第五十二話 ギャミの迷い②
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敵の指揮官の顔を見るため、ギャミが天幕を出ると、その後ろをイザークが副官の様について来る。小さなギャミとずんぐりしたイザークが並んで歩くと、どこか滑稽な取り合わせだった。
ギャミがイザークと共に見晴らしの良い場所に出ると、そこからはガンガルガ要塞と円形丘陵が一望出来た。ギャミが南に目を向けると、レーン川と円形丘陵の間に布陣する人間達の軍勢が見える。円形丘陵には六つの旗が立てられ、風を受け翻っていた。
太陽の紋章を掲げるヒューリオン王国、五つの星が集うホヴォス連邦。銀の車輪が描かれるヘイレント王国。翼を広げる大鷲の意匠はハメイル王国。そして吠え猛る獅子の紋章はライオネル王国を示す旗だった。
獅子の旗の横には、もうひとつ旗が翻っていた。純白の布に、金糸で描かれた鈴蘭の旗だ。ギャミが目を凝らすと、鈴蘭の旗の下に数人の男女が立っているのが見えた。
男が二人に、女が三人。女は青いドレスを着た者と緑のドレスを着た者がいた。そして二人の間に、亜麻色の髪に白い鎧姿の女がいる。
ギャミが白い鎧姿の女を見ると、女もこちらを見て、目が合ったような気がした。
「ロメリアか……」
ギャミは敵の指揮官の名を呟いた。
ライオネル王国のロメリア。それは警戒すべき敵として、ギャミの脳に刻み込まれている。
「ロメリアですと? ではあそこにいるのが、魔王ゼルギス様を暗殺し、そしてセメド荒野の戦いで、父上を撃退した者の一人なのですか!」
ギャミの呟きを聞いたイザークが驚く。
魔王ゼルギスを倒したのは、ライオネル王国の王であったアンリとその王妃エリザベート。そして魔法使いのエカテリーナに東方の剣豪である呂姫と言われていた。しかし調査の結果、ロメリアという五人目がいたことが判明している。ロメリアは魔王軍討伐の兵を興した。そして二年前のセメド荒野の戦いでは、ガリオス率いる巨人兵団を撃破した。
ロメリアはいわば魔族の仇敵であり、セメド荒野の戦いで指揮を執ったギャミにとっても、因縁浅からぬ相手であった。
「刺客はやはりしくじったか」
旗の下に立つロメリアを見て、ギャミは小さく呟いた。
ギャミは昨日の戦いの最中に、ロメリアに刺客を送り込んだ。上手く行けばロメリアを排除出来るかと考えたが、暗殺は失敗したようだ。
「ギャミよ、ここにいたか! やはりお前も敵が気になるか」
敵陣を見るギャミとイザークに、大きな影が三つ迫る。
「これはガオン様、おはようございます。ガダルダ様もガストン様も」
ギャミは三体の魔族に頭を下げた。彼らはガリオスの三男ガオンに四男ガダルダ、そして五男のガストンであった。ガリオスの息子達は大型竜を引き連れ、この戦に参陣していた。
「昨日は我が怪腕竜が傷付き、最後の戦いには参戦出来なかった。しかし安心しろ、今しがた竜達を見てきたが、食欲も旺盛で暴れ回っておったわ」
「今日は我らも参戦出来る。我が剣竜の力があれば、人間共など一撃で蹴散らしてくれよう」
ガオンとガストンが自信に満ちた顔を見せる。
「御三方のお力添えがあれば、勝利は確実でございましょう」
ギャミはへつらいの笑みを浮かべたが、内心では期待していなかった。初めは七体いたガリオスの息子達も、昨日の戦いで三体が殺された。大型竜も二頭が倒されており、最強と目される暴君竜は、狂暴すぎて乗り手がいないという有り様だ。
「ここからでは円形丘陵の中は見えませぬが、水はすでに引いております。今日の戦いでは東と西に加え、北側からも兵を進めようと考えております。しかし北側はまだ足場がぬかるみ、歩兵はともかく大型竜では足を取られるかもしれません」
ギャミは戦場を東と西、そして北を指差した。
「そうか。では私は東から攻めよう。ガダルダ、ガストン。お前達はどうする?」
「ふむ……少し考えたい。あとで決めるよ」
「そんなことを言うのなら兄上、私は西から攻めさせてもらいますぞ」
ガダルダが迷いを見せるので、ガストンがすぐさま名乗りを上げた。
「好きにしろ、ゆっくり考えて決めるよ」
