第四十一話 暴君竜と王子
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瞬く間に魔王軍の兵士を倒したヒュースを見て、そばかす顔の兵士が歓声を上げた。
「悪い、とどめを頼む」
ヒュースは前線に向かいながら後ろを振り向き、兵士達に後始末を頼む。
兵士達は敵がまだ生きていることを思い出し、慌てて槍や剣を振るい、とどめを刺していく。
ヒュースは殺される魔族の悲鳴を背後に聞きながら、前へと進む。前線ではこれ以上突破されまいとヒューリオン王国の兵士達が奮戦しているが、一度開いた穴をすぐに閉じることは叶わず、さらに三体の魔族がヒュース目がけて向かって来る。
地面に落ちている弓と矢筒を見つけたヒュースは、剣を地面に突き刺し、弓と矢筒を拾う。
迫り来る魔王軍の兵士を見て、ヒュースは慌てず弓を構え、一呼吸置いて矢を放った。
放たれた矢は狙い違わず魔族の胸に突き刺さる。さらにヒュースは二本の矢を放つと、二体の魔族が次々に倒れる。
周りの兵士達が再度歓声を上げるも、ヒュースは気にせず四本目の矢を手に取る。
弓を構えるが、すぐに矢を放たない。じっくりと狙いを定める。ヒュースが弓越しに見つめるのは、前線で魔王軍の兵士に指示を出している魔族だった。
あれが魔王軍の部隊長と見たヒュースは、狙いを定めてそっと矢から指を離す。
放たれた矢はまっすぐに飛んでいき、兵士達を叱咤する魔族の眉間を貫く。
前線で指揮を執る部隊長が倒され、魔王軍の圧力が一時的に低下する。
「す、すごいですね。ヒュース王子がそれほどの腕前だったとは、知りませんでした」
そばかす顔の兵士は尊敬の眼差しで見るが、ヒュースは暗澹たる思いだった。
暗殺に怯えるヒュースにとって、自分の体を鍛えることは唯一の防衛手段であった。
狩りで遊びに耽っているふりをしながら、馬術や弓術に精を出し、誰も見ていないところで剣術の稽古を惜しまなかった。幸い剣や弓の才能はあったらしく、並の兵士よりは戦える。
だがこれはヒュースにとって切り札であり、必死に隠していた爪なのだ。これが兄弟達に知られれば、警戒され暗殺の標的になってしまうだろう。だが、今は目の前の問題だ。
「それよりも本陣の指揮官の中で、無事な奴を探せ。手の空いている者は癒し手を連れてこい!」
ヒュースは兵士達に命じ、倒れている兵士達の救出にあたらせる。
その間ヒュースは矢を放ち、迫り来る魔族を射貫く。矢筒の矢が無くなった頃には、軽傷の指揮官が数人見つかった。癒し手による治療も始まり、本陣の指揮機能は回復しつつある。撤退のめどは立ち始めていた
「おい、誰か馬を持ってこい!」
「う、馬ですか? 何をされるのですか!」
ヒュースが命じるとそばかす顔の兵士が、驚きながらも伝令用の馬を持ってきてくれる。
「撤退するにも、あれが邪魔だ」
ヒュースは、戦場で暴れ回る暴君竜を見る。
暴君竜は敵味方の区別なく暴れ回っており、暴君竜がいる限り安全に撤退など出来ない。
「しかし、いくらヒュース王子でも……」
「安心しろ、上手くやるさ」
「ちょっと待ってください、私も行きます」
馬に跨るヒュースを見て、そばかす顔の兵士は、自分も馬を調達してきて飛び乗る。
「死ぬかもしれないが、まぁいい。ところで名前は?」
「カトルです!」
「じゃぁカトル、付いてこい!」
ヒュースが馬を走らせると、カトルが慌てて追いかけてくる。
兵士達の間を馬で駆け抜け、ヒュースは暴君竜の背後から接近する。
