第三十二話 ダカン平原での決戦①
今回は魔王軍サイドのお話
ライオネル王国の北西にあるダカン平原では、魔王軍の軍勢が集結していた。
その数五万。平原は魔王軍の黒い鎧で埋まり、兵士たちが隊列を組んで演習を行い、大量の馬がいななく。後方には無数ともいえる天幕が張られ、大量の物資が集められていた。
本陣の中央。ひときわ巨大な天幕では、ライオネル王国攻略の任を受けた第二方面軍の将軍や上級将校が集められ、軍議を開いていた。
天幕の奥、巨大な指揮官の椅子に座るガレ将軍はその巨体を身じろぎもさせず、机に広げられた地図を見ながら、部下たちの話を聞いていた。
即断即決を旨とするガレだったが、今は自身の胸に大きな迷いを秘めていた。いや、それはガレだけではなく、この地にいる五万の兵すべてが同じ不安を持っていただろう。
魔王様が殺されたとの報が入ってはや数か月。本国との連絡は途絶し、生死の確認すら未だ取れてはいない。
情報は交錯し混乱している。
軽々しく動くことすらままならないが、後方からの補給が途絶し、兵糧にも不安がある。
毎日のように会議を続けているが、明確な答えが出ないまま、軍議は長引いている。
「本当に魔王様は殺されたのか?」
すでに百は繰り返されたであろう話を、将校の一人が蒸し返す。
「捕虜となった兵士が、魔王様の首を見ている」
別の将校が答える。
確かに人間どもは捕らえた兵士に魔王様の首を見せ、死んだことを伝えて解放している。おかげで魔王様の死が兵士たちの中に広まり、一時は大きな混乱となった。
「あんなもの信用できるか、偽首に決まっている。兵卒に魔王様の顔などわかるものか。兵士を動揺させるための手だ」
別の将校が動じるなと制する。
「だが印璽を押した直筆の書状などもあるぞ、これは本物だ、兵も動揺している」
人間どもの中には悪辣な策士がいるようで、解放する際には奪ってきた書類などを持たせている。これには一定の効果があった。少なくとも、魔大陸まで往復した者がいたことは確かなのだ。
「偽造しようと思えば偽造できる。それが相手の手だ。乗るな。兵には箝口令を敷け、流言に騙されるなと伝えろ」
「逆効果だ、兵に不信感が募る。ここは魔王様の生死を確認すべきだ。それが第一だろう」
話がまた堂々めぐりとなる。確かにその確認は急務だが、できるのならばすでにやっている。
「だから、どうやって確かめるというのだ、魔導船はないのだぞ」
故郷の魔大陸とこの大陸との間には、複雑な海流と嵐が吹き荒れる難所がいくつもある。それらを乗り越えるのは普通の船では不可能。本国で製造された魔導船でなければ乗り越えられない。魔導船は現在途絶していた。もはや本国に帰ることもできないのだ。
一瞬ガレの心にも郷愁がよぎったが、どうしようもないことと割り切り、将校たちの話に耳を傾ける。
「本国との連絡が途絶した以上、何かがあったのは確実だ。この国の王子が暗殺したという話は信じがたいが、本国の誰かが謀反を働いたのかもしれない」
人間どもの話では、この国の王子が数人で旅立ち、魔王様を暗殺しに行ったと言っている。
あの魔王様を殺せる人間がいるなど信じられないが、帰還した時期と本国との連絡途絶の時期はちょうど重なっている。
将校の言うように、人間どもが本国の重臣の誰かをそそのかしたのか、あるいは逆に重臣が人間を利用し、魔王様を弑逆したのかもしれない。
何にしても連絡がない以上、魔王様は死んだものとして行動すべきだろう。
将校の言葉を皮切りに、だれが裏切ったのかという話となったが、情報がない今ただの推理ごっこにしかならない。
「やめい。考えても仕方がないことは考えるな。それより我々がどうするかだ」
水掛け論になる前に止めておく。本来の目的である、地図に置かれた駒を指し示す。
将校たちの視線は、地図の上に置かれた駒に集中する。
地図の上には黒い駒が六つ。すべて自分たちと同じ魔王軍の軍勢だ。
ライオネル王国攻略を任されたわが軍と同様に、他にも五つの軍が方面軍として分割され、攻勢をかけている。さらに後方には最初に上陸を果たし、軍事拠点として作り変えたローバーンが控え、人間どもが作り上げた軍事要塞ガンガルガも存在する。
総勢合わせれば五十万近い大軍団だが、これらは決して味方ではない。
「第一方面軍のケルゲラ将軍からは、指揮下に戻れと伝令が来ております」
「ただ数字が上なだけで上官気取りか」
「第四第五方面軍は何と言ってきている? あいつらはもともと我々の派閥だろうに」
「第四は無回答。第五はあいまいな返答ばかり返ってきます」
「第一からも同じ誘いを受けているんだろう。こちらに引き入れても、いつ裏切るかわからんぞ」
「第三方面軍のバルバル将軍が魔王を名乗っていると聞くぞ」
