第三十八話 イザークの悩み
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ガラルドとギルデバランの壮絶な相打ちを目撃し、両軍共に言葉をなくした。
「兄上……しかと見届けました。貴方はまさしくガリオスの子です……」
ギャミの側に立つイザークは、相打ちに持ち込んだ兄の最後に、拳を固め感動に震えていた。しかし参謀としてこの場にいるギャミには、感動に心奪われている余裕はない。
ガラルドがギルデバラン相手に相打ちに持ち込んだことは、正直助かったと言える。しかし大駒同士が潰し合っても、まだ勝利には届かない。
操る者がいなくなった暴君竜は、ただの獣となっていた。もともと無理やり調教された竜であるため、血に酔い一度魔族を食い始めれば、制御など出来ようはずもない。手当たり次第近くにいる者に襲いかかっている。
装甲巨人兵は率いる者がいないため、まとまりに欠ける。一方太陽騎士団は、ギルデバランの死に動揺するも、すぐに復讐に燃え始める。
一人一人が卓越した兵士である太陽騎士団は、ギルデバランが死してもまとまりを欠くことはない。ガラルドが率いてきた装甲巨人兵と戦いながら、ギャミ達がいる本陣を目指している。ギャミ達を皆殺しにし、戦争に勝利することで、仇討ちをなそうとしているのだ。
ギャミは息を吐いた。いずれ装甲巨人兵も突破される。復讐に燃える太陽騎士団を止める戦力が、今のギャミの手元にはない。
やはり駒が一枚足りなんだか……。
ギャミは自らの敗北を悟った。戦争が始まる前には、各国の将軍達に向けて刺客を放つという悪あがきもしたが、効果を発揮する前に勝敗がついてしまった。
敗北を悟ったギャミだが、思考はすでに次の段階に切り替わっている。ここでの戦争は負けてしまったが、ガンガルガ要塞の救援という初期目的は達成している。さらに連合軍にも大きな損害を与えているため、人間共もガンガルガ要塞攻略を続行出来ない。
「ギャ、ギャミよ。どうするのだ。どうすれば」
ダラス将軍が狼狽える。
「落ち着いてくださいダラス将軍。私が小鬼兵と竜騎兵を率いて時間を稼ぎます。将軍は残った兵を引き連れてお逃げください」
ギャミは落ち着いた声で撤退を提案した。
太陽騎士団が装甲巨人兵と交戦している今なら、まだ離脱は可能だ。
「しかし、ギャミよ、兵士が戦っているのに、将軍が逃げていいものか」
「いいから、早くお逃げください」
迷うダラス将軍を、ギャミは急かした。
参謀の仕事は、損害を少しでも減らすことにある。敗北が決まったのなら、さっさと逃げるべきだった。
「わ、分かった。では、あとは頼んだぞ」
ダラス将軍が踵を返し、護衛の兵士達と共に馬に乗り逃げていく。
ギャミが撤退戦の手順を思案していると、側に立つ影に気付き顔を上げた。そこにはガリオスの七男イザークが、背中に二振りの戦槌を担ぎ、装甲竜のルドと共に立っている。
「何をしているのです。イザーク様。貴方も早くお逃げください」
「そう言うギャミ様はどうされるおつもりですか?」
「私は参謀としての仕事があります。運がよければ、生き延びることも出来るでしょう」
「では私もご一緒します」
イザークは達観した顔を見せたが、ギャミは苛立った。
「何を言っているのです。早く逃げてください。貴方はガリオス閣下のお子なのですよ。このような場所で命を散らせてどうするのです」
「いいのです。ギャミ様はご存知なのでしょう。私は父上の子ではありません」
ギャミが自分を大事にするように話すと、イザークは悲しげな顔を見せた。
「せめて父の名を汚さぬよう、兄ガラルドと同じ戦場で、勇ましく戦って死のうと思います」
「まったく……貴方はそんなことを悩んでいたのですか」
青年の悩みの発露に対し、ギャミはため息で答えた。
「誰がそんなことを言ったのです」
