第三十四話 第九波濤陣
ロメリア戦記コミックス第二巻発売記念更新
「ロメリア様、次はどこを狙います?」
返り血を浴びたグレンが、戦意をたぎらせる。
「次の敵はあれです」
私はホヴォス連邦の陣地を闊歩する、雷竜を指差した。
雷竜は青い鎧を着た巨体の魔族に操られ、ホヴォス連邦の陣形を蹴散らしている。そして雷竜に続き千体の装甲巨人兵が進撃し、ホヴォス連邦の兵士達を皆殺しにしていた。雷竜と装甲巨人兵を倒さない限り、ホヴォス連邦の兵士達は救えない。
「グレン、あの竜を倒せますか?」
「最っ高のご命令です!」
グレンは意気揚々と槍を掲げる。グレンはやる気だが、問題は周囲にいる装甲巨人兵だ。彼らの防御は、簡単には崩せない。さらに、連中は私達の存在に気付き、後方の兵士達が反転して、こちらに向けて防御陣形を組み替えている。後ろから攻撃して、楽に倒せる状況でもなくなった。
「敵は重装備です。『第九波濤陣』を使います。ハンス、陣形変更を!」
「了解しました。陣形変更! 第九波濤陣! 急げ!」
私の命令にハンスが号令をかけ、兵士達が一斉に動きだす。騎兵が横陣を組み、九つの騎兵の列が出来上がった。私とグレン、ハンスは最後尾の九列目に入る。
「ねぇ、何をするつもりなの?」
唯一陣形の意味を知らないレーリア公女が尋ねるが、実際に見た方が早い。
「すぐに分かりますよ。第一の波濤、突撃!」
私の号令に、整列していた百人の騎兵部隊が、魔王軍の装甲巨人兵に向かって走り出す。
百人の騎兵が装甲巨人兵と激突したが、その防御を崩せず、すぐに反転して後退する。
「第二の波濤、突撃!」
私は即座に第二陣を突撃させる。
「何よ、ただの波状攻撃じゃない」
目の前で繰り広げられる騎兵の突撃に、レーリア公女がつまらなそうにつぶやく。
確かに、第九波濤陣は九回に分けられた波状攻撃だ。ただし、第一波が百人による突撃だったのに対し、第二波は二百人に増強されている。そして第三波第四波と数を増やしていき、最後の第九波には残った全兵力を割り振る攻撃だ。
私は次々に騎兵を繰り出すが、魔王軍の装甲巨人兵は第八波を耐え抜く。だが私が生み出す波は九回目が最も強い。
「第九の波濤! 突撃! 我に続け!」
私は兵士達に号令し、馬を全速で走らせる。
騎兵達の先頭に立ちながら、私は波状攻撃を耐え抜いた装甲巨人兵の列を見る。
私は敵の隙や弱点を見抜き、戦場の動きを予測することが出来るようになった。しかし防御を固め、隙のない相手の隙は、いくらなんでも突けない。だが無ければ作ればいいだけのこと。
徐々に強くなる波濤の攻撃を受けたことで、装甲巨人兵の鉄壁の防御にも綻びが出来ている。一体の魔族が傷付き、今にも倒れそうだ。
「そこっ!」
私は倒れそうな魔族に向けて、馬を突撃させる。
馬の突撃を魔族は支えきれず、押し倒され踏み潰される。馬の脚から、骨を砕き肉を踏み潰す感触が伝わるが、これで戦列に穴が開いた。
装甲巨人兵が、突撃して来た私達に槍を向け串刺しにしようとする。
「ロメリア様に近寄るんじゃねぇよ!」
「そういうこと」
グレンが槍を払って装甲巨人兵を薙ぎ倒し、ハンスが鎧の隙間を狙って突きを繰り出る。そしてロメ隊の二人が開けた穴に、後続の騎兵が雪崩れ込む。
「ここはもういいです。グレン! 貴方は竜を!」
私は周囲に味方が増えたことで安全を確認すると、雷竜を指差した。
「了解!」
「ハンス、貴方も付いていってあげてください」
グレンが嬉々として雷竜に向かって行く。だがグレンだけでは不安だったので、私は鎧の上に着けているポーチが付いたベルトを外し、ポーチをハンスに投げて渡した。
