第三十七話 太陽の騎士とガリオスの嫡子
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魔王軍特務参謀のギャミは、迫りくるヒューリオン王国の太陽騎士団を止めることが出来なかった。
一人一人が卓越した兵士である太陽騎士団には、明確な対処法というものがない。最善策は強固な陣形を形成し、動きを止めて数で圧殺することだった。だが先陣を駆けるギルデバランが、どれほど強固な陣形を作り上げても突破してしまう。
ギルデバランを止めなければ、太陽騎士団は止められない。しかし強大な個の力を持つギルデバランを相手にするには、数の力ではなく同じく大きな個の力が必要だった。
ガリオスの六男ガリスが棘竜で挑んだが、一撃で倒されてしまった。さらにガリスが率いていた装甲巨人兵も、ギルデバランに為す術もなく倒されていく。
ガリオスがいれば……。
ギャミの脳裏には、部屋に籠るガリオスの顔が浮かんだが、ここにいない者には頼れない。
ギルデバランの進撃は止まらず、ついに装甲巨人兵の防御を突破した。
「ギャミよ、ど、どうするのだ」
指揮官であるダラス将軍が、声を震えさせる。
残された戦力は、予備兵として本陣に残した小鬼兵が三千体に竜騎兵が千体のみ。あとは兄達に引っ込んでいろと言われたイザークが、装甲竜のルドと共にいるだけである。
ギルデバランの野獣の如き眼が、本陣にいるギャミ達を捉える。
その時戦場の中央から、暴君竜が咆哮を上げて現れた。
「ガラルド様か!」
ギャミは暴君竜の背に乗るガラルドに驚く。
ガラルドの配置は戦場の中央、ヘイレント王国の攻撃が担当だった。しかし本陣の危機に気付き、装甲巨人兵と共に戻ってきたのだ。
暴君竜が咆哮を上げ、装甲巨人兵が太陽騎士団の行く手を阻む。
ガラルドは竜の背で弓を引き絞り、ギルデバランに向かって放つ。ギルデバランは大剣を掲げ、剣の腹で流星の如き矢を受けた。
暴君竜が巨大な口を開き、無数の牙を見せてギルデバランに襲いかかった。普通の兵士ならば恐怖のあまり身がすくむ光景だが、ギルデバランの闘志は衰えない。むしろ馬の腹を蹴り、大剣を掲げて暴君竜に向かって行く。
暴君竜の牙に対して、ギルデバランが大剣を振り抜こうとしたが、その瞬間を狙ってガラルドが矢を放つ。ギルデバランは即座に大剣を返して矢を弾くが、そこに竜の牙が襲いかかる。ギルデバランは身をかがめ、紙一重で死の牙から逃れた。
ガラルドは鞍に取り付けた矢筒から、矢を引き抜く。
暴君竜の鞍にはガラルド愛用の棍棒だけでなく、四つの矢筒が取り付けられており、矢は潤沢。次々にギルデバランに向かって矢を放っていく。
矢を放つガラルドがいる限り、暴君竜は落とせない。そう考えたギルデバランは大剣を背にしまい、馬を操り暴君竜の右後方に付ける。
ガラルドは暴君竜を走らせながら身をねじり、後ろに付いたギルデバランを弓で狙おうとしたが、その場所は竜の巨体が邪魔になるため、狙いを付けることが出来ない。
死角に入ったギルデバランは竜の尻尾を掻い潜り、暴君竜の巨大な左後脚に馬を寄せる。そしてあぶみから足を外すと、疾走する馬の鞍の上に立ち、真上に飛び上がった。
その巨体からは信じられぬ跳躍を見せたギルデバランは、暴君竜の体に飛び付き、硬い鱗を掴んでよじ登る。ギルデバランを探していたガラルドは、竜の背中を登って来るギルデバランを見て驚くも、弓を鋼鉄の棍棒に持ち替えて、鞍から立ち上がった。
ガラルドとギルデバランが、暴君竜の背の上で対峙する。
