第八十二話 ヒューリオン王②
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天幕には黄金の椅子に座るヒューリオン王がいた。黄金の冠を戴き、赤い天鵞絨の長外套を羽織るヒューリオン王の背後には、二人の親衛隊が彫像のように侍っていた。
「おお、よく来たな、二人共。まぁこっちへ来い。近こう寄れ」
天幕に入って来たヒュースとレガリア将軍を見て、ヒューリオン王はたるんだ頬を弾ませ、機嫌よく手招きをした。ヒュース達は言われるままに王の前まで進んだ。
「来る途中でお前達が窮地に陥ったと知らせを聞いたが、元気そうでよかった。レガリア、負傷したと聞いたが、怪我はもういいのか?」
ヒューリオン王は、右手で黄金の椅子の手すりを撫でながら、レガリア将軍を見た。
気さくなヒューリオン王の態度に、ヒュースは驚いた。ヒュースの知る父は、いつも顰め面で、機嫌の良い時など見たことがなかったからだ。いつもと違いすぎる態度に、ヒュースは何か不吉な予感がした。
「兄上、どうしてこのようなことをされたのです」
「ん? まぁそれよりも、お前には礼を言わせてくれ」
問い詰めるレガリア将軍に、ヒューリオン王は座りながら左手を伸ばして、弟の肩に手を置いた。
「れ、礼ですか?」
「ああ、お前はよく余に仕えてくれた。お前は国の宝、余の誇りだ」
突然の賛美にレガリア将軍が驚く。ヒューリオン王は右手を椅子の手すりに置きながら、左手を引いて弟を抱き寄せ、力強く首を掴んだ。
「兄上、そのように私を思っていただけていたとは……」
レガリア将軍の口から、感極まった声が出た瞬間だった。椅子の手すりに置かれた、ヒューリオン王の右手が動いた。手すりの一部が外れて、銀色の刃が姿を現す。ヒューリオン王はためらうことなく、椅子に仕込まれた短剣でレガリア将軍の腹部を突き刺した。
「ぐっ、がっ……なっ、ぜ……」
刺されたレガリア将軍は口から血を吐き、ヒューリオン王から離れようとした。しかしヒューリオン王は首に回した手を放さず、突き刺した短剣をひねり、傷をえぐる。
レガリア将軍が短い悲鳴をあげると、その四肢から力が消えうせる。弟が死んだことを確認したヒューリオン王は、死体を捨てるように横に突き倒した。
全てを目の当たりにしたヒュースは、止めるどころか、声を発することも出来なかった。
今まさに兄が弟を殺したのだ。それも何の理由もなしに。
ヒュースの知る限り、レガリア将軍は忠臣だった。これまであらゆる命令に従ってきた。殺さなければならない理由など、何一つなかったはずだ。
「相変わらず甘い男だ。だから殺す理由がなかったが、もう生かしておく理由もなくなった」
息絶えたレガリア将軍の亡骸に、ヒューリオン王がつまらなそうに言葉をこぼす。
「理由、理由がなくなっただと! 貴方はただそれだけで、自分の弟を殺したのか!」
「まぁ、そう怒るな。おい、片付けろ」
声を荒らげるヒュースを、ヒューリオン王はつまらなそうに見たあと、背後に控える親衛隊二人に命じた。
物言わぬ親衛隊は、荷物でも運ぶようにレガリア将軍の亡骸を担ぐと、外へと運び出していく。
親衛隊が出て行ったのを確認すると、床に残された血の染みを挟んで、椅子に座るヒューリオン王は口を開いた。
「こうして二人きりになるのは初めてだな。いや、お前が生まれた時に抱いたことがあったか?」
ヒューリオン王が過去を追想していたが、覚えてもいない生まれた時の話など、ヒュースにはどうでもいいことだった。
「息子を殺し、弟までも殺し、貴方は何がしたいのです!」
「ここに来た時に言ったであろう、余はお前を次の王にすると。レガリアが王位に野心がないことは分かっておったが、担ぎ上げる奴が居るかもしれんからな。その前に消しておいた」
「何故私なのです、私は王の器ではありません。王になりたいとも言わなかったのに」
「お前を選んだ理由。それはな、『声』がしたからだ」
「声? 誰の声です」
「天からの声だ。余は『天啓』と呼んでおる。その声がお前を王にしろと言ったのだ」
ヒューリオン王の答えを聞いた瞬間、ヒュースは父がおかしくなっているのだと理解した。
老いか、それとも病か。どちらにしても太陽王と称された明晰な頭脳は失われ、幻聴に従う老人となっている。
ヒュースは秘かに拳を固めた。このような男を王座に座らせておけば、災厄を周囲に振り撒くことになる。父を手にかけてでも、王座を妄想に囚われた男から解放すべきだった。
「ふん、余のことを頭がおかしくなっていると思っているな? かもしれん。だがそれは昨日今日のことではない。王国の大聖堂でこの王冠を頭に戴き、王となったその時、天から声が降り注いだ」
ヒューリオン王は首を右に傾げ、頭に載る王冠を右の指先で指した。
「余はこれまで多くのことを成してきた。だが自分で判断したことはほとんどない。全て天啓の声に従ったにすぎぬ。余が成した全ての偉業は、声が命じたことよ」
ヒューリオン王の告白は、ヒュースには到底受け入れられないものだった。
若くして王となり、数々の偉業を成し遂げた第十四代ヒューリオン王は、ヒューリオン王国に住む国民すべての誇りだった。だが王の言葉が事実なら、偉業の源泉は妄想と幻聴ということになってしまう。
受け入れがたい告白に、ヒュースは愕然とした。