第七十話 アルの苦悩③
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侍従に案内されてアルビオンが謁見の間に入ると、三人の男性が部屋で待っていた。
正面、金の装飾が施された玉座に座るのは、白髪に王冠を戴くアラタ王だった。顔には無数の皺が刻まれていたが、目には力があった。アラタ王の右隣には燃えるような金髪の青年が立っている。アラタ王の息子であり、王太子のアーカイトだ。アラタ王の左隣には、髭の立派な男が、鎧を着て槍を持ち立っていた。王を護衛する親衛隊の隊長セルゲイだ。
「お目通りに感謝します、アラタ王」
アルビオンはアラタ王の前で膝を折り、臣下の礼を取った。
以前のアルビオンは、ロメリアの兵士であり、ロメリアを主君として仰いでいた。しかし騎士となり貴族となり、将軍の職を得た以上、ロメリアの兵士ではいられなくなった。今ではアラタ王を主君と仰ぎ、忠誠を誓わなければいけなかった。
「うむ、よく来たな。アルビオン将軍。ガンガルガ要塞からの急報は聞いておるな」
「はい、連合軍の旗色、あまりよろしくないようで」
「うむ、ヒューリオン王国も情けない。太陽騎士団が壊滅し、団長であるギルデバランも討たれたという話だ。しかしその中でロメリア殿は気を吐いておる。喜ばしいことだ」
アラタ王は笑って頷いた。
連合軍の窮地を、アラタ王は好機と捉えているようだった。確かに連合軍が結成された時、ライオネル王国は一段低く見られていた。ロメリアの奮戦により、各国に一目置かれるようになったことは喜ばしいことだ。
「しかしアラタ王。全てはこの戦争に勝利した後での話です」
アルビオンは国際的な力関係ではなく、ガンガルガ要塞で行われている戦争に話を戻した。
「戦争に勝てねば意味はありません。連合軍は食料や物資を求めているようですが、さらに兵力を派遣し、我が国の存在感を決定付けるべきかと」
「なるほどな。現在動かせるまとまった兵力といえば、そちが鍛えた焔騎士団か」
「なりません! 父上!」
アルビオンとアラタ王の会話に割って入ったのは、話を聞いていたアーカイトだった。
「焔騎士団は、我が国の精鋭を集めた選りすぐりの騎士団です。ガンガルガ要塞攻略のための遠征軍に加え、焔騎士団まで与えれば、ロメリア殿に叛意があった場合どうされます」
語気を荒らげるアーカイトの言葉は、聞き捨てならなかった。
「なんと! ロメリア様の忠誠をお疑いになりますか!」
「ああ、疑う!」
アルビオンの言葉にも、アーカイトは一歩も譲らず言い切った。
「ロメリア殿はガンガルガ要塞攻略において、我らの忠告を聞かず、好き勝手に振る舞っている。あれではライオネル王国の軍ではなく、ロメリア殿の私兵ではないか!」
「それは、戦術上必要だったからです。実際それで成果を上げております」
怒鳴るアーカイトに、アルビオンは負けまいと言い返した。
確かにロメリアはガンガルガ要塞攻略当初、積極的な攻撃をしなかった。王宮ではロメリアにやる気がないと批判が噴出していた。しかし、全ては水攻めにするために必要な戦術だった。実際成果を上げてからは、手の平を返し、誰もがロメリアの戦術を讃えていた。
「それだけではありません! ロメリア殿は勝手にハメイル王国と同盟を結び、戦後に得られる予定のリント地方を渡す約束までしてしまった。これは明らかな越権行為です!」
アーカイトの声が謁見の間に響く。これにはアルビオンも反論出来なかった。
ロメリアはガンガルガ要塞を水攻めにした際に、連合軍に功績が認められて特級戦功を与えられた。そして戦争に勝利すれば、ガンガルガ要塞の北に広がるディナビア半島のうち、肥沃な黒土が広がるリント地方を貰う約束を取りつけた。
手柄を立てたのは良いことと言えるが、ロメリアは遠征先でハメイル王国のゼブル将軍と独自に交渉し、軍事同盟を結んでしまった。しかも同盟の見返りに、得られる予定であったリント地方を、ハメイル王国に与える約束までしてしまったのだ。
これは越権行為であると、王宮内でも批判が噴出していた。
何とかロメリアをとりなそうと、アルビオンが顔に汗を流した。すると謁見の間に、アラタ王の気の抜けた声が響いた。
「あーっと、アーカイトや。確かにロメリア殿の行為は、越権であるかもしれぬ。だが私はそのことを問題にするつもりはないぞ」
「父上、何故です! 何故このような勝手を許されるのです!」
アーカイトは当惑して父親を見る。アルビオンもアラタ王の真意が分からなかった。
「何故って、後のことを考えれば、ハメイル王国との同盟は理に適っておるからな」
「理に適う?」
「そうだ。この戦が、いや、魔王軍を一掃した時のことを考えてみよ。勝ったとしても、どの国も国土は疲弊し、国庫は火の車だろう。そしてその手元には、魔王軍を撃退した強力無比な軍隊が残っているのだ。魔王軍の脅威がなくなれば、大陸の覇権を掴もうと、ヒューリオンやフルグスクといった大国が動き出すことだろう」
「なっ、そのようなことが!」
驚くアーカイトに、アラタ王があやすように笑う。
「当然であろう。さて、覇権国家たらんとする国が、最初に呑み込む国はどんな国であろうかなぁ? 予想するに、内乱で国力が疲弊し、王の立場が弱い国ではなかろうか?」
アラタ王の予想を聞き、隣のアーカイトは顔に冷や汗を流す。大国は虎視眈々と、ライオネル王国を狙っているのだ。
「大国の動きに対抗するには、他の国々は連帯するしかない。ハメイル王国とは隣国だ。同盟していれば大国もやすやすと手出しは出来まい。後々を見据えた、ロメリア殿の良い一手と言えるだろう」
アラタ王がロメリアを褒めたが、膝を折るアルビオンの背筋も震えた。各国の王や指導者は、そこまで見据えているのだ。いや、そもそもこの連合軍自体が、各国の戦力や国力を計るためのものかもしれないのだ。