第六十話 レーリアの覚悟②
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レーリアがヘレンと共に、連合軍の軍議が行われる天幕の中に入った。広い天幕の中には大きな机が置かれ、すでにほとんどの人が揃って席に着いていた。
正面の上座には、連合軍の盟主であるヒューリオン王国のレガリア将軍が座している。その右手側には日に焼けたヒュースがいた。そのさらに右には、銀髪に氷のような肌のフルグスク帝国の皇女グーデリアが座り、背後に侍従二人を立たせている。
グーデリアのさらに右隣には、胸まで届く白髭を持つガンブ将軍が座っている。ガンブ将軍の後ろには、ヘレンの乳兄弟であるベインズが立っていた。
ガンブ将軍のさらに右には、赤い羽根飾りのついた兜を机に置くハメイル王国のゼブル将軍が席に着き、背後には左目を眼帯で覆う騎士ライセルと茶色い髪のゼファーが立っている。
初め見た時、ゼファーは頼りなさげに思えた。しかし戦場で戦う彼の姿は凛々しかった。剣を手に魔族相手に互角の戦いをしていたし、ロメリアの策を理解する戦術眼も備えている。それによく見ると、熊のぬいぐるみのトントにちょっと似ている気がする。
レーリアは視線を転じ、レガリア将軍の左手側を見た。そこには細い目のディモス将軍が座り、その後ろに筋肉が逞しい女戦士のマイスが立っている。
ディモス将軍はホヴォス連邦の将軍であり、レーリアにとっては味方だ。しかしレーリアは将軍と目を合わせず、無視してその右の席に着いた。
レーリアが席についてしばらくして、天幕に一人の女性がやってきた。亜麻色の髪に純白の鎧を着たロメリアだ。
「お待たせして、申し訳ありません」
「とんでもありません、ロメリア様。色々厄介になり、こちらこそ頭を下げねばなりません」
謝罪するロメリアに、連合軍の盟主であるレガリア将軍が頭を下げた。
連合軍は多くの物資を奪われ、焼き払われている。食料だけでなく、軍議を行う天幕すらライオネル王国に借りている始末だ。さらにロメリアの策により、撤退寸前だった連合軍は魔王軍に大きな打撃を与えることが出来た。ロメリアは連合軍を救った英雄とも言える。
変われば変わるものだとレーリアは思う。この連合軍が結成された当初は、誰もがロメリアとライオネル王国を軽く見ていた。しかし今や、ロメリアに敬意を払わぬ者はいない。
「さて、軍議を始めようと思います。ですがその前に、ロメリア様には我が国のヒュース王子の命を救ってくれたこと、ここに改めてお礼申し上げます」
レガリア将軍が、軍議の席で正式に礼を述べる。するとガンブ将軍が立ち上がった。
「私からも礼を言わせてください。ヘレン王女の命を救ってくれた恩、我がヘイレント王国の民と兵士達は決して忘れませんぞ」
「私も、我が国の兵士達を救ってくれたことに、お礼申し上げる」
ハメイル王国のゼブル将軍も礼を述べた。
「わ、我が国も、レーリア様の命を救ってくれたこと、お礼申し上げます」
レーリアの隣に座るディモス将軍が、顔に汗を流しながら礼をいう。
ディモス将軍の言葉に、ガンブ将軍が眉間に皺を寄せ、ゼブル将軍も目を細める。グーデリアは微笑んだが、青い瞳の奥は凍えるほど冷たかった。
「私もロメリア様の采配を見せてもらった。我が国の者はロメリア様に助けられてはいない。だがロメリア様の策は、連合軍を救ったとも言える。私の方からも礼を言わせてくれ」
グーデリアもロメリアに軽く頭を下げてから、続ける。
「しかしここで一つ言わせてもらいたい。ロメリア様の采配は見事ではあったが、本来は必要ないはずの手柄であった。そうは思われぬか?」
グーデリアの言葉は、凍えるような鋭利さを持っていた。
「昨日の撤退において、魔王軍が追撃の姿勢を見せた。だが十分に撤退は間に合うはずだった。しかし撤退の最中にスート大橋が爆破され、多くの兵士が取り残された。この橋の爆破がなければ、そもそもロメリア様が奮戦する必要はなかった。違うか?」
グーデリアの言葉に、ガンブ将軍とゼブル将軍が頷く。
「橋を爆破したのは、さて……どこの国であったかな?」
凍える笑みを浮かべながら、グーデリアがディモス将軍を見る。ディモス将軍は冷や汗すら凍りつきそうだった。
「それは……爆破したのは我が国の兵士ですが、すでに捕らえられ、軍法に則って刑に服することは決まっており……」
「当然だ! しかし兵士の罪は指揮官の罪、ひいては国家の罪だ。それに橋を爆破する爆裂魔石の設置は、貴方の指示であったと聞いているぞ」
言い訳をするディモス将軍に、グーデリアは鋭く切り返す。
「し、しかし、連合軍は魔王軍を押し返しております。これは橋が爆破されたことに……」
