第三十九話 小さな竜
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迫る太陽騎士団にギャミが覚悟を固めて見据えると、装甲竜に跨る矮躯がその視線を遮った。
「我こそは、ガリオスが七男! イザーク! 我が戦いぶりをとくと見よ!」
イザークが名乗りを上げ、装甲竜を走らせ単身突撃する。
対する太陽騎士団は怯みもせず、一騎が速度を上げ、槍を構えてイザークに立ち向かう。
イザークが二本の戦鎚を振りかぶるが、太陽騎士団の槍が先に命中し、鎧を貫きイザークの胸に突き刺さった。
討ち取られたイザークを見て、小鬼兵が息を漏らす。ギャミもたまらず顔をしかめた。
死を悼んだのではない。無駄に命を散らせたイザークの行動が我慢ならなかった。
参謀であるギャミにとって、効率こそが正義である。いかに効率よく敵と味方を殺すかが参謀の至上命題であり、犠牲的突撃など唾棄すべき愚行と言えた。
ギャミはもう、イザークのことを忘れようとした。だが胸を貫かれたイザークが動いた。右手に持った戦鎚を振り下ろし、自分の胸を貫いた騎兵の頭を兜ごと撃ち抜く。
殴られた騎兵は体を後ろにのけぞらせ、落馬し動かなくなる。一方槍を体に突き立てられたイザークは、槍を引き抜くと雄叫びを上げ、次の敵に襲いかかった。
後続の太陽騎士団は仲間が殺されたことに驚きつつも、すぐに槍を構えた二人の騎兵がイザークに向かって行く。
対するイザークは戦鎚を構えるも、初陣ゆえに経験が足りず間合いが甘い。二本の槍が体に深々と突き刺さる。明らかに致命傷のはずだが、イザークは痛みを感じないのか、二振りの戦鎚を振り下ろし、二人の騎兵の頭を砕く。
ギャミは自分が見ている光景が信じられなかった。
イザークは自分に突き刺さった槍を引き抜くと、何でもないと投げ捨て、次の敵に向かって行く。太陽騎士団は次々にイザークの体に槍を突き立てたが、イザークはまるで問題にせず、二本の戦鎚を振り回して暴れ回る。
敵を蹴散らすその姿は、ガリオスの戦いぶりをも彷彿とさせるものがあった。
イザークは間違いなくガリオスの息子である。しかしその体は父や兄弟とは違い小さかった。だがもしあの体の中に、ガリオスに匹敵する体格が凝縮されているのだとしたら、突き刺さった槍は筋肉で止まり、あらゆる攻撃は致命傷とならない。
「竜がもう一頭生まれたか!」
イザークの不死身の如き戦いぶりを見て、ギャミは拳を固めて叫んだ。
太陽騎士団は死なないイザークを相手にしていられないと、脇を通り抜けようとする。だが装甲竜が尻尾を振り、すり抜けようとした騎兵を打ち据える。
装甲竜は別名げんこつ竜とも呼ばれており、尻尾の先端には瘤のような塊が付いている。その一撃は岩をも砕くと言われている。尻尾の一撃に馬が吹き飛び、鎧がひしゃげる。イザークの二本の戦鎚に、三つ目が加わったようなものだった。しかしたった一体と一頭で、太陽騎士団全体を止めることは出来ない。太陽騎士団はイザークから大きく距離をとり、本陣に向かおうとする。
「ギャミ様! 矢を!」
イザークが振り向き、本陣にいるギャミに向かって叫ぶ。
「そうか! ゲドル三千竜将! 矢だ、矢を放て!」
「しかし、ギャミ様、前にはイザーク様が……」
「構わん。矢ではイザーク様は死なぬ。弓兵三射! イザーク様ごと打て」
ギャミの命令にゲドル三千竜将は驚くが、上官の命令には従い矢を放つよう指示する。
大量の矢がイザークと装甲竜、そして太陽騎士団に降り注ぐ。
装甲竜はその名の通り、全身を装甲の如き鱗に覆われており、瞼にすら矢が通らない。しかしイザークは、そのような鱗を持ってはいない。鎧は着ているが、矢は鎧を貫通し、鎧の隙間にも矢が突き立つ。だが背中に何本の矢を受けても、イザークは止まらない。降り注ぐ矢など小雨と言わんばかりに戦鎚を振り回す。
太陽騎士団は、矢とイザークの攻撃に阻まれ、前に進むことが出来なかった。
「弓兵はさらに三射! レギス千竜将! 竜騎兵だ! 弓兵の斉射が終わり次第突撃せよ。ただし一撃したら即座に離脱だ。またすぐに矢を放つ! いいな!」
「りょ、了解! 竜騎兵前進! 突撃準備!」
ギャミの命令に、レギス千竜将が慌てて獣脚竜の手綱を引く。
「目標、太陽騎士団。竜騎兵突撃! 跳べ!」
弓兵の三射目が終わると同時にレギスが号令し、竜騎兵が突撃し、そして一斉に跳躍した。
空から降ってくるような竜騎兵の攻撃に、太陽騎士団はすぐには対応出来なかった。爪で斬り裂かれ、最強を誇った騎士達が次々に倒れていく。
「退避! 退避!」
跳躍攻撃を行なったレギス千竜将は、即座に兵士に退避を命じて離脱を図る。
獣脚竜は二足歩行であるため、安定性は馬に劣る。だが旋回性と敏捷性は馬を大きく上回り、速やかな方向転換を可能としている。
潮が引くように退避する竜騎兵を、太陽騎士団が追いかけようとするが、イザークが阻む。
ギャミは目の前の光景に歓喜した。装甲竜、弓兵、竜騎兵の三段攻撃は、これまでにない組み立てだった。竜騎兵と弓だけでは、こうはいかなかっただろう。前線で敵を押しとどめ、矢をものともせずに暴れ回るイザークの存在が大きい。
もちろんイザークのような魔族は二体といない。だが代替は出来る。装甲竜を繁殖させ、騎乗する兵士には全身を鎧で覆い、背中には巨大な盾を背負わせればいい。イザークほど身軽には戦えないだろうが、数を揃えれば補える。
「弓兵三射! 終わり次第、竜騎兵は再突撃。太陽騎士団を踏み潰せ」
竜騎兵が退避したのを見て、ギャミは再度弓兵に攻撃を命じる。そして竜騎兵にも再度の突撃を命じた。
「ゲドル三千竜将、竜騎兵の突撃の後、小鬼兵を前進させよ! 太陽騎士団を殲滅するのだ」
新戦術の三段攻撃により太陽騎士団は半壊している。あとは歩兵で殲滅出来る。
「潮目が変わった。翼竜だ! 後方の森に待機させている全ての翼竜に爆撃を命じよ」
ギャミは伝令の兵士に指示を出す。
「はっ! して、目標は」
「ヒューリオン王国だ! あの旗をへし折れ!」
兵士の問いに、ギャミは太陽の旗を杖で指す。
伝令の兵士が、後方の翼竜部隊に命令を伝えに行く。しばらくすると森の中から五頭の翼竜が飛び立ち、ヒューリオン王国の本陣に向けて急降下爆撃を行う。
人間達はすでに翼竜への対策を始めており、急降下してくる翼竜に対して矢を放つ。
三頭の翼竜が矢に射られて墜落するも、二頭が爆撃に成功しヒューリオン王国の旗が倒れる。
「勝った!」
ギャミは会心の笑みを見せた。
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