第四十五話 手の中の戦場
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「ロメリア様! 魔王軍が来たぞ」
魔王軍の接近を教えてくれたのは、ヒュース王子だった。腰に剣を差し、弓を片手に私の護衛となってくれている。
「グランとラグンの弓兵部隊に後退命令を、グレンとハンスの騎兵部隊は突撃準備」
「分かったわ。弓兵部隊は後退、騎兵部隊は突撃準備!」
私が命令を下すと、レーリア公女がさらに大きな声で命令を伝達してくれる。正直大声を出すだけでも辛いので、代わりに伝達してくれるのはありがたい。
命令が実行され、グランとラグンの部隊が後退し陣地の中に先に入る。そして積み上げた土塁の上に登り弓を構える。オットー達が後退し、弓兵の射程距離に入る。
「弓兵三射、射撃の後グレンとハンスの騎兵部隊は突撃! オットー達歩兵部隊は順次後退」
私の号令に弓兵が一斉に矢を放ち、騎兵部隊が突撃を仕掛ける。
弓兵と騎兵の攻撃に魔王軍が押され、攻撃の圧力が弱まった瞬間を見計らい、オットー達が順次陣地の中に後退してくる。
魔王軍は無理押しを避けて一時後退する。後ろに下がった魔王軍は、部隊を二つに分割した。片方はその場に残り続けるが、もう片方は円形丘陵を迂回して東側へと移動を開始する。東西の両方から攻撃するつもりなのだろう。こちらも今のうちに体勢を整える必要がある。
私は今や砦となった陣地の円形丘陵に登り、頂上に獅子と鈴蘭の旗に加え、鷲と五つの星、円環の旗を立てさせて連合軍の本陣とする。ここなら全体を見回せ、即座に状況を確認出来る。
「ロメリア様。弓と矢を貰うぞ。物見櫓の上で矢を放つ」
ヒュース王子が弓と大量の矢筒を抱えて櫓に登り、そばかす顔のヒューリオン王国の兵士も矢筒を抱えて付いて行く。
「ロメリア様。私は下で癒し手達と共に怪我人の治療に当たろうと思います」
ヘレン王女も一礼して丘を下り、癒し手達を集めて救護の準備を始める。皆がそれぞれ、自分の仕事を見つけて動いていく。
「ロメリア様。ここにいる兵士の、おおよその数が判明しました。ライオネル王国の兵士が四万五千人、ハメイル王国の兵士が七千人、ホヴォス連邦の兵士が四千人、ヘイレント王国の兵士が同じく四千人です。ぎりぎり六万人います」
ゼファーが気の利いた報告をしてくれる。実は一番知りたかったことだ。
「ありがとうございます、ゼファー様」
私は礼を言い、兵士に机と紙、あと大量の小石を持ってこさせる。そして紙に簡単な図形を描く。まずは上に大きな円。これはガンガルガ要塞を取り囲む円形丘陵。そして下部に二本線。これは南のレーン川。最後に丘陵と川を繋げる線を二つ描き込む。これが現在構築している土塁と柵だ。
「まず東側はオットー、ベン、ブライ隊の六千人を配置。そしてゼゼ、ジニ隊とボレル、ガット隊、グレン、ハンス隊に四千人ずつを与えます。西側にはライセル隊七千、マイス隊四千、ベインズ隊四千。さらにカイル隊、グラン隊、ラグン隊にそれぞれ千人の兵士を与えます」
私は紙の上にそれぞれ小石を置いていく。
手元の戦力は六万人。左右に三万六千人の兵を割り振り、残りは二万四千人だ。
「残った兵士は全て予備兵として丘陵の下に待機させてください」
「全てですか?」
私の命令に、ゼファーが疑問の声を上げる。
確かに予備兵を多く取っているため、防衛線の守りは薄い。高く積み上げた土塁があるとはいえ、その守りはシャボン玉のように薄い膜だ。だがこれしかないと私は考える。
魔王軍の方が数は多い。満遍なく兵力を配置しても守り切れない。向こうからしてみれば防衛線の一箇所か二箇所を、針で突くように突破すればいいだけだ。
これに対抗するには、敵が攻撃してきた箇所に、正確に戦力を打ち込むしかない。
「この戦場を乗り切るには、私が考える方法しかありません」
「分かりましたロメリア様。下で兵士達に指示します。レーリア様、上から伝言を頼みます」
ゼファーが頷き、丘を下りて行く。
私は空を見上げた。日はすでに傾きつつある。日暮れまで半日を切っていた。
日が落ちれば、攻め手側は味方と連携が取りにくくなる。おそらく魔王軍は夜になれば撤退する。問題はそれまで守り切れるか、私の体力が続くかということだった。
左肩に矢を受けて、すでに左手の感覚はない。服の左半分は赤く染まり、大量に血を失ったため意識が朦朧としている。貧血で意識を失いそうになる私の耳に、銅鑼と太鼓の音が貫く。