暴君竜の背中は峰のように隆起しており、平らな場所などどこにもない。さらに両者が構える武器は、片や棍棒、片や大剣である。いずれも不安定な足場で操るには不向きの大型武器だが、幾多の戦場を乗り越えてきた一体と一人は、まるで平地の如く棍棒と大剣を振り抜く。
風を斬り裂く二つの武器が、竜の背の上で激突する。
棍棒と大剣が火花を散らし、戦場に轟音が響き渡る。
両者の力は拮抗し、棍棒と大剣が弾かれる。ガラルドが父譲りの体格で棍棒を振り下ろすと、ギルデバランは熟達した剣技で大剣を操り棍棒をはじき返す。
戦場に幾多の火花が生まれては散る。手綱を握る者がいなくなった暴君竜は血に飢え、動くものは全てが獲物と咆哮を上げて、装甲巨人兵にも太陽騎士団にも襲いかかる。
火花と轟音、破壊と斬撃、咆哮と血飛沫が飛び交う。何十合と棍棒と刃が打ち合わされた。
当初は互角の勝負を繰り広げていた、ガラルドとギルデバランであったが、徐々にガラルドが押され始めた。体格や力では、ガラルドが勝っていた。だが太陽騎士団を率いて強敵と渡り合ってきたギルデバランはまさに百戦錬磨。経験と技術がガラルドを上回っていた。
ガラルドの握る棍棒が、ギルデバランの大剣に弾かれて宙を舞う。
武器を失ったガラルドに、ギルデバランが大剣を煌めかせ振り下ろした。
ガラルドは左腕を掲げて防ごうとするも、ギルデバランの大剣は掲げた左腕を両断し、ガラルドの左肩から胸に深々と食い込む。
「ああっ、兄上!」
イザークが斬られた兄を見て悲鳴を上げ、ギャミは目を瞑り唸る。
やはり父ガリオスのようにはなれなかったかと、ギャミは首を横に振った。
魔王ゼルギスとその弟ガリオス。この二体は魔族の中でも傑出した力を持ち、他の追随を許さない。突然変異と言ってもいい存在であった。
血縁であってもゼルギスやガリオスのようになるわけではない。ギャミもそれは分かっていたが、心のどこかでは期待していたのだ。
瞑目するギャミの耳を、咆哮が貫く。
声を上げたのは、胸に大剣を食い込ませているガラルドだった。
肺を切り裂かれ、心臓にも届こうという深手を負いながらも、ガラルドは吼え、断ち切られた左腕を大剣に絡め、右手でギルデバランの鎧を掴む。
「我はガリオスの子! ガラルド! ただでは死なぬ! 竜よ! 我を糧とせよ!」
ガラルドの叫びは魔族の言語エノルク語であったため、ギルデバランは理解しなかっただろう。だが何をしようとしているのかは即座に理解し、振り解こうともがく。だがガラルドは逃さず、ギルデバランもろとも竜の背から身を投げ出した。
「魔王軍に勝利を!」
ガラルドが叫び、声に反応して暴君竜が顔を向ける。
元々が人にも魔族にも慣れぬ竜。血に酔い手綱を握る者がいなければ、敵と味方の区別はない。飛び降りてきたガラルドとギルデバランに対して、反射的に首を伸ばして食らい付く。
「はなせぇぇぇょ!」
暴君竜に下半身を噛みつかれたギルデバランが、右手に短剣を持ち、竜の口に突き刺す。
だが暴君竜は痛痒にも感じぬと、大きな首を跳ね上げ、牙に引っかかるギルデバランとガラルドを空中に放り上げる。そして落下してくる一人と一体を丸ごと口に収めた。
ギルデバランの足掻きの声は暴君竜の口の中からも聞こえたが、やがて悲鳴へと変わり、骨を砕く咀嚼音だけが戦場に響く。
暴君竜が口を動かし、牙に引っかかっていた物を吐き出す。それはギルデバランが身に着けていた黄金の兜だった。
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なので明日も更新します。
また数日間は連続投降しようと思うのでよろしくお願いします。