気込みが見られなかった。
兵士を率いたことのないヒュースには、軍事のことなど分からない。だがヒューリオン王の采配は、戦力を逐次投入して無駄に兵士を死なせているように見えた。
ヒュースは歯噛みしながらヒューリオン王を見たが、父親は息子のことなど気にもかけず、熱のこもらぬ瞳で戦場を眺めている。
「あの、父上?」
ヒュースはたまらず隣にいるヒューリオン王に声をかけた。しかし返事はない。周囲は異様な無言が支配していた。
ヒュースの周囲、ヒューリオン王の下には千人の親衛隊、王の影が守護についていた。大兜をかぶり左手には体を覆うほどの大盾、腰に長剣を佩く彼らは、直立不動の姿勢を崩さず一言の声も漏らさない。
「あの……父上!」
ヒュースがもう一度声をかけると、ヒューリオン王が顔を動かし睨んだ。
「静かにせよ、声が聞こえぬ」
「また声ですか」
ヒュースはうんざりした。ヒューリオン王は自分にしか聞こえぬ天からの声、天啓に従い、全ての命令を下しているという。誰が聞いても、妄想にしか聞こえない話だ。
「まさか親衛隊が喋らないのは、そのせいだったのですか?」
ヒュースは身動きひとつしない親衛隊に目を向けた。ヒュースは彼らが喋ったところを見たことがない。口がないのではないかと疑っていたが、彼らが喋らない真の理由は、ヒューリオン王が妄想の声を聞くために、無言を強いていたのだ。
「それで声とやらは、この戦争を勝てると言っているのですか?」
「さて、どうだろうな。声はあれこれと命じるが、結果は教えぬ。勝てるかどうかは知らん」
「人の命がかかっているのですよ! そんな無責任な!」
「そうだな、ならば準備せよ。声が言ってきた、戦況が動くとな」
ヒューリオン王の言葉にヒュースが驚くと、ヒルド砦の東から、魔王軍の喇叭の音が響き渡る。それからしばらくして、ヒルド砦を挟んだ反対側から、激しい戦闘の音が聞こえてきた。
「砦から出てきたか。魔王軍に何か大掛かりな策があるとすれば、東を任せているホヴォス連邦とヘイレント王国は壊滅するかもな」
ヒューリオン王は頬杖をつきながら、戦況を予想する。
「で、では援軍を」
「馬鹿を申すな。正確な状況も分からぬ上、こんな所から援軍など送れるか」
「しかし、両国の軍勢が壊滅すれば、連合軍を維持出来なくなります」
「それでいいではないか」
ヒューリオン王は明るい声を返した。
「両軍が壊滅すれば、連合軍は解散となるだろう。魔王軍を滅ぼすことは出来ぬが、今回与えた打撃で、魔王軍は今後十年、ガンガルガ要塞より南には侵攻出来ぬ。その間に我らはホヴォス連邦とヘイレント王国を呑み込めばよい。せっかく魔王軍が国々を弱らせてくれたのだ、これを機に地図を整理しておこう」
ヒューリオン王の言葉が、ヒュースには信じられなかった。
「あっ、貴方は、そのためにこの連合軍を結成したのですか!」
ヒュースは信じられなかった。ヒューリオン王国は魔王軍殲滅という名目を掲げ、列強各国に連合軍を呼びかけたのだ。しかしそれは嘘だったということになる。
「ああ、もちろん本来の目的は魔王軍の殲滅だ。奴らは強敵だからな。しかし何事にもついでがある。こちらはそのついでよ。上手く行けばよし、行かなくてもよしだ」
笑うヒューリオン王に、ヒュースは絶句し何も言えないでいると、戦場を見る王の眉間に皺が走った。ヒュースが振り向き視線の先を探ると、ヒルド砦の南にある円形丘陵から、ハメイル王国とライオネル王国が、ホヴォス連邦とヘイレント王国に援軍を送る姿が見えた。
「噂の聖女ロメリアか、判断の早いことだ。これで両国は壊滅せぬな」
つまらなそうに評した後、ヒューリオン王はヒュースを見た。
「で、お前はいつまでそこに居るのだ?」
「え? いつまでとは?」
「先程準備をせよと言ったであろう。ホヴォス連邦とヘイレント王国が弱ってくれることは望ましい。だがそれを狙っていたと、思われるわけにはいかん。我らは魔王軍との戦いの先頭に立ち、誰よりも兵士を出して血を流した。そうでなければいかんのだ。お前に親衛隊を除く全軍を与える。残り七万の軍を率いてヒルド砦に総攻撃をかけよ」
あまりにも簡単に、ヒューリオン王は全軍の指揮権を投げ渡す。
「私に兵の指揮、ですか?」
「そうだ。王になるのだからな、ここらで手柄を立てておかんと、国民も納得せんだろう」
「しかし、私は兵を指揮したことがありません」
「なら覚えるのだな。先程は余の考えが気に入らんと言っていたが、今日のうちにヒルド砦を落としてみよ。さすれば本来の目的が遂げられるぞ?」
「ですが全軍となると、王を守る兵士が……」
「要らぬ。親衛隊がおれば良い。ローバーンへと続く森には、斥候部隊を出しておる。背後から接近される心配はない。何より、声はお前に全軍を与えよと言っておった」
「しかし……」
「遅い! 遅い判断はそれだけで間違いだ! そんなことだから昨日、余を殺す機会を失ったことを忘れたか!」
ヒューリオン王の一喝に、ヒュースは愕然とした。確かに昨日、ヒュースは父に対する殺意を覚えた。ヒューリオン王は、ヒュースの殺意を正確に読み取っていたのだ。
「わっ、分かりました」
ヒュースはただ頷き、ヒューリオン王の指示に従うしかなかった。