「皆が言っています。私は体型からして父上とまったく似ていません」
イザークが両手を広げて、自分の体を示す。
「それはただの偶然です。貴方はガリオス閣下のお子で、間違いありません。私が保証します」
ギャミは呆れて答えた。
ガリオスの息子達は全員母親が違う。魔王ゼルギスの弟としての政略結婚であるが、婚姻のための結婚ではない。子供を作ることが目的の結婚なのだ。
最強の力を持つガリオスを、もう一体作る。
それは魔族にとって悲願であり、ガリオスと結婚して子を産むということは、一族だけではなく、魔族全体の期待を背負う行為なのだ。そこに不倫が入り込む余地はない。女の側もガリオスの子を産むため、熾烈な競争の末にその権利を勝ち取っている。
イザークの背が小さいのは、たまたまそう生まれ付いたというしかない。
「で、ですが、父は私に興味がありません。名前も兄達とは少し違います」
確かに他の兄弟は、ガリオスに似た名前が付けられていた。イザークだけは系統が違っていた。
「それは……すまないことをしましたね」
「なぜ、ギャミ様が謝るのです?」
「ガリオス閣下が考えられた名前の中から、私が選んだからですよ」
ギャミは苛立たしげに答えた。
「そもそも他のご兄弟の名前は、母方の親族が考えたもので、ガリオス閣下が名前を考えたのは、イザーク様だけだったと思いますよ」
ギャミは答えながら、遥か昔の記憶を思い出した。
常に戦地を転戦しているガリオスは、子供の誕生に立ち会えず、名前は母方の親族がガリオスにあやかって名付けた。ただイザークが誕生した時は、たまたまガリオスが戦地から戻っていたので、ガリオスが名前を考えたのだ。
だが一つを選ぶことが出来ず、紙に書いた候補をギャミに選べと言ってきたのだ。その時ギャミが床に落ちている一枚を見つけ、拾い上げた名前がイザークだった。
「別にイザーク様が期待されていない、ということはありませんよ」
ギャミは呆れながら答えた。
「……そうか、私は父上に愛されていたのですね」
自分の名前の秘密を知り、イザークは嬉しそうに語った。
ギャミはその言葉を聞き、それは違うと思った。
ガリオスが息子達を、愛しているかといえば疑問だ。そもそも戦い以外に興味のない男である。イザークを含め息子達全員に、期待もしていなければ愛してもいないだろう。
だが余計なことを言わない程度の良識は、ギャミにもあった。
「ええ、そうです。ですので、早くお逃げください」
ギャミは逃げるように促したが、イザークは動かなかった。
「いえ、そう言うギャミ様こそお逃げください。貴方こそ、これからの魔王軍に必要です」
イザークは装甲竜のルドに跨り、背中に担いでいた二本の戦鎚を引き抜き構える。
「ああ、もう。なら好きにしてください」
ギャミは説得を諦めた。
前を見れば太陽騎士団はガラルドの装甲巨人兵を突破し、本陣に向かって来ていた。もはや逃げることは叶わない。それにギャミは小鬼兵や竜騎兵を指揮しなければいけない。青年の自己犠牲精神に付き合っている余裕はなかった。
ギャミはゲドル三千竜将に命じ、小鬼兵の歩兵千体を前方に置き、レギス千竜将率いる竜騎兵を二つに分けてその両脇に並べる。さらに小鬼兵の弓兵二千体を歩兵の後ろに並べた。
イザークが装甲竜のルドに跨り、歩兵達の前に出る。どうやら最前線で戦いたいらしい。
初陣のイザークが、太陽騎士団に敵うわけがない。一撃で殺されてしまうだろう。だがどうせどこにいても結果は同じと考え、ギャミは好きにさせることにした。
馬に乗る太陽騎士団が、矢のような突撃陣形を保ちながら、真っ直ぐギャミ達のいる本陣に向けて走って来る。
ギャミは息を吐き、覚悟を固めた。
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