「それは結果論だ! ロメリア様の奮戦がなければ、残された兵士は全滅し、ヘレン王女も殺されていた!」
今度はガンブ将軍が、ディモス将軍の言い訳を打ち砕くように机を叩く。
「その通りです。確かに今日の攻撃で、魔王軍の多くを討ち取り、連合軍は劣勢を挽回しました。しかしその功績と、ホヴォス連邦が行った行動の責任は別に考えるべきでしょう」
レガリア将軍が、静かな口調で答えた。
「ホヴォス連邦には、責任を問うべきだと思う。皆様はどう思われる?」
グーデリアの言葉に、レガリア将軍やガンブ将軍、ゼブル将軍が頷く。
「あっ、あの、よろしいでしょうか!」
レーリアが声を裏返させながら立ち上がると、その場にいた全員の視線が向けられた。
「ほぉ、レーリア様か。何か言いたいことでも?」
グーデリアの凍てつくような視線を受け、レーリアは喉が干上がる思いだった。
レーリアはロメリアやグーデリアと違い、軍事的、政治的実権はない。ただのお飾りとして付いてきただけだ。各国の代表が集まる軍議において発言権などなく、こうして発言をすることなど初めてだった。
何人もの将軍に見つめられ、重圧に潰されそうになる。それに今からレーリアが発言しようとしていることは、自国を売る行為にも等しい。
レーリアは言葉に詰まる。だがその時、拳を固めて見つめるヘレンの姿が見えた。友達の前で恥ずかしい真似は出来ない。レーリアは気力を振り絞り、決死の覚悟で声を出した。
「この度の不始末の責任は、全て我がホヴォス連邦にあります。亡くなった兵士の方々には哀悼……哀悼の意を表したいと思います」
レーリアは目を瞑り、声を絞り出した。
昨日と今日の戦いにおいて、多くの兵士達が犠牲となった。彼らがどれほど苦しみ、死んでいったかをレーリアは知っている。とても哀悼の一言で済まされるものではない。
「彼らの命は、何をもってしても代えることは出来ません。ただせめてもの償いとして、賠償金を支払わせて頂きたい」
「なっ、この小娘……何を!」
隣で顔を青くしたディモス将軍が、驚きに目を剥く。
ただの公女であるレーリアに、賠償金を約束する権限などない。しかし公式の場でなされた、貴族の発言は取り消せない。たとえ何の権限もない小娘の発言でも、貴族の言葉には責任が伴うのだ。
「ほぉ、賠償金とな? しかし失った兵士の数は多い。賠償金も膨大な金額となるだろう。どうやって支払うと?」
グーデリアが温度の籠らぬ言葉を返す。
「それは……我が領地の全てを売り払ってでも、お支払いします」
血を吐くようにレーリアは答えた。もしかすればこの発言が原因で、レーリアの実家であるスコル公爵家は、取り潰しとなるかもしれない。しかし償いはせねばならない。
「……あの、よろしいでしょうか?」
これまで沈黙を貫いていたロメリアが、控え目に声をあげた。
「もちろんどうぞ。この中で一番多くの兵を失ったのは、他でもないライオネル王国だ。貴方には誰よりも発言する権利がある」
レガリア将軍が、議長役として頷く。
「発言の機会をいただきありがとうございます。先程のレーリア様の発言ですが、私は受け入れても良いと思いました。金額に関しては、後々決めるということで」
ロメリアの赦しに、グーデリアが頷く。
「ロメリア様はこう言われているが、ガンブ将軍とゼブル将軍はどうですかな?」
「……ロメリア様がそれでいいとおっしゃるのなら」
「我が国としても、それで問題ありません」
ヘイレント王国とハメイル王国も大筋で合意する。
レーリアは息をついて席に座った。隣のディモス将軍は、勝手な約束をしたレーリアを睨みつけていた。
ディモス将軍の視線が気になったわけではないが、レーリアは視線を膝に落とした。国に帰れば処刑されるかもしれなかった。だが取らねばならない責任から、逃れることは出来ない。
「しかし良かったのぉ、ディモス将軍」
目を伏せるレーリアの耳に、グーデリアの冷たい声が響いた。
「そなた、隣にいる小娘に国を救われたのだぞ? もしレーリア様の発言がなければ、帰国のついでに、ホヴォス連邦を滅ぼしているところだった。もちろんそなたの首を掲げてな」
グーデリアの言葉をレガリア将軍とガンブ将軍、ゼブル将軍は否定しない。むしろ敵意の籠った目でディモス将軍を見ていた。
レーリアは冷や汗を流しながらも安堵した。処刑覚悟の発言だったが、もし自分が言わなければ、祖国が滅んでいたかもしれなかったのだ。
レーリアは緊張と解放のあまり、腰が抜けそうになった。体を預けるように椅子に座る隣ではディモス将軍が顔色を無くしていた。
別に死ねばいいとまでは言わない。しかし彼の行いのせいで、何人もの兵士が犠牲になったのだ。首が寒い思いをしているだろうがいい気味であった。
ディモス将軍。レーリアのおかげで首の皮一枚つながる




