第六十五話 ガリオスの問い①
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ヒルド砦が連合軍の激しい攻撃を受けている頃、ガンガルガ要塞の西に位置するローバーンで一冊の本が閉じられた。
石造りの館で本を閉じたのは、山のように巨大な魔族だった。魔王の弟ガリオスである。
床に座り込むガリオスは、閉じた本を傍らに置いて周囲を見回した。周りには本が山のように積み上げられ、壁には幾つもの棚が並び、何百冊と本が詰まっていた。ここはガリオスの書斎だが、すでに図書館といってもいいほどの蔵書量を備えていた。
ガリオスは次の本を探したが、全て読んだことのある本だった。
「もうないのか……」
ガリオスの呟きが書斎に落ちた。
ローバーンにある全ての本を集めろと、ガリオスは命じておいた。しかし二年で集められた本を読み尽くしてしまった。
「う~ん。まぁ面白かったけれど、それだけだな」
ガリオスはゴロンとその場で横になった。
本などこれまで読んだことはなかったが、読んでみると面白い発見があった。宗教の成り立ちや法律の仕組み、建築学に医学なんかも面白かった。特に興味を惹かれたのが歴史と考古学だ。魔族がどのようにして生まれ、発展してきたかを知るのは面白かった。だがそれだけだった。面白いが、戦いより心沸き立つことはなかった。
「やっぱり俺には戦いしかないか……」
天井を見上げながらガリオスは呟いた。自分にとっては、やはり戦いだけが生き甲斐なのだと確認出来た。それが分かっただけでも、本を読んだ価値はあったと思う。
「でも、何かが足りねぇんだよなぁ~」
嘆息と共に吐き出された言葉は、巨躯を誇るガリオスには似合わぬ弱々しさがあった。
ガリオスにとって、戦いとは自分の全てだった。戦えば戦うほど強くなれたし、勝つと楽しかった。もちろん負ければ悔しく、死ぬかもしれない。だがだからこそ勝利に価値があった。
ガリオスは自分がどこまで高みに昇れるのか試すため、幾多の戦場を渡り歩き、無数の敵を倒してきた。
多くの魔族がガリオスは最強だ、最高の戦士だと言う。だがガリオスは心の片隅で、自分には何かが決定的に足りないと感じていた。
思い出されるのは、初めての敗北だ。
はるか昔、ガリオスがまだ若い頃だ。兄であるゼルギスと共に大陸の片隅で兵を挙げ、毎日のように戦乱に明け暮れていた。ある時、兄に小さな国を攻略するよう命じられた。山間にある辺境の国で、兵士の数は百体程しかいない国だった。
こんなもの一日で落とせると、ガリオスは考えていた。だが何日攻撃しても落とせなかった。小国の王が自ら陣頭指揮に立ち、頑強に抵抗していたからだ。
頭さえ潰せば勝てると、ガリオスは小国の王を相手に一騎討ちに持ち込んだ。
その頃のガリオスは、得意の絶頂にあった。
初陣で敵将を討ち取る大戦果を挙げ、それからというもの連戦連勝の負け知らず。自分より強い者はいないとうぬぼれていた。
自分ならば勝てると踏んでいたが、ガリオスは負けた。
真剣勝負で挑んだ、最初の敗北だった。あの時ゼルギスが救援に来て、魔法で小国の王を倒さなければ、ガリオスは間違いなく死んでいただろう。
辛酸をなめたガリオスは、自分が弱く、敵が強かったのだと涙を呑んで認めた。そして強くなるべく、さらなる戦いを求めた。
戦場でガリオスの力は通用した。ほとんどの戦いに勝つことが出来た。だがごく稀に負けることがあった。ガリオスは自らの敗北と向き合い、一つの共通点を発見した。
ガリオスを負かした相手は、ガリオスが信じる力とは別の力を持っていた。それが何なのかは分からない。だがその力を持つ者は目が違った。対峙するガリオスを見ながらも、その眼差しはどこか遠くを見ていた。
武の高みに昇り詰めれば、いずれ自分もその目を持つことが出来るだろうと、ガリオスはさらに戦いを求めた。だがある時、それが間違いであることに気付かされた。
気付く最初のきっかけとなったのは、兄であるゼルギスだった。
国が大きくなり、敵となる国がほとんどなくなった頃だ。戦地にいたガリオスを、ゼルギスが呼び戻した。久しぶりに兄と対峙したガリオスは驚いた。兄の目が変わっていたのだ。これまでガリオスを破った者達のように、その眼差しはどこか遠くを見ていた。
目つきが変わったゼルギスは、何を思ったのか、魔王を名乗ると言い出した。ガリオスにとってそれはどうでもよかった。気になるのは目の変化である。
いつの間に? どうやって? 何があった?
疑問はあったが、聞くよりも戦った方が手っ取り早いと、ガリオスは兄に戦いを挑んだ。
ガリオスは子供の頃から、ゼルギスと何度も喧嘩をしてきた。だが魔法を使う兄には勝てず、丸焼きにされ吹き飛ばされたものだった。
これまで兄に勝ったことがないガリオスだが、この勝負には自信はあった。常に戦場に身を置く自分は、強くなりこそすれ弱くなることはない。一方、兄は国が大きくなるにつれて、自身が戦いに赴くことはなくなった。
今の自分ならば勝てると、ガリオスは必勝を期していた。しかし結果は敗北。それも手も足も出ない大敗北だった。
「あの時は本当に、死ぬかと思ったなぁ~」
ガリオスは天井を見上げながらこぼした。
目つきが変わったゼルギスは、それまでとは比べ物にならない圧倒的な力を手に入れていた。ガリオスはまるで相手にならなかった。
殺されると本気で思ったが、戦いに勝ったゼルギスは、ガリオスの命をとらなかった。ただし魔導船に乗り、人間達との戦争に加われと命じた。そこにお前の望む戦いがあると言って。
口さがない者達は、邪魔なガリオスを体よく追放するための嘘だと言っていた。ガリオスも半ばそうではないかと疑っていた。だがゼルギスの言葉は嘘ではなかった。
ガリオスの脳裏によぎるのは、二年前のセメド荒野の戦いだ。そこでガリオスは、鈴蘭の旗を掲げる女と出会った。
ロメリア。亜麻色の髪に、純白の鎧を身に着けた女だ。
肉体的に見れば脆弱そのもの。ガリオスが軽く殴っただけで死んでしまうような相手だった。しかしその双眸に宿る光は、まさにゼルギスが持っていた目と違わぬものだった。
ここに至ってガリオスは、これまで自分を倒した力が、武を突き詰めた先に得られるものではないことに気付いた。そして書物に答えを求めてみたが、どこにも書かれてはいなかった。
「兄貴よぉ〜。どーすれば、俺にもその目が出来るんだ?」
ガリオスは死んだ兄、ゼルギスに問いかけた。
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