第七十二話 アルの苦悩⑤
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謁見の間を辞したアルビオンは、城を出て貴族の邸宅が並ぶ区画へと馬を向けた。
アルビオンは馬に揺られながら、アラタ王に言われたことを反芻した。
ロメリアではなくアラタ王の陣営に入れということだが、そう悪い話ではなかった。
適当に従っておけば、焔騎士団を派遣してもらえるのだ。自分とレイヴァンは同行出来ないが、焔騎士団は精鋭中の精鋭だ。彼らがガンガルガ要塞に赴けば、ロメリアの手足となり十二分に働いてくれるだろう。自分一人が行くよりはずっと頼りになるし役に立てる。
それに他のロメリア二十騎士であるセイ、タース、メリル、シュロー、レットの帯同は許可されるはず。彼らのロメリアに対する忠誠心は、自分にも引けを取らない。
悪い話ではないと、アルビオンは自分に言い聞かせた。
問題は、レイヴァンをどうやって説得するかだ。
普段は気もよく、頭も回り冷静な男だ。だがロメリアのこととなると、将軍としての地位や責任のすべてを投げ捨て、ロメリアただ一人を優先してしまう。アラタ王の言葉に、素直に従うとは思えなかった。
馬に揺られていると、広い庭を備えた屋敷が見えてくる。白い外壁に青い屋根、手入れが行き届いた庭には、噴水まで備え付けられている。レイヴァンの屋敷だった。
将軍職に就いた時に、アラタ王から贈られたものだった。同規模の屋敷をアルビオンも貰っている。屋敷の入り口に向かうと、門の両脇には槍を持つ兵士が門番として立っていた。アルビオンが馬を寄せると、門番も気付き駆け寄って来る。
「レイはいるか?」
アルビオンは顔なじみの門番に尋ねた。
貴族や将軍の邸宅を訪ねる場合は、先触れを送るのが常識だ。しかしアルビオンとレイヴァンは古い付き合いであり、急な来訪はいつものことだった。
「あっ、アルビオン将軍。レイヴァン様はお戻りです。ですが……その……」
門番は気まずそうに視線を逸らした。
「どうした、何かあったのか?」
「アルビオン将軍。レイヴァン様を止めてください」
門番の懇願に、アルビオンは何があったのかを即座に理解した。
「レイの所に案内しろ」
アルビオンは馬から降り、門番に案内されて屋敷の中に入った。
案内された先は、敷地の片隅にある倉庫だった。
「レイ、居るか」
アルビオンが倉庫の中に入ると、中には幾つもの棚や箱が置かれていた。棚には兜や鎧が並べられ、何本もの剣や槍、弓に矢が揃っていた。武具の間にレイヴァンの姿があった。武装しており、大空の如き蒼い鎧を身に纏い、背には白い翼のようなマントを翻している。
「ああ、アルか。悪い、これ持ってくれ」
レイヴァンが手に持つ大量の矢筒を差し出したが、アルビオンは受け取らなかった。
「お前、何をしている?」
「何って、ロメリア様を助けに行く。その準備だ」
レイの短い言葉に、アルビオンはため息をついた。
「アラタ王から許可は得ていないぞ」
「許可はいらない。勝手に行く」
レイヴァンの頑として譲らない言葉に、アルビオンは苛立った。
「あのなぁ、俺達は将軍だぞ、そんな勝手が許されるわけがないだろう」
「なら将軍を辞める。領地や貴族の地位も返上して、ただのレイに戻る。それならいいだろ」
「いいわけあるか! お前が任されている『蒼穹騎士団』は、他とはわけが違うんだ。それに、そんなことをしたら、ロメリア様の立場が悪くなるだろうが!」
アルビオンが怒鳴ると、レイヴァンが蔑みの目でアルビオンを見た。
「アル、君はどうしたんだ? ロメリア様の幸せを邪魔する者は皆殺しにして、障害は全て取り除く。そう言ったのは君だろ?」
レイヴァンの言葉に、アルビオンは顔を顰めた。確かに以前そう言ったことを覚えている。
アルビオンが言い返せずに視線を逸らすと、レイヴァンが軽蔑の籠った視線を向けた。
「まぁいい、君が残りたければ残れ、君がいなくても、ロメリア様は守って見せる」
レイヴァンはそれだけ言うと、アルビオンの横を通り過ぎようとした。レイヴァンの態度に、アルビオンは怒りが湧き上がった。
「おい、待ちやがれ」
アルビオンは出て行こうとするレイヴァンの肩を掴むと、その顔を拳で殴りつけた。
レイヴァンは棚に倒れこみ、鎧や兜が落ちる。だがレイヴァンはすぐに起き上がり、アルビオンに嘲笑を向けた。
「そんな拳じゃ、ロメリア様は守れないね。やっぱりここで留守番していた方がいい」
笑うレイヴァンに、アルビオンはさらに拳をお見舞いした。
「好き勝手! ぬかしやがって! 俺らには! 責任が! あるだろうが!」
アルビオンは、叫びながら拳を振るった。
殴りながら思い出されるのは、アラタ王や王太子アーカイトの顔だった。
「どいつもこいつも! どいつもこいつも!」
怒りに任せて、アルビオンは殴り続けた。
アルビオンも出来ることなら、今すぐロメリアを助けに行きたかった。だがアラタ王はアルビオンの気持ちを知りながら、愛しているなら身を引けと言ってきたのだ。
ロメリアを助けに行けば、反逆罪で処刑されるかもしれない。グラハム伯爵との約束もある。ロメリアを助けるためなら、アルビオンは何だってするつもりだった。
「俺だってなぁ! 俺だってなぁ!」
「うるさい!」
打たれるままとなっていたレイヴァンが、拳を振りかぶり反撃に出る。レイヴァンの拳が腹に突き刺さり、アルビオンの息が一瞬途絶する。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」
レイヴァンの燃える双眸が、アルビオンを見下ろす。
「てめぇ」
レイヴァンを見上げたアルビオンが、再度殴り掛かる。レイヴァンも反撃し、互いの拳が顔に突き刺さった。
二人の争いに倉庫では棚が倒れ、木箱が粉砕された。兜が投げられ、盾で殴りかかり、槍がへし折られる。あまりの激しさで、倉庫が揺れて崩れそうになるほどだった。
二人の争いは長く続き、もう壊す物が何もなくなった頃、ようやくレイヴァンが倒れた。
レイヴァンの隣で、アルビオンが腰を下ろす。顔中血だらけ、体中怪我だらけという有り様だった。アルビオンは荒い息をつきながら、肩を落とした。隣には盟友ともいえるレイヴァンが、同じく顔を腫らして倒れている。
レイヴァンの顔を見て、アルビオンは顔を顰めて目を瞑った。
脳裏には、主と定めたロメリアの顔が思い出された。
「くそっ!」
アルビオンの声が倉庫に響いた。