西に目を向ければ、魔王軍が円形丘陵とレーン川を塞ぐように布陣していた。東を見るとこちらも西と同じく、隙間もなく魔王軍が隊列を組んでいる。これで逃げ道はなくなった。
私達の逃げ道を封じた魔王軍が前進を開始する。その数は東西合わせて六万体。大兵力で一気に踏み潰すつもりのようだ。
地響きさえも伴う魔王軍の一斉攻撃を受けて、それぞれの防衛線は早速劣勢に追い込まれる。
あちこちに敵が殺到し、土塁を乗り越えようと魔王軍の兵士が登って来る。
「ロ、ロメリア様!」
側に立つレーリア公女が悲鳴を上げる。だが私は冷静に戦況を観察する。血が足りないはずだが、思考が逆に冴え渡り、戦場をつぶさに見て取れる。
「オットー隊に六十人。ゼゼ隊に三十人。ボレル隊に三十人。グレン隊に二十人。ライセル隊に五十人、マイス隊に四十人。ベインズ隊に三十人、カイル隊に三十人、グラン隊に四十人、ラグン隊に二十人」
私は紙に描いた図の上に石を配置し、予備兵を細かく送る。
「たったそれだけで耐えられるの?」
レーリア公女は懐疑的な表情を浮かべたが、私は顎を引く。
「分かった、ゼファー! 今から言う人数を各部隊に送って!」
丘の下に向かってレーリア公女が叫び、私の命令を伝える。そしてゼファーが指示し、予備兵が前線に走っていく。予備兵が到着すると、押されていた各部隊がギリギリのところで持ち直し、突破されるのを防ぐ。
「すごい、本当に防げた」
「まだまだこれからです。オットー隊にさらに二十人、ゼゼ隊に十人、ボレル隊に二十人、グレン隊に三十人。そしてライセル隊に十人、マイス隊に三十人、ベインズ隊に二十人、カイル隊に十人、グラン隊とラグン隊にそれぞれ二十人」
私は次々に指示を出し、兵士達を突破されそうな場所に、最低限必要な戦力を送り込み突破を防いでいく。
隣で手伝ってくれるレーリア公女が、なぜこんなことが出来るのかと驚いているが、私自身、なぜこんなことが出来るのか分からなかった。
肩に矢を受け、出血で意識さえ危うい状態だと言うのに、私には戦場の全てが感じられた。
視界が大きく広がり、自分の頭の後ろだって見えそうだった。兵士一人一人の顔がはっきりと見える。耳も兵士の息遣いや足音までもが聞こえる。
オットーがたった今、魔族の頭を戦鎚で砕いた。ベンが敵の腹を槍で貫き、ブライは倒れた味方を助け起こしている。ゼゼが周りにいる兵士を鼓舞し、ジニが頬を切られながらも、反撃で敵の喉を切り裂いていた。ボレルとガットが、互いに背中を預け合いながら戦っている。グレンが敵に突撃し、背後から襲われそうになったがハンスが防いだ。
ライセルが剣を振るい、魔族の首を切り飛ばした。マイスが斧で敵の頭を叩き割っている。ベインズが槍で突きを放ち、魔王軍の兵士の胸を貫く。カイルが短剣を投擲し、二体の魔族を同時に倒した。グランとラグンが、互いに守り見事な連携で魔族を貫いていく。
ゼファーが丘の下で、兵士達に指示を出している。ヘレン王女が癒し手達と共に負傷した兵士達を治療し、秘書官のシュピリも怪我人を運んでいた。ヒュース王子が櫓に陣取り、矢を放って魔族を射抜いている。クリートが半泣きになりながら、魔法を放っていた。
他にも名前も知らない兵士達の奮戦が見える。戦う者、傷付く者、怯える者に勇む者がいる。威勢のいい兵士が、怒声を上げて敵にとどめを刺している。怯えて悲鳴を上げる者がいる。死に瀕した兵士が、母親の名を呼んでいる。
私は味方だけでなく、敵のことも感じられた。
魔王軍の兵士が勇猛果敢に突撃してくる。褒美を目当てに戦う者、殺された仲間の仇を討とうとする者がいた。傷を負い悲鳴を上げる魔族がいる。断末魔に人類全てを呪う兵士がいる。
戦場で起きる全ての事柄が、手に取るように感じられた。
今、戦場は私の手の中にあった。
前回告知したロメリアクイズ。多くの方から回答を戴いております。
参加していただき、ありがとうございます。
答え合わせはもう少ししてから、行うつもりです。答えが分かった人はどしどし書き込んでいってください。
答えが分からない人のために、もう一つヒント。
ヒント ひらがな
活動報告欄に解答箱を用意していますので、皆さんの解答を待っています。
次回更新は五月五日を予定
次回更新でロメリア戦記三巻に収録されている分が終わります




