第七十五話 戦場のお茶会③
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私達がゼファーの下に向かおうとすると、そこに雷のような声が響き渡った。
「今のはなんだ! ゼファー!」
驚いた私達が同時に首を向けると、そこにいたのはゼブル将軍だった。将軍は肩を怒らせ、ゼファーに歩み寄る。
「父上、これはその、私は訓練を……」
「そんなことは見れば分かる。さっきの気の抜けた訓練はなんだと言っているのだ!」
「ですが父上、私は勝ちました」
「勝ったらなんだと言うのだ! お前は気分良く戦っていたかもしれんが、真剣さが感じられん! あんな戦い方、実戦では通用せぬぞ!」
雷を落とすゼブル将軍に対し、ゼファーはぐっと唇を噛みしめた。
「そんなことはありません! 私はもう何度も実戦を経験しました!」
言い返すゼファーに、ゼブル将軍は眉間に皺を寄せる。
「ほぉ、通用すると申すか。ならその腕前、見せてもらおう!」
ゼブル将軍は、視線を一度私達に向けた。私はゼブル将軍の視線に気付き頷き返す。ゼブル将軍は私の隣にいるヘレン王女にも視線を送った後、腰に佩いた剣に手を掛けた。
「父上、これは訓練です。木剣を!」
真剣に手を掛けたゼブル将軍に、ゼファーは手に持つ木剣を渡そうとした。だがゼブル将軍は受け取らず、銀に輝く剣を抜き放つ。
「お前の剣は実戦でも通用するのであろう。ならば真剣でも問題あるまい。お前も抜け!」
ゼブル将軍は、抜いた剣をゼファーに突きつける。だが抜けと言われても、訓練中だったゼファーは剣を帯びていない。
迷うゼファーは一瞬だけ視線を背後に向ける。後ろには何本もの剣が並べられていた。
「どうした、剣を取れ!」
ゼブル将軍が武器を取るように促す。だが剣を手に取れば、父親と真剣で戦わねばならない。ゼファーは首を横に振り拒否した。
「ええい、ならばこちらから行かせてもらうぞ!」
業を煮やしたゼブル将軍が、剣を振り下ろす。ゼファーは訓練用の木剣で受けるも、木製の剣はたやすく両断されてしまう。
「ロメリア様! ゼブル将軍は正気なのですか?」
レーリア公女の顔は蒼白となっていた。隣のヘレン王女も震えて動けないでいる。
ゼブル将軍は激しく切り掛かる。父の攻撃を避けるため、ゼファーは後ろに下がる。そして剣が置かれた場所に追い詰められた。ゼブル将軍は剣を掲げ、容赦なく振り下ろした。ゼファーはとっさに背後の剣に手を伸ばし、鞘に包まれた剣で父の刃を防いだ。
ゼファーが攻撃を防いだのを見て、ゼブル将軍は剣を払う。反動でゼファーが握る剣から鞘が飛んでいき、銀色の刃が陽光に照らされる。
思わず真剣を手にしたことに、ゼファーは戦慄する。だが剣を手放すことは出来ない。
「と、止めましょう、ロメリア様。止めないと!」
「いえ、ここは様子を見ましょう」
レーリア公女が前に出ようとしたが、私は手で制した。
「何故です! 止めないと怪我をします!」
「それでもやらせるべきです」
私は対峙するゼブル将軍とゼファーを見た。
ゼブル将軍が何をしようとしているのか、私は見当がついていた。それにゼブル将軍は、激しているように見えて冷静だ。剣を抜く前に、私を見て止めないように念押しをしていた。また癒しの技を使える、ヘレン王女がこの場にいることを確認している。よほどの大怪我でもない限り、死ぬことはないと考えているのだ。
「父上、やめてください!」
「黙れ! 問答無用!」
蒼白となるゼファーに、ゼブル将軍が剣を振るう。ゼファーは攻撃を回避し、防ごうとする。だがその身のこなしは重く、足はもたつき、防御は決定的に遅い。
「ゼファー! どうしたの! しっかり!」
レーリア公女が声援を送る。だがゼファーは周囲の声も耳に入っていない。
「どうした! 逃げてばかりでは、敵は倒せんぞ!」
ゼブル将軍の挑発に、ゼファーは奥歯を噛みしめ突きを放つ。だが踏み込みが浅い。
「何をしている! 間合いが遠いぞ!」
息子の緩い攻撃に、ゼブル将軍が一喝と共に一撃を振り下ろす。ゼファーは剣を横にして一撃を防いだが、剣ごと断ち切るような斬撃に姿勢を乱す。
「しっかりと腰を入れて防がぬか!」
怒鳴りながら、ゼブル将軍が前蹴りを放つ。ゼファーは蹴りを食らい後ろに倒れた。
ゼファーは口の端から血を流しながら起き上がる。そして剣を構え反撃をしたが、やはり踏み込みが浅く、太刀筋は精彩を欠く。
「ゼファーどうしたの! さっきの動きを思い出して!」
レーリア公女が拳を握りしめる。一方私は小さく唸った。
「ええい! 緩いわ!」
息子の甘さにゼブル将軍が苛立ちながら、剣を横薙ぎに振るう。その刃はゼファーの左腕を掠め、袖が切り裂かれ鮮血が舞う。
見ていられないとレーリア公女が止めようとするが、私は手で制した。
「ロメリア様! でも、あれはやりすぎです!」
「かもしれません。ですがゼブル将軍も覚悟があってされているのです」
私が諭すと、レーリア公女は揺れる瞳をゼファーに向け、手を胸の前で祈るように握った。
「ち、父上……も、もう……」
左袖を血で赤く染めるゼファーが、苦悶の表情でゼブル将軍を見つめる。対する将軍は目を見開き、歯を食いしばって息子を睨みつける。
「どうした! その程度のかすり傷で、もう終わりか!」
動けなくなった息子を見て、ゼブル将軍は肩で息をしながら叱咤する。
「お前の剣など、実戦では到底通用せぬ! 精進せよ!」
怒りの形相で告げると、ゼブル将軍は剣を鞘に納めた。