第三十六話 フルグスクの皇女
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フルグスク帝国の皇女グーデリアは、激しい頭痛に顔をしかめた。
円形丘陵から流れ出た水から連合軍を救うため、大量の魔力を消耗した代償は大きかった。しかしその甲斐あって、連合軍を全滅から救えた。
戦場の左翼を見れば、ロメリア率いるライオネル王国がいち早く連合軍の危機を察知し、ホヴォス連邦とヘイレント王国の支援に動いていた。支援がうまくいけば、中央は持ちこたえられそうだった。
「兵士の動揺を鎮めよ、戦線を押し上げよ! 兵士を前進させるのだ」
グーデリアは痛む頭を押さえながら、兵士に命じる。
戦場を見ると、これまで後方に控えていた三本角竜が動きだし、雄牛の如き速度で爆走して兵士達を蹴散らしている。
三本角竜に跨る魔族は、三色に輝く杖を振りかざし、逃げ惑う兵士達を追い立てる。
「おのれ、蜥蜴ごときが! 我が兵士を!」
グーデリアは魔法で仕留めようと右手を伸ばしたが、魔力の枯渇により魔法が発動せず、さらに激しい頭痛を引き起こしただけだった。
頭を抱えうずくまるグーデリアに、侍従や兵士が駆け寄る。
心配はありがたいが、グーデリアは差し伸べられた手を払った。弱っているところを兵士に見られれば士気に関わる。
「私のことは構うな。それよりもあの竜を討て! 月光騎士団に討伐させよ」
グーデリアは前線で暴れ回る、三本角竜を指差す。
命令に応じ、月光騎士団が三本角竜に狙いを定め、水晶の剣を向けて一斉に光の魔法を放つ。
だが三本角竜に光の矢が当たる直前、青白い光の壁が生まれ、魔法をかき消してしまう。
「魔法壁か!」
グーデリアが三本角竜を見ると、背中に乗る魔族が杖を掲げていた。杖の先端には白、緑、黄色の魔石が取り付けられており、白い魔石が光り輝き、魔法壁を発生させていた。
月光騎士団は必殺の光の魔法による先制攻撃を防がれ、三本角竜の突進を止められず、数人の騎士が吹き飛ばされる。
「月光騎士団は下がれ! 弓だ、矢であの魔族を射よ」
グーデリアは弓兵に命じた。魔法壁で魔法は防げても矢は防げない。
弓兵達が一斉に矢を放つが、だが降り注ぐ矢に対し、三本角竜の背に乗る魔族が杖を掲げた。すると緑の魔石が輝き、杖から突風が吹き荒れ、降り注ぐ矢を弾き飛ばした。
「おのれ、風魔法か!」
月光騎士団も矢も通じないのを見て、グーデリアは歯噛みする。
「ならば騎兵で足止めをして、歩兵で圧殺せよ。犠牲を出してでもあの竜を倒せ!」
グーデリアは兵を叱咤する。
騎兵部隊が馬を駆り、槍を構えて三本角竜に接近する。
フルグスク帝国の騎兵達は自らの体を武器として、三本角竜の突進を止めるつもりだった。
だが命懸けの攻撃を行う騎兵達を前に、三本角竜に乗る魔族は、今度は杖に取り付けた黄色い魔石を輝かせる。すると杖からは網のような紫電が放たれ、突進する騎兵達に降り注ぐ。
グーデリアの目から見て、魔族が放った電撃魔法は大した魔法ではなかった。体を痺れさせはするだろうが、命を取るほどではない。決死の覚悟を固めた兵士ならば十分に耐えられるものだ。
だが兵士は覚悟により耐えることが出来ても、彼らが乗る馬は違う。突然の電撃により足並みが乱れる。そこに三本角竜が角を振りかざし、騎士達を蹴散らしていく。
「おのれ、あの程度の使い手にやられるとは!」
グーデリアは唇を噛み締めた。自分が万全の状態であれば、あの程度の使い手と竜など、一撃で仕留めることが出来た。だが温存しておきたかった切り札を、序盤で使わされたことが響いている。
「月光騎士団に、敵の戦列を突破させよ」
グーデリアは倒しにくい三本角竜を一旦無視し、前進する魔王軍の装甲巨人兵を指差した。
三本角竜と連動して、重装備に身を固めた装甲巨人兵が、前進を開始していた。
最強と名高き月光騎士団は、グーデリアの手足の如く動き、接近する装甲巨人兵に水晶の剣を向ける。一斉に光の矢が放たれたが、装甲巨人兵の前に青白い光の壁が生まれ、またしても光の魔法をかき消す。
装甲巨人兵の後ろには、ローブを着た魔法兵が並んでいた。手に持つ杖の先端には白い魔石が取り付けられ、光を放ち魔法壁を展開している。
「ここでもか!」
グーデリアは顔をしかめた。
魔法壁に守られた魔王軍の装甲巨人兵達が、盾を掲げて突進し、月光騎士団に体当たりを仕掛けてくる。月光騎士団は再度光の魔法を放ち、盾による突撃を防ごうとする。
光の矢の斉射により、何体かの魔族が倒れたものの、全ての突進を止めることが出来ず、体当たりを受けた兵士が落馬し、接近戦に持ち込まれる。
月光騎士団は水晶の剣で反撃したが、必勝戦法を封じられ、互角の戦いとなってしまう。
グーデリアは己の不覚を悟った。
魔王軍は月光騎士団の対策をとってきている。このままでは、負けることはなくとも勝つことは出来ない。手元に残った予備兵を投入すれば、混戦に陥った月光騎士団を救えるが……。
「予備兵を動員せよ、右翼にいるヒューリオン王国を援護するのだ」
グーデリアは残された予備兵を、自国の前線ではなく、仇敵とも言える国の援護に使用することを決定した。
「ヒューリオン王国を助けるのですか!」
本陣に控える兵士が、グーデリアの決定に異を唱える。
「もはやそれ以外に勝ち筋がない!」
グーデリアは、異を唱えた兵士を一喝した。
既にこの戦い、半分負けることが決定している。堤防が破壊されて、ガンガルガ要塞の水攻めは維持出来ない。連合軍の初期目的は達成不可能となっていた。
連合軍の戦略的敗北は、すでに決まっている。だがまだ別の勝ち目が残っていた。
この戦いで勝利し、援軍としてやって来た魔王軍を殲滅する。ガンガルガ要塞は落とせないが、戦争そのものには勝利することが出来る。
そのためには敵陣を突破し、魔王軍の本陣を討つことが絶対条件。月光騎士団が封じられた今、残るはヒューリオン王国の太陽騎士団に賭けるしかなかった。
ヒュース……。
グーデリアはヒューリオン王国にいる、第三王子の顔を思い浮かべた。
幼少期を一緒に過ごしたヒュースのことを、グーデリアは本当の家族のように愛していた。
あまり無理はするなよ。
グーデリアは心の中で、愛する者を案じた。
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