第五十話 ゼファーの驚き③
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「今日一日、この窮地を生き延びることが出来れば、私達は助かります」
話すロメリアの声は強く、その瞳は揺るがない。彼女の中に確固たる確信があることをゼファーは感じ取った。その根源を尋ねようとした時、二人の黒髪の兵士が丘を登って来た。
「ロメリア様、兵士達が揃いました」
「連合軍の兵士達も揃ったようです」
黒髪の二人の兵士が丘を登りロメリアに報告する。全く同じ顔をした二人の兵士は、ロメリア二十騎士の双子として名高い、グランベル将軍とラグンベル将軍だ。
ゼファーが丘の麓に目を向けると、多くの兵士達が集まっていた。誰もが傷を負い、疲弊していた。しかしその目は死んでおらず、丘の上に立つロメリアを見て、目を輝かせていた。
昨日ロメリアは魔王軍を撃退した後、兵士達に微笑みかけた直後に倒れた。一時は心臓が止まったとも言われている。誰もが奇跡の復活と驚き、感動していた。
「皆さん。おはようございます。昨日は戦いの後に倒れてしまい、申し訳ありませんでした」
兵士達の驚嘆をよそに、ロメリアはまるでちょっとした体調不良のように謝った。
「私のことはともかくとして、皆さん昨日はよく戦ってくれました。素晴らしい戦いぶりでした。私は昨日の戦いを、全て見ていました。皆さんが最後まで諦めなかったことを、そして死んでいった者達が勇敢に戦ったことを、私は知っています」
兵士に語り掛けるロメリアの言葉に、嘘偽りではないとゼファーは直感した。
軍隊を率いる指揮官は、平気で嘘を言う。見てもいないのによく戦ったと褒め、死んだ兵士のことをよく知りもしないのに、勇敢だったと讃える。嘘を言うことも指揮官の仕事だからだ。しかし今、ロメリアが語ったことは間違いなく真実だと、ゼファーは何故か理解した。
ロメリアの言葉を聞き、兵士達は涙ぐんだ。自分達の戦いを見てくれていたのだと、嬉し泣きせずにはいられなかった。
「皆さんのおかげで、昨日を生き延びることが出来ました。死んでいった者達のためにも、私達は生きねばなりません。今日も魔王軍の攻撃が予想されます。私達に退路はありません。この場所にとどまり、魔王軍を迎え撃つことになります」
ロメリアの言葉を聞き、何人もの兵士達が俯く。ロメリアの生存は喜ばしいが、結局死ぬまで戦うことに変わりはないのだと、諦めが頭をよぎるのだ。
「もしかしたら皆さんは、私達には、助かる見込みがないと思っているかもしれません。ですがそんなことはありません。今日一日を生き延びることが出来れば、私達は助かります。この窮地を脱するための手を、私は既に打っています」
ロメリアは笑みを見せた。
退路もないこの窮地を脱する方法があると言われ、兵士達が驚く。ゼファーも信じられなかった。このような窮地に立たされるなど、昨日の時点で誰も予想出来なかった。さらにすぐに魔王軍の攻撃が開始されたため、何か手を打つ余裕などなかったはずだ。
兵士を安心させるための虚言だとゼファーは考えたが、微笑むロメリアの横顔には、絶対の自信があった。
「皆さん、丘を登ってきてください。さぁ」
ロメリアが手招きをし、兵士達に丘を登るように命じる。兵士達は顔を見合わせながらも、言われるままに円形丘陵を登った。
「皆さん、南にあるレーン川を見てください」
ロメリアが南を指し示す。白魚のような指の先には、滔々と流れるレーン川が広がり、対岸には連合軍の陣地が見えた。
「川岸に注目してください。何か気付きませんか?」
ロメリアに言われるままにゼファーは川岸を見た。川岸は背の低い草に覆われ、草の絨毯は川に向かって伸びている。だがある場所を境に途切れ、地肌がむき出しになっていた。地面は茶色く変色し、湿り気を帯びていることが分かる。そこから視線をさらに下に移すと、レーン川の水面が朝日を反射しているのが見えた。
