第八十話 王の来訪②
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ヒューリオン王国の国王がこの場所にやって来る。その事実に誰もが絶句する中、私は手を叩いた。空気を切り裂く音にその場にいた全員が注目する。
「皆さん、私にも状況は分かりません。ですが、ヒューリオン王が来るというのであれば、我々は出迎える準備をせねばならないでしょう」
私の言葉に、居合わせた将軍や王族達が表情を一変させる。
「そ、そうだな。ヒューリオン王を迎える準備をしなければ」
「だが儀仗兵の装備がないぞ。全て魔王軍に焼かれてしまった」
「我らの正装もありませんぞ、どうすれば……」
ゼブル将軍、ガンブ将軍、ディモス将軍の三将軍が慌てる。
「落ち着かれよ、今は戦時だ。軍装でもよかろう。それよりも各国の旗を掲げ、それぞれ精鋭を選り抜き、百人をここに整列させるのだ」
グーデリア皇女が手早く解決策を提示する。
「ロメリア様、すまぬが一番良い絨毯を提供していただけるか? さすがに敷物の一つもないとなると、格好がつかぬからな」
グーデリア皇女の要請に私は頷き、シュピリ秘書官に命じて持ってこさせる。橋の前に赤い絨毯が敷かれ、各国の旗が掲げられる。将軍達は精鋭百人と共に旗の下に並び、私もロメリア二十騎士と精兵を整列させ、獅子の旗の前に立つ。
私達が準備を完了させた頃には、仮設された橋に、千人の親衛隊が到着した。
漆黒の親衛隊が、馬から降りて徒歩で橋を渡って来る。ヒューリオン王の親衛隊、王の影とも呼ばれる彼らは、一言で言うと不気味だった。
頭部を完全に覆う大兜をかぶり、左手には巨大な大盾、腰には長剣を佩いている。全身余すところなく武装し、肌の露出は一切なく、兜の隙間から白い眼光だけを光らせている。行進する彼らは一切の無駄口を叩かず、その足並みは完全に一致し、巨人の足音となって迫る。
橋を渡り終えた親衛隊は、声の合図すらなく停止して王の車が橋を渡るのを待つ。
身じろぎすらせずに王の到着を待つ彼らは、終始無言だ。もちろん精鋭部隊が無駄口を叩くことなどありえない。だが兜の下から目を光らせる彼らには、無言の重圧があり、側に居る私達が息苦しさを覚えるほどだった。
黄金の装飾が施された巨大な馬車が、橋を渡って来る。仮設された橋では、車幅がぎりぎりだった。しかしガンゼ親方が請け負ってくれたように、橋は頑丈で揺らぐことはない。
黄金の馬車がゆっくりと進み、赤い敷物の前で停止する。
私は固唾を呑み、馬車の扉を注視した。
第十四代ヒューリオン王は、別名太陽王とも呼ばれている人物だ。
その偉業を上げればきりがない。天才的な頭脳と先見性を持ち、戦をすれば連戦連勝。内政に外交にほとんど失策はない。ヒューリオン王が新たな政策を打ち出す度に、ヒューリオン王国はその版図を広げ、国威を高めている。まさに太陽王の名にふさわしい偉業と言えた。
彼の失点を挙げるとするなら、王位を継いだ初期に戦争に負け、内政で失敗して飢餓を生んだことぐらいだ。とはいえ、若い王が失敗するなどよくあることだ。その後の成功を考えれば、この失敗をあげつらうのは、成功者を妬む卑しい心と言えるだろう。
私が王の登場を待っていると、馬車の扉がゆっくりと開いた。
最初に出て来たのは、皺まみれの手だった。古木のように皺のよった手が見えたかと思うと、黄金の冠を戴き、赤い天鵞絨の長外套を身に纏った老人が姿を現す。
白髪にたるんだ頬、手と同じく顔にも皺が走っている。だが鼻の形や翡翠の瞳はヒュース王子によく似ていた。
