第三十五話 考える人と伝える人
ロメリア戦記コミックス第二巻発売記念更新
勝利したグレンを見て、私は拳を固める。
グレンはアル達にはまだ及ばないものの、日に日に力を付けてきている。今後も成長が期待出来た。
強敵を相手に完勝したグレンは、槍を引き抜いて魔族の死体を下に落とす。そして自分が乗る雷竜を見た。
「しまった。魔族を倒したはいいが、こんなデカいの、どうやって倒せばいいんだ」
改めて雷竜を見たグレンは、その大きさに今さら驚き、倒す方法が無いことに気付き慌てた。
「グレン、慌てないで。倒し方はあるよ」
声をかけられたグレンが振り向くと、そこにはハンスが立っていた。グレンが戦っている最中に、雷竜の体をよじ登っていたのだ。
「なんだ、ハンス。いたならあの魔族を倒すのを手伝えよ」
「邪魔したら悪いかなと思って」
「この竜を早く倒そうって言っていたのはお前だろ」
「そうだった、いい物があるよ」
グレンが非難の目を向けと、ハンスは私が渡したポーチを掲げた。
「ロメリア様の爆裂魔石か」
中身を言い当てたグレンの前で、ハンスはポーチを開けて、布が巻かれた五つの爆裂魔石を取り出す。ハンスは石に巻かれた布を外し、さらに安全装置である呪符も外してポーチに詰め直す。
「これで準備出来た。あとはこれを竜にぶつければ中身が割れて爆発するけれど、普通に爆発させただけじゃぁ、この竜は倒せないだろうね。急所を狙わないと」
「失敗するなよ」
グレンが手に持つ槍を半回転させて、穂先を下に向ける。そして雷竜の背中に突き刺す。
雷竜が大きな首を旋回させ、背中に槍を突き立てるグレンを見る。竜は怒りの形相を浮かべて、グレンに襲いかかった。
グレンが槍を引き抜いて背中から飛び降りる。だがハンスは逃げずにその場に留まる。
標的をグレンからハンスに切り替えた雷竜が、巨大な口で呑み込もうとする。ハンスは自分よりも巨大な顔の接近に対し、怯えるどころか限界まで引き付けて、手に持つポーチを雷竜の口に投擲した。そして投げると同時に自身は跳躍し、雷竜の鼻と頭を足場にして飛び上がる。空中を舞うハンスは一回転をして、大きな弧を描きながら地面に着地した。
ハンスを逃した雷竜が、口惜しげに歯軋りする。直後、ハンスが投げ込んだ爆裂魔石が破裂し、雷竜の顔が吹き飛んだ。
頭を吹き飛ばされた雷竜の体が、ゆっくりと左に傾く。
「退避! 退避!」
私は兵士達に逃げるように指示する。周囲にいた人も魔族も、慌ててその場から離れて退避した。雷竜の巨体が倒れ、大きな音と地響きが戦場に響き渡る。
退避は間に合い、雷竜の下敷きになった兵士は敵味方共にいなかった。
「すごい……本当に倒した」
レーリア公女が感嘆の声を上げる。
私は周囲に目を向けると、雷竜が倒されたことに魔王軍は浮足立っている。
「やったわね、ロメリア様。これで……」
「いえ、まだです。ホヴォス連邦の兵士を指揮出来る人間を探さないと」
喜ぶレーリア公女に水を差したくなかったが、状況はまだ好転していなかった。
ディモス将軍が離脱した今、指揮を執る人間がおらず、ホヴォス連邦の兵士達はまとまりがない。身体能力で勝る魔王軍を相手にするには、陣形を組み、集団で当たらねば勝てない。
「指揮なんて、貴方が執ればいいじゃない」
「それは無理です。他国の人間の言葉など、誰も聞いてくれません」
レーリア公女の言葉に、私は首を横に振った。
軍隊には指揮権があり、兵士は上官の命令を聞くように訓練されている。ホヴォス連邦の軍人でなければ、話も聞いてもらえないだろう。
「そんな、こんな状況で……ちょっと、そこの貴方。ホヴォス連邦の兵士でしょ。ロメリア様の言うことを聞きなさい。助かりたいのでしょ!」
