第八十三話 ヒューリオン王③
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
漫画アプリ、マンガドア様で無料で読めるのでお勧めですよ。
ヒューリオン王の告白を聞き、ヒュースは震えた。
「そんな馬鹿な、嘘だ、ありえない」
「信じたくないか? だが事実だ。天啓の声は常に正しく、従えば必ず成功した。そして声が命じたのよ。子供達や弟を殺せ、そしてお前を王にせよと。余はその声に従ったにすぎぬ」
「それでは貴方は王ではない! 声に従う奴隷ではないですか!」
ヒュースは怒りのままに叫んだ。言われた通りにするなど、王のすることではなかった。
「自分で考え、行動しようと思わなかったのですか!」
ヒュースは思わず叫んだ。するとヒューリオン王のたるんだ頬が一変した。顔中にあった皺がさらに深く刻まれたかと思うと、目を見開き、悪魔のような形相が浮かび上がる。
「思わなかったかだと! 思ったに決まっておろうが!」
これまで聞いたことのない、ヒューリオン王の怒りの声が天幕に響いた。
「余とて王位を継いだ時は、良き王になれると信じていた! 降り注ぐ声も幻聴の類いと無視しておったわ! だがな! 声はいつも正しい。声に逆らうということは、間違えるということ! 声に逆らったが原因で戦に負け、国民を飢えさせて無駄に死なせたのだ!」
ヒューリオン王の喉から絞り出された声は、慟哭となっていた。その時ヒュースは王国の歴史を思い出した。太陽王と讃えられるヒューリオン王も、王位を継いだ初期は失敗が多く、戦争に負け、国民は飢えに苦しんだことがあったと。だがそれ以降、ヒューリオン王は政策上の失敗が一切なくなり、国は大きくなっていった。
「しかし……我が子を、弟を、家族を愛する心はないのですか」
「国だけが我が嬰児よ! 余が愛するのは国のみ! それが王の仕事だ!」
ヒューリオン王の激しい言葉が、天幕の中に響いた。
興奮して肩で息をしていたヒューリオン王は、呼吸が整うと一転して目じりを歪めて笑みを浮かべた。底意地の悪い、いやらしい顔だった。
「ところでヒュースよ。グーデリアと言ったか。あの娘のことをどう思っておるのだ?」
「グーデリアは関係ないでしょう!」
「怒るな、何もせぬ。お前達が子供の頃から、通じ合っていることは知っておった」
ヒューリオン王の言葉を、ヒュースは嘘だと思った。確かにグーデリアは一時期ヒューリオン王国に滞在していた。グーデリアに与えられた離宮はヒュースの部屋に近く、グーデリアとよく遊んだ。しかし人目を忍んで遊んだため、二人の関係を知る者はいないはずだ。
「グーデリアにあてがった離宮が、お前の部屋の近くだったのは、偶然だとでも?」
ヒューリオン王の嘲笑交じりの声に、ヒュースは愕然とした。
「まさか……そんな!」
「そうだ。あの時も声が、お前達の部屋を近付けるように言ったのだ。先程、余のことを声に従う奴隷と申したが、お前達は声に操られる人形よ」
ヒューリオン王が笑う。皺を歪めたその笑みは、醜悪そのものであった。
「お前は余の代わりよ。余の後を継ぎ、この王冠を戴けば、今度は声がお前に降り注ぐ」
ヒューリオン王は首を傾げ、黄金と宝石がちりばめられた、王冠を見せつける。
誰もが求めてやまぬ王冠だが、ヒュースの目には禍々しい呪物のように見えた。
「さぁ、余の後を継げ」
ヒューリオン王が右手を伸ばす。その足元にはレガリア将軍が流した血の跡が、深い血の沼の様に広がっていた。
ヒュースは恐ろしくなり、身をよじって後ろに逃げた。
「わっ、私は、王になどなりません!」
ヒュースが悲鳴のような声をあげると、ヒューリオン王は伸ばした手を引っ込めた。しかしその顔には、獲物を逃さぬ肉食獣の笑みがあった。
「好きにせよ。だが声はお前が次の王になると言った。ならばお前は必ず王になる」
たるんだ頬を揺らして、ヒューリオン王が笑う。
ヒュースはそのような呪われた運命を受け入れるぐらいならば、今のこの場で父を殺して自分も果てようと覚悟を決めた。しかしその時、レガリア将軍の亡骸を片付けた親衛隊二人が戻ってきてしまった。屈強な親衛隊二人を前に、暗殺は不可能だ。
「もう下がってよいぞ、ああ、明日にはヒルド砦の攻撃。お前は余の側に居れ、いいな」
付け加えるように、ヒューリオン王が命じる。ヒュースは返事をせず、逃げるように天幕から出た。そして王の影が守護する天幕から離れる。ヒュースは陣地の中を歩いたが、どこにも行く当てはなく、どうすればいいのか分からなかった。
「ヒュース王子、ここでしたか」
声と共に、お付のカトルが息を切らせてやって来る。
「実はさっきから、レガリア将軍の姿が見えないと、兵士達が騒いでいるのです。どこにいるかご存じありませんか?」
カトルの言葉に、ヒュースは歯を噛みしめた。
レガリア将軍は、叔父はもういない。殺されてしまったのだ。さほど親密な仲ではなかったが、それでも叔父だ。それが、あんな殺され方をするなど……。
「おい、カトル。お前、俺に忠誠を誓うと言っていたな。あれは本当か?」
ヒュースはカトルの肩に右手をかけ、力任せに引き寄せた。
「え? それは……もっ、もちろん本気です。貴方に忠誠を誓います」
「よし、なら頼みたいことがある。俺の護衛隊を作ると言っていたな。あれを今すぐ作れ。ただし、王と共にやって来た兵士は混ぜるな。以前から居た者だけで構成しろ。出来るか?」
「え? それは、出来ますが。ロメリア様の策に乗る、ということですか?」
「ああ、そうだ。俺達の手でガンガルガ要塞を落とすぞ」
「分かりました、すぐに動きます」
頷くカトルの肩を、ヒュースは強く叩いた。カトルは勢いよく走って行く。
ヒュースは息を吐き、覚悟を決めた。
王になるつもりなどない。しかしヒューリオン王に対抗するためには、力が必要だった。自分の手足となる戦力がいる。そのうえで……。
ヒュースは振り返り、ヒューリオン王がいる天幕を睨んだ。