私はヒューリオン王の顔を見て驚いた。
生気の感じられぬ顔だった。四肢にも力がない。だが何より力がないのは目だ。ヒュース王子と同じ翡翠の瞳は濁り淀んでいた。とても太陽などには見えず、ただの疲れた老人だった。
想像とはまるで違うヒューリオン王に私が衝撃を受けていると、居並ぶ王族や将軍達が王に向かって敬礼をする。私は慌てて右手を胸に当て、ライオネル王国の敬礼を示す。
私達の出迎えを受けながら、ヒューリオン王は敷物の上に足を降ろした。
「ち、父上。お会い出来て嬉しく思います」
「兄上、先触れを頂ければ、お出迎えに上がったものを」
ヒュース王子とレガリア将軍が、ヒューリオン王に歩み寄る。
「よいよい、出迎えなど。各国の皆様方も、楽にしてくれ。ただの爺が見学に来ただけだ」
ヒューリオン王が気楽に言うが、千人の親衛隊に加え、ざっと見た限り四万人の兵士を引き連れている。よほどのことがあったに違いなかった。
「父上、どうしてこのような場所にわざわざ」
「うん、それはな、お前を迎えに来たのだ。未来のヒューリオン王を」
ヒューリオン王はヒュース王子の肩に手を置いた。ヒューリオン王の言葉は、驚きの稲妻となって私達を貫いた。
ヒューリオン王国では、後継ぎはまだ定まってはいない。しかし今、ヒューリオン王の口から、次期国王の指名がなされたのだ。
「なっ、そんな、私に王など無理です。もっと相応しい人が、兄達がいるではありませんか」
ヒュース王子は首を横に振った。ヒューリオン王国には、ヒュース王子の上に長兄のヒシカ王子と次男のヒュム王子がいる。ヒュース王子の王位継承権は彼らに次いで三番目だ。
「ああ、奴らは死んだ」
「え? 父上、それはどういう……」
「というか、処刑した。余に対して謀反を企てた。その罪で処刑した」
ヒューリオン王のあまりに簡単な物言いに、聞いている私達は言葉もない。
「あっ、あっ、兄上! ここでそのような話は!」
レガリア将軍が一度だけ私達を見た後、ヒューリオン王を止めた。ヒューリオン王家の内部事情を、簡単に明かしていいはずがない。
「なに、どうせいずれは知れ渡ることよ。それよりも、これでお前より上の者はいなくなった。ヒューリオンの名を継ぐ十五代目はお前だ」
ヒューリオン王が再度ヒュース王子の肩を叩いた。ヒューリオン王国では、王位と同時に王の名を継ぐ習わしだ。王位を継げば、ヒュース王子は名前すら捨てるのだ。
その時、隙間風のような息を吸う音が聞こえた。息を吸ったのはグーデリア皇女だった。
グーデリア皇女の顔からは、血の気が失せており、今にも倒れそうだった。
レーリア公女とヘレン王女が、助けに駆け寄りたそうにしていた。だが公式の場であり、はばかられる。グーデリア皇女は何とか足に力を入れて、体を支えていた。
私はグーデリア皇女の気持ちが理解出来た。ヒュース王子とグーデリア皇女は、互いを想い合っている。しかしもはや二人の愛が成就することはない。
ほんの少し前までは、ヒュース王子とグーデリア皇女が結婚する可能性は、ごくわずかに存在していた。グーデリア皇女も、そこに一縷の望みを見出していたのだろう。しかし今、その希望は断たれたのだ。
ヒュース王子が王位を継げば、他国に婿に行くという選択肢はなくなる。一方でグーデリア皇女は、フルグスク帝国の次期皇帝と目されている。帝位を継げば、やはり他国に嫁ぐという選択肢はない。
私は目を瞑り、生まれることすらなかった二人の愛に、黙禱を捧げた。