「何かおかしなところある? ただの川岸にしか見えないけど?」
レーリアが、全員の感想を代弁するように呟いた。しかしロメリアが見ろと言ったのだから、そこには何かがあるはずだった。だが見えているものといえば草と土、そして川しかない。そこまでゼファーが考えた時、不意に天啓の如き閃きが起きた。
「ああっ! 水面だ! 川の水の量が減っている!」
ゼファーは自分でも驚くほど大きな声をあげた。
「ちょ、どういうこと、分かるように説明しなさいよ!」
「川の水の量が! 水位が下がっているんですよ!」
食ってかかるようなレーリアに、ゼファーは驚きながら対岸を指差した。
「草が生えているのが見えますよね、草は通常、水を求めて川の水面ギリギリまで生えます。ですが草の生えている場所から水面までは距離が開いています」
ゼファーが指差す川岸には、草と水面の間に濡れた土の領域が見えた。土の湿り具合から考えても、水面は昨日まで草の近くまであったはずなのだ。
「水位が下がっているのです。それも急激に!」
自分で言っていても、ゼファーは信じられなかった。川の水位がこれほど急激に下がるなどありえない。川を見る兵士達も、水位が変化していることに気付き動揺しざわめく。
「どうやったのです、ロメリア様?」
「もちろんライン山脈にいる工兵が、レーン川の源流を堰き止めたのですよ」
驚くゼファーに、ロメリアがなんでもないというふうに笑う。しかしそれこそありえない。
「工兵などいつの間に? いえ、たとえ派遣していたとしても、間に合うわけがありません」
ゼファーは首を横に振った。川の源流まで移動するには、どれほど急いでも一日以上かかる。工兵が作業に入り、水を堰き止めるにはさらに時間がかかるはずだ。
「工兵を派遣などしていません。初めからそこにいました」
「初めから?」
「私達はガンガルガ要塞を水攻めにしていました。水攻めに必要な水量を確保するため、ライン山脈には工兵を配置して、レーン川の支流を堰き止める工事をさせていました。そのことを忘れたのですか?」
ゼファーは教えられて今頃気付いた。確かに連合軍の軍議では、そのような話があった。
「昨日退路を失い、この場所に立て籠もると決めた時に、狼煙でライン山脈の工兵達に、川を堰き止めるよう指示を出しました。短い時間で出来るかどうか分かりませんでしたが、頑張ってくれたようです」
ロメリアの言葉に、ゼファーは顔を顰めた。確かに昨日、ロメリアは狼煙を上げていた。自分はその手伝いをしたはずなのに、何故忘れていたのか。
「皆さん、聞いてください」
ロメリアのよく通る声が、兵士達に投げかけられる。
「ご覧の通り、レーン川の水位は下がりつつあります。まだ渡河出来るほどではありませんが、このまま水位が下がり続ければ、今日の夜には、渡れるようになるでしょう。魔王軍も夜になれば攻撃を中止します。そうすれば夜陰に紛れて、川を渡ることは可能です」
ロメリアの言葉を聞き、兵士達が歓声をあげる。確かにこれならば助かる。希望の光が照らされ、兵士達の目に輝きが戻った。
「ったく、すげぇな……」
「ええ、全くです」
ヒュースの呆れたような声に、ゼファーも頷いた。
昨日退路が断たれ孤立した時、ゼファー達はその日をどう生き延びるか、ただそれだけを考えていた。しかしロメリアだけは、既に次の日のことを考えていたのだ。
「見ているものが違いすぎます」
ゼファーは諦念の息を吐いた。
ロメリアクイズ 解答編
ロメリアが揚げた狼煙の暗号は、ひらがなに数字を割り当てたものです。
「あ」なら1。「い」なら2といった具合です。
そしてこれをゼファーが揚げた狼煙の暗号に当てはめると。
「カワセキトメロ」となります。
クイズに参加してくれた皆さん、ありがとうございました。
沢山の参加者に恵まれ、作者もニッコリです。
それではロメリア戦記をこれからもよろしくお願いします。