レーリア公女がたまたま近くにいたホヴォス連邦の兵士を捕まえて言うことを聞かせようとするが、兵士は相手にしていられないと言わんばかりに返事もせずに行ってしまう。
「何よ、あの態度は、私は……公女なのよ」
落ち込むレーリア公女だが、末端の兵士は貴族の令嬢の顔なんて知らないのだ。
「残っているホヴォス連邦の指揮官を探しましょう。一人ぐらいはいるはずです」
私はホヴォス連邦の兵士が、集まっている場所を探した。
混乱に陥れば兵士は指揮官に元に集まる。兵士が多くいる場所に、指揮官が残っている。
「あった!」
私は魔王軍とホヴォス連邦の軍勢が入り乱れる中で、千人ほどの部隊が集まり、魔王軍の攻撃に抵抗しているのが見えた。あそこになら、指揮が取れる兵士がいるかもしれない。
「グレン、ハンス。来て下さい」
私は竜退治を成し遂げた、ロメ隊の二人を呼び寄せる。
「あそこに、魔王軍と交戦している部隊があります。救出に行きますよ!」
駆け寄って来た二人に対し、私が戦場を指差した。指の先には数百人ほどの兵士達が、魔王軍と激しく戦っていた。
「待ってくださいロメリア様!」
馬を駆り突撃する私に、グレンが慌てて兵士と共に追いかけてくる。
魔王軍と戦う兵士達は、斧を持つ兵士を先頭に善戦していた。魔王軍は私達に気付いておらず、無防備な背中を見せている。私はその背中に突撃した。
グレンは敵を薙ぎ倒し、その脇をハンスが固める。二人は次々に魔族を倒していく。
「皆さん、無事ですか! え? マイスさん? それにガンブ将軍!」
私は敵の排除をグレン達に任せ、魔王軍と交戦していた兵士達を見ると驚いた。そこにはホヴォス連邦の兵士だけではなく、ヘイレント王国の兵士もいたからだ。
斧を振り戦っていたのは、傭兵上がりの女戦士のマイスだった。そしてヘイレント王国の兵士に囲まれ、長い髭を持つガンブ将軍が横たわっている。ガンブ将軍は敵にやられたのか、腹部から血を流しており意識が無い。
「マイス! どうして貴方ここに」
「私はディモス将軍に置いていかれて、追いかけようとしたらこの爺さんが流されてきて、見捨てることも出来ないから」
レーリア公女も驚きながら問うと、マイスは頬を掻きながら説明する。
「そういう姫様こそ、どうしてロメリア様と?」
「それは……いろいろあったのよ」
私の馬の後ろに乗るレーリア公女を見て、マイスが不思議そうな顔をする。だがこの状況をどう説明していいのか、私にもレーリア公女にも分からない。
「そんなことよりマイス! 貴方、名の通った戦士なのですよね」
何を思いついたのか、レーリア公女は馬から飛び降りマイスに駆け寄る。
たしか女戦士マイスは、ホヴォス連邦を侵略しに来た魔王軍との決戦で、魔王軍を率いる大将軍と戦い、片腕を斬り落としたと言われている。その実力を疑う者はいないだろう。
「マイス。貴方、ホヴォス連邦の兵士を率いなさい」
「私が? 無理です姫様! 私に指揮権なんてないし、兵を指揮したこともないから、何をすればいいのかも……」
「貴方にそこまで期待していません。作戦は別の人が考えます」
「誰が作戦を考えるんです? 姫様ですか?」
「私にそんなこと、出来るわけがないでしょう」
マイスがレーリア公女を見たが、レーリア公女の視線は私に向けられた。
「え? 私が考えるのですか?」
「今この場で指揮したことがあるのは、貴方だけです。どうすればいいのか教えてください」
私は驚くが、レーリア公女は早くしろと目を向ける。
「ええっと……ではここにホヴォス連邦の旗を立てて、防衛線を築いてください。兵士を派遣して、孤立している味方を救出してください」