今のヒュースに暴君竜を倒すことなど出来ない。いくら剣の腕前に自信があっても、怪物退治など無理だ。だがやりようはある。ギルデバランがその方法を教えてくれた。
「カトル! そのまま真っ直ぐ走って、囮になれ!」
「ええ⁉ そんな!」
カトルは悲鳴を上げたが指示に従い、暴君竜の前に出る。竜はカトルに食いつき追いかけ始める。その暴君竜をヒュースが追いかけ、右後脚に馬を寄せる。
暴君竜に接近したヒュースは、走る馬の鞍の上に立つ。馬術も剣や弓と同じく得手分野。この程度の曲芸乗りは朝飯前だ。
ヒュースは鞍を蹴って暴君竜の背中に飛び移る。一瞬落ちそうになったが、必死にしがみ付きよじ登ると、連なる峰のような背中が続き、首の根元に鞍が見えた。鞍には手綱代わりの鎖が引っかかっている。
暴君竜の背中を走り、ヒュースは鞍に飛び乗ると手綱を引いた。
手綱の先は釣り針のような金具が取り付けられており、暴君竜の口の端に引っ掛けられている。手綱を引くと口の肉が引かれ、暴君竜を操るように出来ているらしい。
「こっちだ!」
ヒュースが力一杯手綱を右に引くと、暴君竜が嫌がりヒュースを振り落とそうと暴れる。ヒュースは必死に鞍にしがみ付き手綱を操る。
「言うことを聞け、こっちだ!」
暴れる暴君竜を制御し、ヒュースは暴君竜を魔王軍の本陣に向ける。
「そうだ、そっちへ進め」
ヒュースが手綱を緩めると、暴君竜は真っ直ぐに魔王軍の本陣に向かって行く。
突進してくる暴君竜に、魔王軍の兵士達が慌てるがもう遅い。
ヒュースは暴君竜の背中で立ち上がり、全身の力で鎖の手綱を前に投げた。手綱はうまい具合に暴君竜の首に引っかかった。
これで次に暴君竜の背中に登る者がいても、手綱を掴むことが難しくなる。
「へへっ、行け行け、行っちまえ」
ヒュースは笑いながら、暴君竜から飛び降りた。
転げるように着地したヒュースは、土にまみれながら魔王軍の本陣を見る。視線の先では子供のように小さな魔族が、迫り来る暴君竜を見て何か喚いていたが、いい気味だった。
向かい来る暴君竜を止めようと、装甲竜に乗った魔族が立ち向かっていたが、巨大な暴君竜に踏み潰されていた。
踏み潰された装甲竜と魔族は、立ち上がっていたので残念ながら死んではいないようだが、太陽騎士団を倒したあの魔族はふらついていた。
死んだギルデバランや太陽騎士団の手向けにもならないが、一矢は報いたと言えるだろう。
「ヒュース王子?」
声をかけられヒュースが振り向くと、そこには鈴蘭の旗を掲げ、純白の鎧に身を包んだ女性がいた。言わずと知れた聖女ロメリアだ。彼女は背後に騎兵部隊を引き連れ、驚きの顔でヒュースを見ていた。
「ロメリア様! どうしてここに?」
「ヒューリオン王国の本陣が、爆撃を受けたのを見て救援に……しかしヒュース王子が暴君竜の背に乗っているとは……」
驚くヒュースに、ロメリアもまた驚きで返す。
「撤退をするのに暴君竜が邪魔でな、敵にぶつけてやった」
ヒュースが魔王軍の本陣を見ると、暴君竜に襲われて大混乱に陥っていた。
「ヒュース王子、今のうちに撤退しましょう。我が国も支援します」
「それは有難い、協力に感謝する」
ロメリアの申し出に礼を述べると、暴君竜から逃れたカトルがこちらに向かって来る。必要なことだったとはいえ、暴君竜の囮にしてしまった。あとで謝らないといけないだろう。
だがおかげで一息付ける。何とか撤退は出来るだろう。
ヒュースはフルグスク帝国の本陣を見た。月の紋章の下に立つ、銀髪の皇女と目が合った気がした。
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