「爆裂魔石が入っています。うまく使ってください」
私のポーチを受け取ったハンスが頷き、グレンの後を追いかける。
「ねぇ、二人だけで大丈夫なの」
レーリア公女はたった二人で、あの大きな雷竜を倒せると思えないのだろう。
「あの二人なら、大丈夫だと思いますよ」
私はグレンとハンスを見守る。
雷竜退治を任されたグレンは、意気揚々と馬を走らせて雷竜の左後方から接近する。そして柱のように太い左後脚に、自慢の槍をお見舞いした。
しかし雷竜は痛痒にも感じないのか、その足取りに変化はない。
「ったく、鈍い野郎だ!」
グレンがもう一度槍を繰り出そうとしたが、頭上から降り注ぐ矢に攻撃を阻まれる。雷竜の背中に取り付けられた大きな籠から、魔族が身を乗り出しグレンに向けて矢を放っていたのだ。
「うるせぇんだよ」
グレンが矢を放つ魔族を睨むと、視線の先に槍が飛来し、魔族の腹に突き刺さった。絶命した魔族が籠から落ちる。槍を投げたのはハンスだった。
「グレン、さすがに一人じゃ無理だよ」
「ちぇっ、俺一人じゃ頼りないってか?」
グレンが私に視線を送る。私は頑張れと頷き返しておいた。
「グレン、君一人でも倒せると思うけど、この竜は早く倒さないと」
「わーったよ、まずは上の魔族をどうにかしねーとな。俺が上に登るから、注意を引いてくれ」
グレンが口を尖らせたが、仲間の援護を拒否するほど馬鹿ではない。彼の指示にハンスは頷き、腰の剣を抜いて馬を走らせ、雷竜の右前脚に移動する。そして雷竜の柱のような脛を剣で斬りつけた。だが分厚い皮膚に阻まれ、出血すらしない。しかしハンスは諦めず、もう一度同じ場所を攻撃した。
二度目の攻撃で、前脚から血が噴き出す。だが巨大な雷竜からすれば、ほんのかすり傷だ。しかし痛みは感じたのか、雷竜は長い首を下に曲げて、自分の足元を覗き込む。
「やぁ、こんにちは」
雷竜と目が合ったハンスは挨拶をする。雷竜は返事代わりにハンスを踏み潰そうとする。
鉄槌の如き雷竜の一撃、掠るだけで吹き飛ぶような攻撃だが、ハンスは巧みに馬を操り、雷竜の足元で踊るように馬を走らせて降り注ぐ足を回避する。
雷竜が同じ場所で足踏みをするので、雷竜の手綱を握る青い鎧を着た魔族が、足元のハンスに気付いて矢を放つ。
矢の攻撃に晒され、ハンスはたまらず雷竜の足元から逃れる。
私はハンスではなくグレンに目を向けた。グレンはハンスが魔族の注意を引いている隙に、雷竜の左脚に馬を寄せた。そして愛用の槍をベルトに突き刺して背中に回し、雷竜の太腿に飛び付きよじ登った。
雷竜の背中に手をかけたグレンは、一気に駆け上がると腰の槍を引き抜く。籠の中で弓を引く魔族がグレンに気付き、慌てて弓を向けようとする。だがグレンの方が早かった。グレンは素早く接近すると、次々と魔族を槍で突き刺して籠から叩き落としていく。
「グレン! 上です!」
籠の中の弓兵を一掃したグレンに、私は頭上を指差し注意した。
グレンは、自分に降りかかる影に気付いて槍を掲げる。グレンが見上げた先には、青い鎧を着た魔族が、槍を構え飛びかかって来ていた。
グレンは魔族の槍を受けたが、巨体の魔族は恐るべき膂力でグレンの体を弾き飛ばした。
吹き飛ばされたグレンは、雷竜の背にしがみ付きながら相対する魔族を見上げる。
青い鎧を着た魔族は、雷竜の手綱を握っていた兵士だった。おそらく名のある魔族なのだろう。他の魔族と比べても頭一つ分は大きく、鎧の上からでも隆々とした筋肉が見て取れた。
巨体の魔族は、槍を小枝のように振り回してグレンに迫る。
グレンは立ち上がり、槍を薙ぎ払い攻撃するも、迫り来る魔族の槍に簡単に弾かれてしまう。