「では、さっそく配置を決めさせてもらう。だが後から来ても場所は譲らぬぞ」
ガオンとガストンは、攻めるにいい場所を先に占有しようと去って行く。
ガダルダは去って行く兄弟を見送った後、笑みを浮かべてギャミを見た。
「ギャミよ、我らを追いやるつもりだったのだろうが、そうはいかんぞ。お前、北側こそが主戦場になると睨んでいるのであろう?」
「これは敵いませんなぁ。しかし北側の戦いは、ガダルダ様が望まれるような戦場にはならないと思いますよ?」
ギャミは照れ笑いを浮かべながら、内心では舌打ちをした。確かにギャミは北側の戦いこそが勝敗を握ると考えていた。その戦いをガリオスの息子達に邪魔されたくはなかったため、それとなく東と西の戦場に向かうよう誘導したのだ。
「安心しろ。お前の邪魔はせん。昨日の戦いを見ていたが、敵は厄介だ。無策で突撃しても返り討ちに遭うだけよ。それで、お前はどんな奇策を用いるつもりだ?」
なかなかに敵を見ているガダルダの言葉だが、策士としてはまだまだと言えた。
「策は用いますが、奇策は弄しません」
「ほぉ、ではどんな策だ」
「兵士を一列に並べゆっくりと前進させ、敵を締め上げようと思います。それだけです」
ガダルダの問いにギャミが答えると、側で話を聞いていたイザークが首を傾げた。
「あの、ギャミ様。恐れながら、それでは被害が大きくなってしまうのではありませんか?」
イザークの危惧は正しい。兵士を一列に並べ、ゆっくりと前進させれば敵のいい的だ。兵士の被害は増えるだろう。
「でしょうな。しかし、それが最も被害が少なく済む方法なのです」
ギャミは昨日あった、最後の戦いを振り返った。
陣地の防御壁を頼りに戦う人間達の軍勢に対し、魔王軍はどこか一点を突き破ればいいと、総攻撃をかけた。これは攻城戦の基本形であり、間違ってはいない。しかし敵はこちらの攻め手を全て正確に打ち返すという離れ技をやってのけた。あのような神業がそう何度も出来るとは思えないが、同じ失敗をするわけにもいかない。
「敵は退路もなく少数です。連中は奇策を用いるしかありません。逆に申せば、付け入る隙を与えねば、敵に打つ手はありません。もちろん兵士達の被害は大きくなるでしょうが、昨日の戦いでも、少なくない被害が出ておりますので」
ギャミは現在の魔王軍の戦力を思い出した。
ガンガルガ要塞を救援するための軍勢は、当初十五万体を数えていた。しかし現在では十万体にまで数を減らしている。
「それで勝てますか? ギャミ様」
「被害は大きくなるでしょうが、味方の屍を乗り越えて進めば、必ず勝てます」
ギャミは間違いないと、皺のない頭で頷く。
「なるほどな、確かにそれでは、我らの出番はなさそうだ」
「はい、今からでも東か西の戦場に行かれますか? ガダルダ様」
「東と西に行っても、大して暴れることも出来まい。なら北側にいた方がマシというものだ。イザーク、お前はどうする?」
「私はこの戦場が初陣です。戦場を選べる立場にありません。ギャミ様のご指示に従います」
イザークが可愛らしいことを言うので、ギャミは微笑む。
「では北側に残っていただけますか? 敵が突撃を仕掛けてくることもありますゆえ」
ギャミとしても、手駒を一枚か二枚持っておきたかった。円形丘陵の内部は、馬や馬車が通行可能であると報告を受けている。大型竜でも足を取られることはないだろう。
「ギャミ様のお役に立てるのでしたらどこへでも」
「ではよろしくお願いします」
ギャミは頭を下げて頼んだあと、視線を鈴蘭の旗が翻る丘へと向けた。
すでにロメリアの姿は消えていた。人間達も戦いの準備を始めているのだろう。魔王軍も兵士の食事が済み次第、攻撃の手はずを整えなければいけなかった。だがギャミはやはり今回の攻撃に対し、本能的な危険を感じていた。この頭の中だけに鳴り響く警鐘の理由を、ギャミは言語化出来なかった。長年戦場にいた策士の勘というしかない。
敵は退路もなく少数、策を弄する余地などないはずだ。しかし……。
ギャミの脳裏に再度、停戦案が浮かんだ。だが停戦を提案すれば、その瞬間にでもギャミは参謀の職を解かれるだろう。
「状況が読めぬ時は、進むしかないか」
ギャミはため息と共に覚悟を決めた。