第三話 三年ぶりの帰郷
魔導船に乗り込んで一ヵ月、それは言葉にする以上にきつい日々だった。
来るときは運ばれる奴隷の中に紛れていればよかったので、比較的に楽だったが、今回は魔王軍の目を盗まなければいけなかった。
同じように密航し、故郷に戻ろうとする人もいるので、魔王軍も密航者には警戒している。警備の目を盗みながら食料をくすね、飲み水を集める生活は想像以上にきつかった。
幸い魔王軍は大量の移民を私たちの大陸に送り込み、本格的な領土化に乗り出していた。彼らの行動は予測がつかず、私たちもひやりとする場面があったが、彼らもまた私たちと同じように、物資をくすねていたので、私たちの盗みが明らかになることはなかった。
そしていくつもの嵐を乗り越え、ついに私たちの祖国、アクシス大陸の大地が見えた。
ようやく故郷の大地に帰ってこられたが、ここも安全とは程遠かった。
魔王軍によって滅ぼされたこの土地を、魔王軍は支配地域として確立すべく、移民を募り町が作られ、新たな防衛施設が建造されていた。
ここでも私たちを助けてくれたのは、奴隷として働かされている人たちだった。
彼らは私たちを匿い、逃げる算段をつけてくれた。
さらに魔王の死を各国に告げるため、命がけで脱出し、私たちの目を追手から遠ざけてくれた。
彼らの尽力のおかげで、私たちは辛くも魔王の支配地域から逃れ、祖国であるライオネル王国の国境に入ることが出来た。
国境近くの町にまでたどり着き、王子が身分と魔王打倒の報告を町長に告げると、大騒ぎとなった。
すでにアンリ王子が魔王ゼルギスを討伐したことは、逃走した人たちから伝わり噂になっており、噂が真実だったのだと誰もが驚いた。
すぐに伝令の馬が走り、送迎と護衛のために王国の騎士団がやってくることとなった。
町長は迎えの騎士団が来るまで、ぜひ館で逗留してほしいと頼み、王子もそれに応えた。
「これでお別れですね」
町長が離れた隙に、私は王子に別れを切り出した。身の安全は確保され、旅は終わったとみていい。なら一緒に行動する理由はない。
「ん? あっ、ああ、そうだな。そうだった」
どうやら魔王を倒した後に、自分から言い出したことを忘れていたようだ。
「私も王都に用がありますので、一緒に帰ることとなります。ですが凱旋には参加せず目立たぬようにしますのでご安心を。魔王の首に王冠。杖、指輪に首飾りは戦利品として王子がお持ち帰りください。それ以外の品は私がもらってもよろしいですか?」
印璽やそのほか手に入れた物のことを、王子たちは知らないので、これは有効活用させてもらおう。
「あっ、ああ。構わない」
「あと、残った路銀もすみませんがいただきます。私がここに泊まるわけにはいきませんので」
王子たちと共に、町長の館で歓待を受けるわけにはいかない。町の安宿に泊まるとしよう。残った路銀は少ない。こちらも使いを出して、お父様にお金を送ってもらわないといけない。
「な、なぁ、ロメリア」
頭の中でこれからの算段をつけていると、王子が声をかける。
「何か?」
引継ぎはすべてすましたと思うが、何か残っていただろうか?
「! いや、何でもない!」
王子はなぜか声を荒らげ行ってしまった。私は首を傾げたあと、王子に背を向けて歩みだした。
これが私たちの別れとなった。
「さてと、それじゃぁ。動きますか」
王子と別れた後、安宿に移動した私は、早速行動を開始した。
この大陸にはまだ魔王軍が数多く残っている。王子は自分が倒すと言っていたが、あまりあてにはできない。もちろん王子がうまくやれればそれが一番だが、失敗した時のことを考えると、私も動くべきだろう。
この三年間、王子たちと旅をして多くのことを経験した。旅の最中では、王子を立てたりとあまり生かせなかったが、これからは自由にできる。
本当は王妃となってからやるつもりだったが、婚約が破棄された今、一から自分でやることになった。
「急がないとね、まずはお手紙大作戦」
まずは紙を買い集め、あちこちに手紙を書いた。
最初に手紙を送る相手は王宮だ。魔王を倒したときに手に入れた書類と印璽を郵送する。
王子に渡してもよかったが、王子は忘れる可能性もあるため、有効に使えると思しき人物に送る必要があった
そして魔王軍の兵士を捕らえ、魔王の死を伝え、この書類や印璽を押した書類を持ち帰らせるように提言した。
私たちが魔大陸から逃れた時点で、まだ魔王の死は公表されていなかった。しかし隠し通せるものではない。いずれ魔大陸では混乱が起きるだろう。そうなれば後釜を決める争いが起き、魔導船の定期便も途絶することが予想される。
この大陸に侵略してきている魔王軍に、魔王の死が伝わるのはそれよりも時間がかかるだろう。末端の兵士にまで知れ渡るにはさらに時間を要する。少しでも魔王の死を早く広めるためには、魔族を生かして捕らえ、魔王の死を教えてやるべきだ。
もちろん敵の指揮官はこれを虚報であると、封じ込めようとするだろうから、説得力のある材料を持たせて、兵士の間に魔王の死を広めてやらねばならない。
船の道中、考える時間だけはあったので、思いつく限りの方法を、さも王子が思いついたように書き連ねておいた。
さらに王宮がこの提言を無視する可能性があるので、他の有力貴族や前線で戦う将軍あてにも同様のものを分けて送っておく。
「これで良し、これで全部かな?」
大体考えていたことはすべてやったつもりだ。しかし何か忘れているような気がする。何だっけ?
しばらく迷って、実家に手紙を送る事を思い出した。
「そうだった、生存報告とお金送ってもらわないと。あと婚約破棄されたことも伝えないとね」
大事なことを忘れていた。文面どうしよう。
さっきまであれほどすらすらと走っていたペンが止まり、最初の一行で悩む。
切り出しを散々迷った挙句、型通りのあいさつと短い事務連絡。そして定型文で締めくくった。
三年ぶりの手紙とは思えないひどい手紙だが、これで許してもらおう。
手紙を送った後は何日か逗留し、これまでの疲れを癒していると、騎士団の列が町にやってきた。
数千の騎士団の精鋭が王子を出迎え、王都に向け凱旋帰国となった。
王子は騎士団が持ってきた煌びやかな鎧に身を包み、白馬にまたがっていた。その姿はまさに絵巻物から抜け出てきた英雄のようだった。
ほかの三人も、ドレスや衣装が与えられ、屋根が取り払われた豪華な馬車に乗り、凱旋となった。
私もお父様から手紙とお金が届き、それで一番安い馬車を用立てた。手紙は私の手紙と同様短いもので、とにかく王都で会いたいとだけ書かれていた。
王子たちの凱旋は、それはもうすべての国民に祝福された。行く先々で人々の列が途切れることはなく、考えうる限りの称賛の言葉を浴びた。
私は王子たちの凱旋には付き合っていられないので、途中で追い越して先を進んだ。
行く先々でも歓迎の準備が進んでおり、英雄の帰還を喜ぶ民衆の喜びが実感できた。
そして準備が進む街道を先行し、王都にまでたどり着いた。
王都にあるグラハム伯爵家の前で馬車を止めてもらい、そびえたつ館を見る。
大きな門に壮麗な庭が続き、そしてまっすぐな道の先に、左右対称の館が両手を広げるように建っていた。
三年ぶりの我が家だ。
次回投稿は九月四日を予定