私は現状を挽回するために必要なことを言うと、レーリア公女が頷く。
「ではマイス。貴方に命令します。ホヴォス連邦の旗を立てて、ここに防衛線を築きなさい。兵士を出して、孤立している味方を救出してください」
レーリア公女は、胸を張って堂々と命令した。
「あー姫様。それはさすがに……他国の人間の命令を聞くわけには……」
「なら貴方が作戦を考えてくれますか? 貴方が考えてくれるのなら、それでもいいのですよ」
渋るマイスを、レーリア公女がマイスに作戦を考えろと見返す。
突然選択を迫られ、マイスの顔が苦渋に歪む。しかし表情はすぐに一変し、晴れ晴れとしたものになった。私はこの顔を知っている。これは考えることを放棄した者が見せる顔だ。
「よし、ここに防衛線を築くぞ! 誰か旗を捜してこい! 兵士を送り出して孤立している味方を助けに行け!」
マイスは堂々とした声で、周りの兵士に命令を下す。
正直、レーリア公女とマイスのやり取りは呆れるしかない。だがこれで指揮系統が回復し、兵士も助かるのだからよしとする。
ホヴォス連邦の問題を片付けたレーリア公女は、今度は意識のないガンブ将軍と、周囲にいるヘイレント王国の兵士達を見る。
「ヘイレント王国の方ですね。貴方達もホヴォス連邦と協力してください」
「しかし、我々はこの場を離れるわけには……ガンブ将軍の最後の命令が……」
レーリア公女がヘイレント王国の兵士に声をかけるが、兵士は意識のないガンブ将軍とレーリア公女の顔を見比べる。
恐らくこの兵士はガンブ将軍の副官なのだろう。着ている鎧が立派なので、身分の高い指揮官であることが分かる。だが指揮官であるがゆえに、ガンブ将軍が出した最後の命令に従うべきなのか、それとも独自の判断を下すべきなのか迷っているのだ。
「私は先ほどまで、ヘレン王女と一緒にいました。王女は現在、ライオネル王国の陣地に身を寄せています」
「本当ですか! レーリア公女!」
「ヘレン王女を助けるために、協力してください」
レーリア公女がヘレンの名前を出すと、ヘイレント王国の兵士は顔が明るくなる。
「聞いたかお前ら! ヘレン王女はご無事だ。王女を守るためにも戦うぞ! ヘイレント王国の旗を立てろ、王女が生きていることを兵士達に知らせろ!」
ヘイレント王国の兵士達が立ち上がり、急に勢いを盛り返す。
「なるほど、その手がありましたか」
私は素直に感心した。ヘレン王女の名前を出すことは思いつかなかった。
「ヘレンは可愛いですからね。兵士に人気があるのですよ」
レーリア公女は、自慢の友人を語るように目を細める。
「レーリア様、ここでは怪我人の治療も満足に出来ません。怪我人をライオネル王国……いえ、ハメイル王国に護送しましょう。ガンブ将軍もそちらに」
「そうね、分かった。マイス、怪我人をハメイル王国に護送して!」
私の提案に、レーリア公女が頷いてマイスに命令を下す。
まとまり始めたホヴォス連邦とヘイレント王国が、魔王軍を押し返し始める。
南を見れば、ハメイル王国がディモス将軍率いるホヴォス連邦の主力部隊を援護していた。ディモス将軍はスート大橋の前で体勢を立て直し、ハメイル王国と共に反撃を始めていた。
この調子ならば、味方に好調をもたらす『恩寵』の効果で、左翼と中央部分は持ち直せるだろう。
だがいくら『恩寵』があろうと、この戦争を勝利に導く力は私にはない。
私は北に目を向けた。フルグスク帝国とヒューリオン王国。大陸最強の名を分け合う両大国が、この戦争の行方を決定する。
今は両国の勝利を願うしかなかった。
連続更新はこれで終了
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