第八十五話 奮戦のイザーク②
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イザークがサーゴとゴノーの二体と固い契りを交わしたその時、傷だらけの兵士が転がるようにやって来た。
「誰か! 西の外壁の上が大変だ。手の空いている者は来てくれ!」
助けを求める声を聞き、イザークはサーゴ達と顔を見合わせる。
「ゴーレン三百竜長!」
イザークが顔に傷を持つゴーレン三百竜長を見ると、隊長はすぐに頷いた。
「ルド、行儀よくしていろよ。よし、行こう!」
親友に一声かけた後、イザークはサーゴ達と共にヒルド砦の内部を走る。
外壁に取り付けられた階段を登ると、外壁の上に設けられた足場では、敵に入り込まれて乱戦となっていた。
目の前では一体の魔族が、短剣を持つ人間に押し倒されていた。その魔族は武器を失っており、突き刺されまいと必死に抵抗している。
イザークは助けようと戦鎚を振り上げたが、下ろすことが出来なかった。組み付く一体と一人は激しく揉み合い、何度も転がり体を入れ替えている。イザークは戦鎚を振り下ろそうにも、下手をすれば味方を攻撃してしまう。イザークは敵だけを倒す自信がなかった。
「イザーク、どけ!」
ゴノーが剣を突き出し、人間の足を軽く切り裂く。ヒューリオン王国の兵士が、痛みで体を硬直させる。その隙に押し倒されていた魔族が、人間の頭を掴んで首をへし折った。
「助かった、若いの」
兵士は礼を言うと立ち上がり、落ちていた剣を手に取り戦いに戻る。
イザークは他にも剣が落ちていないかと探した。剣ならばゴノーのように突き技が使え、味方を巻き込む可能性が減る。だが剣は落ちていなかった。代わりに身の丈ほどの大盾があった。磨き抜かれた鋼鉄で出来ており、イザークの顔が写るほど光っている。
イザークは大盾を構えると、ヒューリオン王国の兵士と戦うサーゴが見えた。
「サーゴ! どけ!」
大盾を構えたまま、イザークは突進した。声に気付いたサーゴが慌てて後ろに下がる。イザークは盾で体当たりを行うと、敵兵は防ぐことも避けることも出来ず倒れる。
サーゴはイザークの体当たりに驚くも、すぐに倒れた兵士の首を斬った。
イザークは手応えを感じた。戦いが下手な自分にも、盾を使って突撃するだけなら出来る。何よりこれならば、味方を巻き込んで殺してしまう事故が防げた。
「おい、サーゴ、ゴノー。援護してくれ!」
イザークは二体を引き連れ、大盾を構えて突進し、敵を次々に押し倒していった。
もちろん押し倒しただけでは、敵を殺すことは出来ない。しかしとどめは後ろにいるサーゴとゴノーがやってくれる。イザークはただ前へ前へと進めばいい。
雄牛のように突進するイザークの勢いに乗り、他の魔族達も付いて来る。
イザークは進む先に、盾の列があることに気付いた。盾と全身鎧で武装した重装歩兵が一列に並んでいる。その背後には梯子が掛けられ、続々と敵兵が登っていた。あのまま放置すれば、西の外壁が敵の手に落ちる。
イザークは大盾を掲げ、同じく盾を構える人間達に向かって突進した。
盾と盾が激突し、戦場に轟音が鳴り響く。イザークは前に突き進み、敵を押し倒そうとした。だが二人の重装歩兵が盾でイザークの突撃を防ぎ、さらにその後ろを七人の兵士が支えていた。
押し倒すどころか、イザークは逆に押し返されそうになる。だが倒れそうになったイザークの背を押す者がいた。サーゴとゴノーだ。さらに追従してきた五体の魔族が加わる。
イザークは仲間の後押しを受けて、一気に押し返そうとした。だが人間達も背を押す人数がさらに十人増え、必死に抵抗する。
盾を隔てて、魔王軍と連合軍が押し合う。互いに背を押す数はさらに増えていくが、人間達の方が数は多い。イザーク達はじりじりと押されていった。
イザークの背後では、背を押す魔族達が支えきれずに次々と倒れていく。サーゴとゴノーが必死になって押してくれたが、二体の魔族も倒れ、ついにはイザークだけとなってしまった。
