第四十三話 一矢
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すみません、タイトル付け間違えてました
「なっ、馬鹿な! 橋が!」
目の前で崩れ落ちる橋を見て、ゼファーは悲鳴を上げた。
目の前の光景が信じられなかった。だが現実にスート大橋は崩壊し、跡形もなく吹き飛んでいる。
「なんで、どうして!」
驚くゼファーがレーリア達と共にスート大橋に駆け寄る。そして橋と川を見ると、橋は橋脚がへし折れ、レーン川には大量の怪我人が落下して、水面を埋め尽くすほどだった。
「ひ、ひどい……なんてことなの……」
ヘレンが多くの人の死に目を見開き、座り込んでしまう。
ゼファーも地獄絵図に言葉が無かったが、そしてそれ以上に最悪の事態に気付いてしまう。スート大橋が落ちたということは、退路が無くなったということだ。つまり、自分達は逃げられない。
「でもどうして……なぜ橋が……」
ゼファーは理由が分からず、声を震わせながら首を横に振った。
魔王軍ではない。スート大橋を落とされないよう、橋の周囲は兵士達で固めてある。もちろん翼竜や飛空船でもない。空の監視も怠ってはいなかった。潜入を得意とする少数の刺客ならば、見逃すことがあるかもしれないが、橋のような大きな物を破壊することは、少数の兵士では出来ない。事前に大量の爆裂魔石を設置しなければ、ここまでの破壊は不可能だ。
「ねぇ、あれ」
ヘレンが対岸を指差す。そこには数人の兵士が、ハメイル王国の兵士達に取り囲まれ、殴打されていた。殴られている兵士は、身に付けている鎧からホヴォス連邦の兵士だと分かる。
尋常な様子ではない。殴打するハメイル王国の兵士達は、ホヴォス連邦の兵士を殺さんばかりの勢いだった。
「まさか……ホヴォス連邦が橋を落としたのか!」
ゼファーの脳裏に、最悪の予想がよぎった。
ホヴォス連邦のディモス将軍は、スート大橋に爆裂魔石を設置するよう主張していた。ロメリアが却下したが、無視して爆裂魔石を設置したのかもしれない。そして取り付けた兵士が魔王軍の接近に恐怖し、起爆装置を作動させて爆破したのだとしたら……。
ゼファーが側に立つレーリアを見る。ヘレンも同様の答えに至ったらしく、レーリアを驚きの目で見ていた。二人の視線に晒されたレーリアは、怒りに顔を歪める。
「あの、馬鹿!」
レーリアが呪詛のこもった瞳を、対岸にいるはずのディモス将軍へと向ける。
ゼファーはレーリアから視線を外した。すべては憶測でしかないし、仮に事実であったとしても、レーリアを恨むのは筋違いだ。彼女には預かり知らぬことだし、何より彼女自身、こちらに取り残された被害者だ。
ゼファーは今頃になって、ロメリアがすぐに爆裂魔石を設置しようとしなかった理由に気付いた。ロメリアはこの状況を恐れていたのだ。
「皆さん! 何があったのです」
爆発に気付いたロメリアが、防衛線から取って返し馬を降りてスート大橋の前に立つ。
やって来たのはロメリアだけではなかった。ヒュースを始めロメリア二十騎士が揃い、秘書官のシュピリや魔法兵隊長のクリートも、爆音に気付き集まって来る。そして崩壊したスート大橋を見て呆然とする。
ゼファーはロメリアの顔を見た。
これまでロメリアは驚くような方法で戦況を動かし、劣勢でも解決策を打ち出してきた。しかしいくら救国の聖女と呼ばれるロメリアでも、この状況はどうしようもないはずだ。
ゼファーが諦念と共にロメリアを見ると、さすがのロメリアも退路が断たれた状況に、ただただ驚いていた。
しかしそれもほんの一瞬のこと。ロメリアはすぐに顔を引き締めた。
「皆さん、ここを移動します。すぐに準備を!」
「しかしロメリア様。移動と言っても、どこへ?」
