第八十六話 ギャミの秘策①
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円形丘陵に突き立てられた鈴蘭の旗の下で、私は北のヒルド砦を見下ろした。
ヒルド砦ではベンとブライが、歩兵部隊一万人を率いて攻撃を仕掛けていた。その右隣りではハメイル王国の兵士達が、同じくヒルド砦を攻撃している。しかし両国の兵士達は矢を放ち外壁に梯子を掛けているが、破壊した南門からは突撃せず、近寄ることはしない。
「あの……ロメリア様」
後ろからかけられた声に振り向くと、赤い服に眼鏡をかけた秘書官のシュピリがいた。彼女の周囲にはオットーやカイル、グランにラグン、グレンにハンス、ボレルにガットがいる。
「その……開いている南門からは、攻撃しないのですか?」
問うシュピリに、カイル達が視線を向ける。
「あの、その、決して不満とか、批判をしたいわけではないのですが……ただその……半数以上が待機で、将軍が誰一人も攻撃に参加しないというのは……」
多くの視線を浴び、シュピリの言葉はしりすぼみに小さくなっていく。
確かにヒルド砦の攻撃に、私はカイル達四人の将軍を始め、一万人の歩兵と三千人の騎兵は攻撃に加えず、円形丘陵の中腹に待機させていた。
「ヒルド砦の内部は罠だらけです。突入させても、兵士を無駄に失うだけです」
「それは……重々承知しております。ですが、ヒューリオン王国は多くの兵士を送り込んでおります。全く攻めないとなると……非難されるのではないかと……」
「かもしれませんね」
私はシュピリが危惧することを認めた。
援軍を引き連れてきたヒューリオン王は、罠と分かっていても、ヒルド砦の内部に兵士を送り込んでいる。大きな被害を出しているだろうが、それでも屍を踏み越えて進んでいる。
フルグスク帝国やホヴォス連邦、ヘイレント王国はヒューリオン王国に気兼ねして、門に兵士を送り込んでいた。しかし我が国とハメイル王国は、開いた門には一度たりとも攻撃していない。これでは積極性がないと、非難されるかもしれなかった。
「ですがヒルド砦の攻略に、戦略的な意味はありません。何より今の我が国には、兵士を失う余裕がありません」
私は円形丘陵の中腹で、整列するライオネル王国軍を見た。
度重なる戦いにより、最初五万を数えていた兵士の数は、今や二万五千人にまで減ってしまっている。大国に対する付き合いで、兵士を減らしている場合ではない。
「現在、工兵達に新たな攻城兵器を作らせているところです。その完成を待ちましょう」
私は時間をかけて、ヒルド砦を攻略することにしていた。
戦争の長期化は私の本意ではない。だが堅牢な砦に対して、力押しで攻めてもいたずらに兵士を損なうだけだ。それに、私は少し時間が欲しかった。
私はシュピリから視線を外し、その背後、南に聳えるガンガルガ要塞を見た。ガンガルガ要塞はヒルド砦が攻撃されていても、動く様子は見せない。しかしヒルド砦の攻防が気になるのか、多くの魔族が要塞の外壁から砦の戦いの行く末を見守っていた。
私がさらに視線を南へと向けると、レーン川の水面が見えた。川には建設されたばかりの仮設の橋が見える。橋の前にあるライオネル王国の陣地には、連合軍から集められた一万二千人の兵士が、橋を守る名目で待機しているはずだ。
陣地にはロメ隊のゼゼやジニがいる。他にもハメイル王国のゼファーに、ホヴォス連邦のレーリア公女と女戦士のマイス、そしてヘイレント王国のヘレン王女とお付きの騎士であるベインズがいる。彼らが私の最後の策だ。ただし状況が揃わなければ、この策は不発となる。
何とかして状況を整えたかった。そのためには時間がいる。
私がヒルド砦に視線を戻すと、西の外壁では激しい戦闘が行われていた。ヒューリオン王国の兵士が外壁の上に登っていたが、魔王軍に押し返されている。
「西の防御が厚い。ヒューリオン王国の攻撃をよく防いでいる。そう思わないかい、ラグン」
「決め手は、あのずんぐりした魔族だろうね、グラン」
グランが西の壁に視線を送り、ラグンも頷く。
西の外壁の上では、ずんぐりした魔族が大盾を手に突進し、武装した兵士を簡単に弾き飛ばしていく。小さい体なのにすごい力だ。
「あのガリオスの息子か。竜の子供は竜ですね」
カイルも二人に同調する。確かに、黄金騎士団を撃破した魔族は要注意だった。
グーデリア皇女がレーン川を凍結させ、魔王軍に大打撃を与えた時、私はグレンとハンスを率いて魔王軍の指揮官を討ちに行った。あと一歩というところまで追い詰めたのだが、装甲竜に跨がる魔族に阻まれてしまった。
装甲竜に乗る魔族は、人間の言葉で名乗りを上げ、ガリオスの息子、イザークと名乗った。
「グレン、ハンス。貴方達はあの魔族と槍を交えましたね。どうです? 討てますか」
「討てます……と言いたいところですが、ハンスと二人でも難しいですね」
威勢だけならロメ隊随一のグレンが、出来ると言い切らなかった。
「おや、それほどの敵ですか?」
私はグレン達とイザークの戦いを思い返したが、戦いはグレン達の方が優勢に思えた。
「ええ、あれを見てください」
グレンがヒルド砦の西を指差す。指の先では大盾を持つイザークが、同じく盾で武装したヒューリオン王国の重装歩兵と押し合いになっていた。両軍ともに盾を挟んで何人何体もの兵士が押し合っている。魔族の方が筋力に優れるが、ヒューリオン王国の方が数は多い。
ヒューリオン王国が押し勝つと思った瞬間、最後まで残ったイザークが、たった一体で十数人を相手に押し返し始めた。ヒューリオン王国の兵士達は必死に抵抗していたが、魔族としては小柄な部類に入るイザークを止めることが出来ず、壁際にまで追い詰められた。
イザークが咆哮と共に大盾をかち上げると、ヒューリオン王国の兵士達がまるで木の葉のように吹き飛び倒れていく。
「なるほど……あれはすごいですね」
私はその光景に息を呑んだ。下手をすればガリオス級かもしれない。不用意に当たれば、却ってやられかねなかった。とはいえ、件のイザークはヒューリオン王国を相手にしている。私達と戦うことはないかもしれない。
私が考え事をしていると、ヒルド砦の東から喇叭の音が響き渡り、東門から剣竜が地響きを立てて飛び出してきた。その背後には、二万体程の魔王軍が追従している。
「打って出て来た? 魔王軍は馬鹿なのか?」
背後にいるグレンが首を傾げる。確かにこの状況で、砦から打って出るなど馬鹿のすることだろう。ホヴォス連邦とヘイレント王国はヒルド砦を包囲している。砦を包囲するための陣形はそのまま、飛び出してきた魔王軍を包囲する形となっている。打って出てきた魔王軍は、連合軍にしてみれば倒されるために出て来たようなものだ。
魔王軍の攻撃は無意味に見えた。しかしヒルド砦に立て籠もる魔王軍はやり手だ。砦を短時間で強化した手腕は、並みの指揮官では不可能だ。天才的な頭脳を持つ者が、何十年と戦場にいて初めて可能な戦術と言える。これほどの策士が付いていながら、このような無意味な手を打つわけがない。
「……しまった! これは危ない」
私は連合軍が窮地に立たされていることに気付いた。
更新遅れて申し訳ありません
ちょっと風邪をひいて倒れていました
次回更新は二十一日の金曜日を予定しています
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