第八十七話 ギャミの秘策②
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魔王軍がヒルド砦から打って出てきたのを見て、私は窮地に立たされていることに気付いた。
「誰か、ホヴォス連邦とヘイレント王国に伝令を!」
私はホヴォス連邦とヘイレント王国に、危険を伝えるべく伝令を送ろうとした。しかしすでに時遅く、魔王軍の策は動き出していた。
「何が分かったのです、ロメリア様!」
「後ろです。ホヴォス連邦とヘイレント王国の後ろ!」
尋ねるシュピリに、私は両国の後方を指差した。一見すると何もないただの荒野だが、そこに突如として背の小さな魔族が現れた。しかもその数は次々と増えていく。
「あれは……魔王軍! どうしてあんなところに!」
シュピリは突然現れた敵兵を見て、目を白黒させる。私は魔王軍が現れた地点を見た。そこには地面に穴が開き、背の小さな小鬼兵とでもいうべき魔族が、続々と這い出てくる。
「坑道戦術です。魔王軍はヒルド砦から穴を掘り、両国の後ろを取ったのです」
私は唸った。ほんの数日しか時間がなかったはずなのに、魔王軍はヒルド砦を強化しただけでなく、ホヴォス連邦とヘイレント王国の後方に坑道を掘り抜いたのだ。
「たった数日で? ってか、ふつう逆では?」
グレンが呆気に取られていた。
本来、穴を掘り敵に接近する坑道戦術は、城や砦を攻撃している側が行うものだ。しかし魔王軍はその逆をやってのけた。ヒルド砦の強化すら、坑道戦術を隠すための陽動と、穴を掘り抜くための時間稼ぎでしかなかったのだ。
穴から出てきた小鬼兵の数は二千体。彼らは陣形を整えると即座に進軍を開始した。向かう先は、背中を見せるホヴォス連邦とヘイレント王国の軍勢だ。
「いけない、あれでは両国が!」
シュピリが悲鳴をあげて、ホヴォス連邦とヘイレント王国の軍勢を見る。
後方を突かれた軍隊は脆い。軍勢の方向転換は容易ではなく、すぐに後ろを振り向けないからだ。そして少数の敵であっても後方から攻撃されれば、兵士達は後ろが気になり前に進めなくなる。そうなれば今度は、正面で戦っている剣竜率いる魔王軍に対抗出来なくなる。
ディモス将軍やガンブ将軍は、魔王軍の出現にいち早く気付いた。しかし兵士達に方向転換をさせている余裕はない。
「グレン、ハンス! 貴方達は騎兵三千人を率いて、両国の援護に当たってください」
私が命じるとグレンとハンスが頷き、すぐに騎兵を率いて出撃する。ハメイル王国も隻眼の騎士ライセルに、五千人の騎兵を与えて両国の援護に向かわせていた。
「カイル、ベンとブライに後退するように言ってください。この戦争は負けました。もはや犠牲に意味はありません」
「え? 負けたんですか?」
ため息をついて命じる私に、シュピリが声を跳ね上げる。
「でも、ロメリア様。確かにホヴォス連邦とヘイレント王国は攻撃を受けていますが、援護の兵士を出したので全滅はしません。ディモス将軍とガンブ将軍も助かると思いますよ?」
「そうでしょうね。ですが今回の被害で、両国の兵力は開戦時と比べて四割以下に落ち込みます。それではたとえ勝って帰ったとしても、祖国の防衛に支障をきたします。今日の戦いが終われば、両国は撤退を主張するでしょう」
私は唸った。連合軍は軍勢を持ち寄ることで、大軍勢を形成している。この連合軍の弱点は、連合しているということだ。一つ一つは小さな集まりに過ぎず、単独では魔王軍と戦えない。そして一国でも戦争続行が不可能となれば、その国は撤退を余儀なくされる。一つでも連合を抜ける国が出れば、連合軍は結束が乱れて軍勢を維持出来なくなる。
魔王軍は連合軍の全てを相手にする必要はない。ただ一国だけを撤退させればいいと、割り切って攻撃を仕掛けてきたのだ。こちらの弱点を突く見事な一手と言えた。
ベンとブライが後退し始めたのを見て、ヒルド砦の南門から、喇叭の音と共に怪腕竜と二万体の魔王軍が出撃してくる。北を見れば、北からも同じく喇叭の音が聞こえてくる。おそらく三本角竜が軍勢を率いて、北門から出撃しているのだろう。
「まさか! 私達の後ろにも敵が!」
正面に現れた魔王軍を見て、シュピリが後ろを見る。しかしさすがにそれはない。いかに魔王軍でも、幾つも坑道を掘っている余裕はなかったはずだ。
「落ち着いてください。あれは威嚇と陽動です。魔王軍も我々に撤退してほしいはずです。こちらから手出ししなければ、襲ってはきません」
私の指摘どおり、出撃してきた魔王軍はヒルド砦の前から動こうとはしなかった。
「ですが油断はしないように。隙を見せれば。何をしてくるか分かりませんよ」
私は注意を促したが、よほどのことでも起きない限り、魔王軍が攻撃を仕掛けてくることはないだろうと予想した。だがそこまで考えた時、私はあえてその『よほどのこと』を、自分で起こしてみるかと考えた。
あえて隙を晒して魔王軍の攻撃を誘発し、泥沼の乱戦に引き込む。そうすればもしかしたら、私の策が発動する状況が整うかもしれない。
一瞬だけ心が動いたが、すぐに諦めた。危険すぎるし、あまりにも運任せだからだ。
敗北が決まった以上、あとは潔く退くほかなかった。