第三十三話 ダカン平原での決戦②
怪鳥の鳴き声のような、不快な声が響く。
耳障りな声だったが、この声には聞き覚えがあった。
「ギッギッギッ、これはこれは、このような雛が将の名を連ねようとは、あの世にいる魔王様もお嘆きになるでしょうな」
天幕の入り口が開かれ、白い布を身にまとった一人の魔族が入ってきた。片手に杖を突き、足を引きずり入ってくるその姿は、異様の一言に尽きた。
右手は異様に大きいくせに、左手は枯れ枝のように細く短い。背が異様に盛り上がり、片足も動いていないのは歩き方からしてわかる。その顔はつるつると子供のように凹凸がなく、しかし そこから発せられる声は、千の年を経た老人のように枯れている。
奇形である。
その姿を見て、居並ぶ将校はみな顔をしかめた。
魔族において奇形はただの恥でしかない。出来損ないの不良品。それを生んだ親もまた同じ扱いを受ける。
生まれた瞬間に忌み子として処分するのが習わしだが、親が殺せないことがたまにあるのだ。
「ギャミか。久しいな特務参謀殿」
奇形の魔族をガレは知っていた。古い仲と言っていい。
ガレは魔王軍の中でも古株の将だった。まだ魔王様が一地方の弱小勢力であったころ、同じく地方軍閥の一つであったガレは戦いを挑み、その強大な力の前に敗北した。圧倒的な力の前に頭を垂れて軍門に下り、それからは共に戦場をかけた。
ある時、戦場からの帰還の折、領地の子供たちが一人の子供をいじめているのを魔王様が見つけた。その時いじめられていた子供がギャミだ。
普通ならば見捨てるか、あるいは見苦しいと斬ってしまってもよかったのだが、魔王様は何が気に入られたのか、ギャミを連れて帰った。
魔王様の気まぐれ、珍獣を飼うようなものだと気にもしなかったが、ある時軍議の折、難題に直面し会議は紛糾した。
その時、何を思ったのかこやつが口をはさんだ。
無礼者と斬ってしまえばよかったが、魔王様はギャミの言葉を面白がり、採用され、成果を出した。
それからというもの、ギャミは魔王様に気に入られ、いくつかの仕事を任されることとなった。
初めのころは、必死に芸を覚える犬のようなものだと笑っていた同輩も、成功を重ね、ついには部下を持つようになってからは、笑っていられなくなった。
出来損ないに後塵を拝するなど我慢ならないと、暗殺を試みる者はいたが、ギャミは死ななかった。するりと死の罠を潜り抜け、逆に暗殺を企んだものは過去の汚職や不正が発覚して失脚し、時には不審な死を遂げた。
その間もギャミは手柄を立て続けた。特に魔王軍の分水嶺となる大きな戦では、常に決定的な働きをして、勝利を確固たるものとした。
その功績は将軍を超え、本土で国をもらっていてもおかしくないほどの成果だった。しかしそれほどの功を立てながらも、ギャミの現在の階級は千竜長。文字通り千人を指揮する指揮官程度でしかない。これはこの天幕の中では、軍議に参加する将校、その副官辺りの地位だ。
しかも参謀であるため、実質指揮下にある人数は二十人に満たない。形だけの位と言ってよかった。
大きな手柄を立てているにもかかわらず、ギャミの地位が低いのは、ガレを含めた家臣全員が出世を阻んだからだ。
だがギャミは出世の道を断たれても気にもせず、嬉々として新たな作戦を立案している。
現在はローバーン付きの参謀となっていたはずだが、一体こんな前線にまで、何をしに来たのか。
「ガレ様。お久しゅうございます。しかしガレ様麾下の第二方面軍も質が落ちましたな、かような雛を軍議に列席されるとは」
先ほどの発言をした若い将校を見る。
「なんだと」
奇形の出来損ないに侮辱され、将校が立ち上がり剣に手をかける。だがそんな将校に、ギャミは杖を突きつけて笑う。
「故郷に帰りたいと? 帰れるわけなかろうて、魔王様亡き今、本国では血で血を洗う後釜狙いの争奪戦が巻き起こっておるわ。少しでも良い席に座ろうと、だれもかれもが血眼よ。母親ですら、われらのことを忘れておるだろうよ」
ギャミの言葉に何人かがうつむく。
本国が魔導船を送ってこないのは、われらの帰還を望んでいないからだ。
この地で方面軍の将たちが軍閥化しているように、本国でも同じ、いや、より熾烈な跡目争いが起きている事だろう。まとまった戦力を保持する我々が帰還すれば、その混乱に新たな油が注がれるようなもの。そんなことは誰も望まないだろう。
つまり、帰りの船は絶対に来ない。もしそれでも帰るというのなら、こちらで魔導船を作って海を渡るほかないが、あれは本国の設備がなければ作ることはできないだろう。
「そんなこともわからず、軍議の席で帰りたいなどと喚く雛を笑って何が悪い。今すぐ鎧兜を返して、幼年学校からやり直せ」
「貴様、言わせておけば」
愚弄の言葉に耐え切れず、若いのが刃を抜いた。
歩くこともままならないギャミに、対抗するすべなどない。しかし剣が振るわれるよりも早く、天幕の入り口から巨大な腕が伸び、振り下ろされた刃をつかみ取った。