「あんな奴が魔王? 出来が悪い冗談だな。くだらなすぎて笑える」
「第六方面軍は人間どもの攻勢にあい、押されているそうだ」
「面汚しだな、救援要請が来たら助けてやろう」
同じ方面軍と言え連携は取れていない。魔王様が不在の今、だれが仕切るかでもめているのだ。
一度軍門に下り指揮下に入れば、そこで上下関係が生まれ、その関係はずっと続くこととなる。
魔王様に頭を垂れ、その指示のもと配属され、部下として上官の指示に従うことなら許容できるが、他の将軍たちは決して魔王様ではない。
たとえ上位に位置する階級であったとしても、魔王様の信任を受けていない命令に従う必要はない。
「どいつもこいつも、魔王様の後釜を狙っているのさ」
将校が吐き捨てるが、これはある意味語るに落ちている。
どの方面軍の軍団長も、将軍の位置に上り詰めただけあって、力強く野心に富む。第三軍のバルバルが先走っているが、皆が腹の中では自分こそが次期魔王だと考えている。もちろんガレ自身、自分こそが魔王の器だと信じている。
やすやすと軍門に下り、頭を垂れるわけにはいかない。そんなことをするぐらいなら、負けて死んだほうがましだ。
だが連中が持つ兵力は何としても欲しい。
本国と補給が途絶え、兵力の回復はままならない。だが配下として吸収するには、一戦して将軍を打ち取り、再編する必要がある。しかし人間どもと交戦中の今、さすがに同族同士で争うのはよろしくない。
「ローバーンは何と言っている」
私が問うと、居並ぶ将軍たちが背筋を伸ばした。
「それが、その、未だ回答はありません」
「そうか」
最初に上陸し、今や最大の拠点となっているローバーンの意向は無視できなかった。
ローバーンに常駐している兵力は三万。さらに手前のガンガルガ要塞に一万の兵を擁している。戦力も十分だが、何より重要なのは食料供給能力と兵員回復能力を持つことだ。
拠点として開発が進んでいるローバーンは、すでに数十万の移住者が魔大陸から流れ込み、都市を作り上げている。奴隷として集めた人間も多く、労働力も十分。
農地が開拓され、移住者たちは子供を産み、兵士として育てることが出来る。
さすがに子供がすぐに大きくなることはないが、確固たる地盤を築くにはローバーンとその住民たちが必要と言えた。
ローバーンに戻り君臨することが出来れば、次期魔王を名乗ることも夢ではない。だが軍事拠点として要塞化されているローバーンを、手持ちの戦力で落とすことはできなかった。攻城兵器が不足している。ローバーンのはるか手前、ガンガルガ要塞でさえ落とせるかどうかわからない。
この混乱もローバーンの動き方次第だと思っていたが、後方の本拠地は未だ不気味な沈黙を保っている。
魔王様の死に混乱し、動きが取れないのなら好機だが。ローバーンにはあの二人がいる。奴らがいる以上、黙って見ているなどありえない。
やはりやるしかないか。
現実的な方法としてはこの地を支配して軍閥化し、自らの王国を築く。十分に軍備を整えた後、他の軍団を蹴散らし、ローバーンに攻め入る。そしてこの地で魔王として君臨する。それしかない。
すでに機は熟していた。
これまでいたずらに時間を割いていたわけではない。各地に散った兵もあつめ、近隣の村々から食料を略奪して兵糧も蓄えた。魔王様の死に動揺していた兵士も、時間を置いたことである程度は落ち着きを取り戻した。
「人間どもの抵抗はどうなっている?」
まずはこの国を落とすことが重要だ。
「はい将軍。我々が集結している間に、連中も軍備を整えたようです」
「ほぉ、われらに一戦しかけてくるか」
「面白い、やっとまともに戦える」
戦場の匂いに、将校たちが色めき立つ。兵たちも埒の明かない話し合いより、わかりやすい戦場を求めている。
「総数はいまだ不明ですが、七万以上の兵力が集まっていることは確実です」
「それと、魔王様を倒したというこの国の王子も出陣するという情報が入ってきています」
その言葉に将兵がざわめく。
「そいつは僥倖。人間ごときに魔王様が討てるとは思えぬが、倒したという王子の首が取れれば、よい手柄となるだろう」
魔王様を討ったものを倒したとすれば、次期魔王を名乗っても不思議ではない。
将兵たちも大きな手柄を前に、好戦的な笑みを見せる。
頃合いか。
方針を決めようと口を開きかけた時、これまでずっと黙っていた若い将校がはじけるような声を出した。
「あ、あの。その。故郷に戻ることは、その、できないのでしょうか?」
年若い将校の発言を聞き、上級将校の何人かがあきれていた。
しかし同じぐらい若い将校や将軍たちの背後に控えている副官などは揺れているのが分かった。
まったく面倒な話だった。仕方なく口を開こうとすると、天幕に老いた鳥の鳴き声のような声が響き渡った。