ゼファーは視線を彷徨わせた。逃げ込む先など、どこにもなかった。
「今から東にあるライオネル王国の陣地に移動します。あそこなら柵や土塁が残っています。ここで戦うよりはずっといいでしょう」
ロメリアは白く細い指を、東へと向ける。
確かに連合各国は魔王軍の攻撃に備え、各陣地を土塁や柵で覆い、守りを固めている。しかし魔王軍は数を減らしているとはいえ、十万体を超える大軍だ。一方こちらは六万人といったところ。多少の柵や土塁があっても、役に立つとは思えなかった。
だが唯一、思考された意見だった。ここにいる誰もが、目の前の現実に呆然とし、思考を完全に停止させていた。
ロメリアだけが考え、最善策を模索していたのだ。
ゼファーは自分を恥じた。自分は参謀としてここにいるのだ。参謀の仕事は頭を使って戦争を勝利に導くことにある。思考を止めることは許されない。
「オットー、カイル、ベン、ブライ。貴方達は歩兵部隊を率いて防衛線を構築し、南下してくる魔王軍と交戦しながら後退。グラン、ラグン。貴方達は弓兵を率いてオットー達の援護を」
ロメリアが北から来る魔王軍を指差す。
「ゼゼ、ジニ、ボレル、ガットの歩兵部隊は陣地に入り、柵を作り土塁を積み上げて陣地を少しでも強化してください。クリート魔法兵隊長。貴方も魔法兵と共に土塁の強化に協力して。グレン、ハンスの騎兵部隊は陣地前で待機。後退してきたオットー達を援護してください」
ロメリアは東のライオネル王国の陣地を指差す。そして次にゼファー達を見る。
「ヒュース様、ゼファー様、レーリア様、ヘレン様。すみませんが怪我人を連れてライオネル王国の陣地に移動してください」
「ロメリア様、我々も戦います。指揮下にお加えください」
ゼファーは片膝をついて頼み込んだ。
ロメリアにゼファーを命令する権限はないが、ここで指揮権を巡って争っていては全滅する。
「私も、協力する」
「我がヘイレント王国も、ロメリア様の命に従います」
レーリアとヘレンも、協力を名乗り出る。
「ありがとうございます。ではこのまま陣地へ移動し、東側の守りをお願いします」
ロメリアが東を指差し。ゼファーはライオネル王国の陣地を思い浮かべた。
ライオネル王国の陣地は円形丘陵の南に位置し、レーン川との間に存在する。
北はまだ水を湛えている円形丘陵、南はレーン川であるため、陣地に入れば退路が存在しない背水の陣となる。だが東と西からしか攻撃されないため。逃げられないが守りやすい。
「シュピリ秘書官。ヒュース様達を陣地に案内してさしあげてください」
ロメリアが秘書官に命令する。
「さぁ、動いてください。時間は限られています」
ロメリアが軽く手を叩く。音を合図に各自がそれぞれ動きはじめた。
ロメリア二十騎士が慌ただしく走りだし、レーリアとヘレンもマイスとベインズに命令を下す。ゼファーもライセルを呼び、指示を出そうとしたその時だった。
視界の端に、何か動く物が見えた。
見間違いかと思った。周囲は灰色の荒野が広がり、石や岩が転がっているだけだから。
しかし見間違いと思った瞬間、岩が動いた。
それは岩ではなかった。岩の模様が描かれた布で、布の下から一体の魔族が飛び出てくる。
魔王軍が放った刺客!
ゼファーはその存在に気付き、総毛が逆立った。
指揮官や将軍などを狙い、魔王軍が刺客を放ったのだ。刺客は手に小型の弩を持ち、構えると同時に狙いを定める。
魔族が狙うのは、純白の鎧に身を包む聖女ロメリア。
ロメリアの周囲には護衛と呼べる兵士はおらず、誰も魔族の存在に気付いていなかった。
「危ない!」
ゼファーが叫んだのは、弩から矢が発射されたのと同時だった。
ゴールデンウィークですし毎日更新は無理だけれど、ちょっと更新頻度上げます
次回は五月一日に更新予定




