第六十三話 ヘレンの悩み②
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音を聞いたガンブ将軍が、手を掲げて前に倒す。銅鑼や太鼓の音が響き、盾を構える兵士の列が前進する。ヒルド砦から矢が降り注ぎ、兵士達は盾を掲げて矢を防いだ。
ヘイレント王国の兵士達も、反撃の矢を放つ。だが魔王軍はヒルド砦の外壁に陣取り、壁を盾にして戦えるため有利となっている。
「よし、弩部隊も前進させよ」
ガンブ将軍が命じると、弩を抱えた三百人ほどの兵士が前に進み、盾を構える歩兵の後ろに付く。そして滑車を用いて弦を引き、次々に矢を放っていく。
これらの弩はライオネル王国から提供されたもので、弓よりも威力の高い弩は、外壁や魔王軍の兵士が構える盾を貫通して、魔族を射貫いていく。
魔王軍に痛手を与えていることを見て、ガンブ将軍が次の命令を出す。
「ライオネル王国から借りた、例の馬車も出せ」
ガンブ将軍が指示すると、後方から三台の馬車が前進してくる。荷台には幌が取り付けられていた。馬車は魔王軍の弓が届かない場所で停止すると、幌が一斉に外される。幌が外された荷台には、巨大な弩が台座に据え付けられていた。
荷台に乗る兵士が、滑車を用いて弦を引く。そして太い矢が装填された。
準備が整ったのを見ると、ガンブ将軍が手を振るった。三台の巨大弩から流星の如く矢が放たれる。矢が向かう先はヒルド砦の門の上、城壁を盾に矢を放つ魔王軍の兵士だった。
木製の壁ごと魔族の兵士が射抜かれ、後ろに倒れた。一撃で絶命したのが、ここからでも分かる。巨大弩は連射性能も高いらしく、次々に矢を放っていく。
「魔法兵だ。爆裂魔法を門の上の敵に集中!」
ガンブ将軍の指示に、ローブを着た魔法兵が前進する。
射程距離にまで到達した魔法兵は、宝玉の付いた杖の先端をヒルド砦に向ける。赤い光の球が一斉に杖から放たれ、門の上に殺到する。だが光の球が着弾する寸前、青白い光が門の周囲を覆う。青白い光に触れると、光の球が掻き消えてしまう。
魔法を無効化する魔法の壁だ。ここからは見えないが、魔族の魔法兵が防御しているのだ。しかし全ての光の球が消えたわけではない。魔法壁を突き破り、幾つかの光の球がヒルド砦の壁に着弾。爆発を起こす。
「いいぞ、徹底的に叩け」
ガンブ将軍は魔法兵の攻撃だけでなく、弩兵と巨大弩の攻撃も加える。
「よし、頃合いだ。破城槌だ! あの門を打ち破れ」
ガンブ将軍の声に後方から蹄の音が響く。目を向けると、二人の騎兵が横に並んで前進していた。分厚い鎧を重ね着し、馬にも鎖帷子を着せている。
並ぶ二人の騎兵に、四人の兵士が縦一列になって駆け寄る。兵士達はそれぞれ肩に細い丸太を担いでおり、丸太の先端には金属の塊が取り付けられていた。
兵士達が騎兵の間に丸太を運ぶ。丸太は鎖で繋がれており、運んで来た兵士が騎兵にそれぞれ鎖を持たせる。二人の騎兵が鎖を引くと、丸太が騎兵の間で吊り下げられる。
二人の騎兵は間に丸太をぶら下げながら、ヒルド砦に向かって行く。
土煙を上げて疾走する二人の騎兵に、魔王軍が何本もの矢を浴びせかける。しかし鎧を重ね着した兵士は、矢を受けても足並みを乱さない。そして門にまで接近すると、勢いをつけて鎖を手放し、破城槌を門にぶつけた。
破城槌が激突した瞬間、大爆発が起きた。破城槌の先端には、爆発する魔道具である爆裂魔石が装着されており、激突の衝撃で爆発を起こしたのだ。
胃の腑を打つ衝撃に、ヘレンは縮み上がった。白煙の先を凝視すると、煙の切れ間にヒルド砦の門が見える。鋲が打たれた門は一部が吹き飛び、穴が空いていた。
「よし、次の破城槌を持ってこい!」
気を良くしたガンブ将軍が軽快に命令を出す。重武装の騎兵が前に出て、次の破城槌が運ばれてくる。
「ライオネル王国からもたらされた攻城兵器は、軽量で使いやすいですな」
「ロメリア様には感謝しなければいけませんね」
機嫌のいいガンブ将軍に、ヘレンも笑顔で頷く。
ヘイレント王国が先程から使用している攻城兵器の数々は、どれもライオネル王国が提供してくれた物だ。どの攻城兵器も小型で軽量、馬車や馬で扱えるように考え尽くされており、素人のヘレンの目にも使いやすそうだった。
それは素晴らしいと思うのだが、何故こんな物を用意していたのかが疑問だった。
ヘレンはヒルド砦の南にある、円形丘陵に目を向けた。丘の上に突き立つ鈴蘭の旗の下には、亜麻色の髪に純白の鎧を身につけた女性がいた。ライオネル王国の聖女ロメリアである。
颯爽と兵士を指揮する姿は、同性でも憧れを抱いてしまう。ロメリアを題材にした小説を読むのが趣味のヘレンにとって、まさに夢のような光景だった。しかし小説はあくまで小説。現実は物語とは少し違う。ロメリアは小説や劇では、慈愛に満ちた聖女と書かれることが多い。だが実際の彼女は優しいだけの女性でない。
実物のロメリアは慈しみを胸に秘めつつも、その頭脳は冷徹で計算高く、とても合理的だ。最終的に犠牲を少なくするためならば、目の前の犠牲をいとわない苛烈さも持ち合わせている。そんな彼女は、無駄なことをしない。無駄と思えても、その全てには意味がある。
ヘレンは視線を元に戻し、ライオネル王国から提供された、攻城兵器の数々や弩を見た。
馬車に搭載可能で移動が容易、さらに連射性能まで高い巨大弩。そして騎兵二人で使用可能なほど軽量ながら、爆裂魔石が取り付けられ威力もある破城槌。どれも小回りが効いて扱いやすい。また数が揃えられた弩も、ヒルド砦を攻略するには便利だった。しかしどれほど使い勝手が良くても、ガンガルガ要塞に通用する威力ではない。何故こんなものを、ロメリアが持ち込んだのか分からなかった。