巨体の魔族は力任せに槍を振り回す。グレンは全力で対抗するも、力負けして後ろへと追い詰められていく。
「ちょ、大丈夫なの」
私の背後で、レーリア公女が声を震わせるが、今は見守るしかない。
グレンの得意技は力を込めた薙ぎ払いだ。しかし相手は破格の巨体を持つ魔族、力では敵わない。グレンの攻撃は軽々と弾かれてしまう。
力の圧力に押されてグレンは徐々に後退し、ついに尻尾の付け根まで追い詰められる。
「このままで、終われるかよ!」
追い詰められたグレンは、大振りの薙ぎ払いを放った。
しかし間合いを測り損ねたのか、払った槍は空を切る。空振りかと思った瞬間、グレンがその場で横に一回転し、遠心力の乗った一撃を放つ。
魔族は槍で受けるも、今度は魔族の槍が弾かれる。
「どーだ! これなら力でも勝てんだろ!」
魔族の槍を弾いたグレンは、怒声を上げながらさらに回転攻撃を連続する。
遠心力の加わった攻撃は魔族の膂力を上回り、魔族の槍を次々に弾いていく。
攻撃を続けるグレンに、魔族は付き合っていられないと、数歩後ろに下がった。
回転攻撃は大振りなため、その軌道が読みやすい。魔族はグレンの攻撃をやり過ごし、背中を見せた瞬間を狙い、鋭い突きを放った。
しかしその瞬間、背中を見せるグレンが腕を引き、石突を脇から背後に伸ばして突きを防いだ。さらに回転を止めず、半回転して攻撃へとつなげる。
魔族は慌てて後退するが、グレンの攻撃は止まらない。自分自身が回転するだけでなく、手に持つ槍を旋回させ、薙ぎ払うだけではなく突きも繰り出す。さらに攻撃に緩急をつけ、頭や足なども狙い始める。
「ただグルグル回るだけの攻撃だと思ったか? アルやレイに勝つために編み出した旋風陣だ! 勢い上げていくぜ!」
グレンは威勢よく啖呵を切ると、その宣言通り回転は勢いを増し、攻撃はさらに多彩さを見せる。その動きはさながら、戦場に吹き荒れる小旋風。止まらない連続攻撃に魔族は後退を続け、弓兵が乗っていた篭にまで追い詰められる。
魔族は籠を飛び越えさらに後退するが、グレンは回転を止めず、籠を粉砕して前進する。
これ以上退路はないと、魔族は左手を前にして、突きの構えを取った。
回転よりも早く突きを放ち、グレンを突き殺そうというのだ。
グレンの回転を見切り、魔族が狙いすました突きを放つ。だがその瞬間、グレンが回転を止め、魔族の突きを叩き落した。そして跳ね上げた槍を魔族の左手首に突き刺す。
手首が半ば断ち切れる一撃に、魔族が苦痛の声を上げた。
「お前、力はスゲーけど、槍の腕前はいまいちだな」
グレンは、苦痛に唸る魔族を見下ろす。
相手は破格の巨体を持つ魔族だ。その力で槍を振り回せば、これまで敵などいなかっただろう。技を磨き、工夫を凝らす必要も無かったのだ。だが一度自分の優位が崩れれば、対抗する手段を持たないのだ。
一方グレンは爆発力や力ではアルやオットーに劣り、素早さと正確さではレイとカイルに負け、技巧ではグランとラグンの後塵を拝している。
上位の六人に追い付けないグレンだが、それだけに自分より強い相手との戦いには困らない。
グレンは敗北から何度も立ち上がり、工夫を凝らして技を磨いてきたのだ。
「お前は俺より強かったけれど、自分より強い奴と戦った経験値に、大きな開きがあったな」
魔族の言語、エノルク語ではないため、グレンの言葉は魔族には届いていなかっただろう。魔族は爬虫類の顔を歪め、右手一本で槍を掴み渾身の突きを放つ。
「おせぇよ」
グレンの槍は魔族よりも早く、鎧ごと胸を貫いた。
第九波濤陣
元ネタはイヴァン・アイヴァゾフスキーの絵画から
たいへん雄大な絵です
明日も更新します、これで連続更新は終わりにします