もう支えきれない……。
イザークも倒れそうになり、諦めかけたその時、サーゴ達との会話が脳裏をよぎった。
もしここで自分が倒れれば、死ぬのは自分だけでは済まない。サーゴやゴノー、背を押してくれた魔族全員が殺される。そうなれば西の外壁の一部が敵に占拠され、ヒルド砦が陥落する。魔王軍は多くの兵士を失い、次はサーゴやゴノーの弟達が、戦場に駆り出されるかもしれなかった。
人間達はイザークを押し倒そうと、さらに力を籠める。だがここで倒れるわけにはいかなかった。自分のためではない。サーゴやゴノーのため、その弟達のため、顔も知らぬ魔族のため、負けるわけにはいかなかった。
「やらせは……しない!」
イザークは咆哮をあげた。その瞬間、イザークの体から信じられないほどの力が湧き上がった。視界が真っ赤に染まり、全身の筋肉が膨張する。はち切れんばかりの力に、体を覆う鱗が軋み声をあげた。
人間達が全力で押すが、十数人からなる突進を、イザークの矮躯が単体で受け止める。
「おおおおおおおっ!」
声と共に、イザークは両腕で盾を押し返す。イザークに押され、ひと塊となった人間達が揺らぐ。人間達は必死になって押し返そうとするが、イザークはそれ以上の力で押した。
最初は足の指一本分ほどしか前進出来なかった。だがその次は半歩前に進み、さらに一歩敵を押し返す。イザークの歩みは止まらず、人間達はずるずると後退していく。そしてついには外壁の端まで追い詰めた。
イザークは息を吸い込み、壁から落ちまいとする人間達を睨む。
「ここから! 出て行け!」
イザークは声と共に足を踏ん張り、腰に力を入れて大盾を一気にかち上げた。イザークが腕を振り抜くと、人間達が爆発したように吹き飛ばされ、五人ばかりが宙に浮き、壁の下に落ちていく。
魔族の間で歓声が湧きあがる。だが人間達を押し返したイザークは、次の瞬間、体から急速に力が抜けて立っていられなくなった。大盾にしがみ付いて、なんとか倒れることを防ぐ。
「大丈夫か! イザーク!」
すぐ側にいたサーゴとゴノーが、イザークの顔を覗き込む。すると二体は目を見開く。
「イザーク! お前、目が赤いぞ!」
「怪我をしたのか?」
驚く二体の声に、イザークは杖にした大盾を見た。
銀色に光る盾には、ごつごつとした自分の顔が写り込んでいる。その顔を見て、イザーク自身も驚いた。二体に言われた通り、目が赤く輝いている。だが息が整うにつれて、目の充血は引いて元へと戻る。自分の体調の変化は怖かったが、今は戦時だ。医者に診てもらうわけにはいかない。
「大丈夫だ、それより戦況はどうなっている」
イザークは立ち上がりながら周囲を見回した。自分は仲間を守れたのか? 任された持ち場は大丈夫なのか。それだけが心配だった。
「安心しろ、こちらは優勢だ」
サーゴがそう教えてくれた。周りを見れば、確かに西の外壁は、少し持ち直していた。自分は役に立てたのだと息をついた時、砦の東から喇叭が鳴り響いた。魔王軍の突撃の合図だ。
イザークは振り返り東を見ると、東の門から剣竜に跨がる兄のガストンが、二万体の兵士を率いて打って出ていた。
「馬鹿な、この状況で砦から出るなどありえない!」
イザークは拳を握り締めた。周囲を敵に囲まれた状況で、打って出れば包囲されてすぐに殲滅される。今回が初陣のイザークにもそれぐらいのことは分かる。事実、打って出たガストンとその兵士達は、早々に連合軍に包囲された。
「兄上は何を考えているのか! ギャミ様は何故止めなかったのだ!」
イザークは打って出た兄と、参謀であるギャミを批判した。しかしその直後、自らの不明を恥じた。イザークの視線の先には、魔王軍特務参謀の必勝の策が見えた。
「これは! そうか、そういうことか! さすがはギャミ様だ!」
イザークの心は感嘆に満たされた。
イザーク、覚醒の時




