第七十六話 戦場のお茶会④
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打ちひしがれたゼファーを前にして、剣を納めたゼブル将軍は一息吐くと踵を返した。そしてこちらに向かって歩いて来る。私達の前まで来ると、ゼブル将軍は軽く頭を下げた。一礼するその顔は、凪いだ水面のように落ち着いている。
私は礼を返した後、どうするか思案した。私達はゼファーを呼びに来たが、彼は蹲り動けない。ゼファーも負けたところを、女の私達に見られたくはないだろう。少し時間をおくべきだと思ったが、隣にいたレーリア公女がゼファーの下に駆け寄ってしまった。
「ゼファー、大丈夫?」
息を切らせて駆け寄ったレーリア公女が、血に染まったゼファーの袖を見て青ざめる。そしてゼファーにハンカチを差し出す。
「これは、みっともないところを見られました」
私達を見上げるゼファーの目は屈辱に歪んでいた。
ゼファーは差し出されたハンカチを受け取らず俯く。ヘレン王女が歩み寄り傷口に右手をかざした。すると白い光が手からあふれ出す。傷を治す癒しの技だ。傷は浅く、すぐに塞がった。だがゼファーは立ち上がることが出来なかった。
私はなんと言っていいか分からなかった。駆け寄ったレーリア公女も言葉に迷う。敗北したばかりの男性に、かける言葉はなかなかない。
「父上はいつもこうなのです。私を叱ってばかりで、優しい言葉などかけてもらったことがありません。どうして父上は私に厳しく当たるのでしょう?」
ゼファーの弱音を聞き、私はため息をこらえた。
どう言ってあげればいいのか迷っていると、硬い声が響いた。
「ゼファー。貴方、それ本気で言っているの?」
声に驚き顔を上げたゼファーを、レーリア公女が冷たい目で見下ろしていた。レーリア公女は先程まであれほどゼファーを心配していたのに、今や顔は怒りで震え、視線には侮蔑が込められていた。
「なら言わせてもらいますけれど、私はお父様やお母様に、叱られたことがありません。ですがそれは、私を愛していたからではありません。私に何も期待していなかったからです」
レーリア公女の告白は、胸が痛くなるものだった。
期待されていないということは、叱られるよりも辛いことだ。
「そして今、お父様は私が戦地で死ぬことを期待しています。これまで叱らなかった代わりに、死んで役に立てと言っているのです!」
レーリア公女の悲痛な告白に、ゼファーは閉口し言葉もなかった。
「何故ゼブル将軍が貴方に厳しく当たるのか、本当に分からないのですか?」
涙をこらえるレーリア公女の言葉に、ゼファーはまた俯いた。
私は静かに息を吐き、頭を垂れるゼファーを見た。
ゼブル将軍に敗北したゼファーだが、彼の腕前がゼブル将軍に劣っていたわけではない。先程の兵士との訓練を見ても分かるが、ゼファーは相手の攻撃を見切る冷静さと、勢いよく攻撃に転じる大胆さがある。だが彼はその実力に反して、実戦では決定的な働きをしてはいない。五日前に、魔王軍の兵士と戦う彼の姿を見たが、訓練の時に見せるような大胆さがなかった。
手堅いといえば聞こえはいいが、実戦となると萎縮して実力を発揮出来ないだけだ。ゼブル将軍が厳しく当たるのは、ゼファーの弱さを鍛えるためであった。
「貴方を打ち据えていた時、ゼブル将軍は顔で怒りながらも、心の中では貴方を常に励ましていたのですよ? その声が聞こえなかったのですか?」
レーリア公女の言葉を聞き、私は目を閉じた。過去を思い出せば、ゼブル将軍はことのほかゼファーに厳しく当たっていた。しかしその心の内には、常に息子を想う親心があった。
いつかは誰かが言わなければならないことだった。ゼブル将軍は私かヒュース王子が、指摘することを期待していた。だがレーリア公女が言うとは思わなかった。
蹲ったままのゼファーに、レーリア公女はハンカチを投げるように渡した。
「そうそう、もうすぐお茶会があるので、準備してください。別にそのまま来てくださっても構いませんけれど、せめて泥ぐらいは落としてから来てくださいね」
レーリア公女は冷たい声をかけた後、優雅に振り返り私を見た。
「それでは戻りましょうか、ロメリア様、ヘレン様」
レーリア公女が踵を返す。ヘレン王女が慌てて付いて行き、私も続くしかなかった。歩きながら一度だけ振り返ると、ゼファーはまだその場から動けずにいた。
ロメリア内緒話
ロメリア「親心って伝わらないものみたいですね
アル「そーですね、私の知り会いも、娘さんとの関係がうまくいってない感じです」
ロメリア「誰かは知りませんが。私でよければ相談に乗ると言っておいてあげてください」
アル「……」




