第三十三話 槌と金床
ロメリア戦記コミックス第二巻発売記念更新
「総員突撃!」
「お前ら! ロメリア様に続け!」
私が馬の腹を蹴り走らせると、グレンが兵士達に号令し、騎兵部隊が付いてくる。
丘の上を北に向かって疾走すると、丘の下ではカイルの予備兵が北上し始める。しばらく進むと、丘の上にも少数だが魔王軍の兵士が現れ始める。
私は馬の腹を蹴りさらに加速させる。非力な私では敵を倒せない。だが相手が少数の歩兵であれば力はいらない。馬が蹴散らしてくれる。
私が馬で突撃すると、魔王軍の兵士達が驚いて避ける。そこにグレンとハンスが率いる騎兵部隊が続き、槍で串刺しにし、馬で踏み殺していく。
周囲を見ると、雷竜が我が物顔で闊歩し、ホヴォス連邦の前線は大混乱に陥っていた。すると混乱する前線を切り離すように、後方の部隊が分離し、騎兵部隊を先頭に戦場から離脱を始める。先頭で騎兵部隊を率いるのは、五つの星の旗を掲げるディモス将軍だった。
ホヴォス連邦の全軍は救えぬと判断し、約半数を切り捨てたのだ。
素早い決断とも取れるが、まだ挽回可能な状況で、数万を見捨てるのはどうかと思う。
私はディモス将軍の判断に顔をしかめ、丘の上を馬で走らせる。すると行く手に一体の魔族が、背中を見せて立っていた。魔族の前には二人の女性が、兵士を担ぎ立ち尽くしている。
二人の女性は、ホヴォス連邦のレーリア公女とヘイレント王国のヘレン王女だった。
「グレン!」
私が叫ぶと、後ろを走っていたグレンが私を追い抜き、一体の魔族に肉薄する。そして通り抜けざまに槍を振るい、一撃で仕留めた。
肉を貫く音の後に、一体の魔族が倒れる。
「レーリア様、ヘレン様、無事ですか!」
私は馬を急停止させると、目を瞑っていたレーリア公女とヘレン王女が目を開ける。
「ロ、ロメリア様?」
ヘレン王女が驚きに目を見開くと、安堵からかその場にへたり込んだ。レーリア公女はそのまま棒立ちとなり、肩に担いでいた兵士が滑り落ちる。
二人が担いでいた兵士は、ヘイレント王国の騎士ベインズだった。息はあるようだが、意識がないらしい。だがレーリア公女とヘレン王女には、目立った外傷はない。
「ご無事で何より。兵をお貸ししますので我が陣地へ……いえ、ハメイル王国の陣地へお逃げください」
私はもっとも南に布陣するハメイル王国を見た。
この戦争がどうなるか分からないが、最悪レーン川を渡って撤退もあり得る。スート大橋に一番近い、ハメイル王国の陣地にいれば安心だ。
「感謝します、ロメリア様」
ヘレン王女が涙ながらに礼を述べるが、レーリア公女は何が気に入らないのか、柳眉を逆立て私を睨んでいた。
「待ってください。ロメリア様はこれからどうするおつもりですか?」
「私ですか? 私はこれよりホヴォス連邦とヘイレント王国の援護に向かいます」
やや険のあるレーリア公女に答えながら、私は半壊している両国の陣地を見た。
ホヴォス連邦はディモス将軍が主力部隊を率いて戦線から離脱したため、指揮する者がいなくなっている。ヘイレント王国は決壊した堤防の水により多くの兵士が流され、陣地が完全に崩壊していた。両軍を援護しなければ中央部分が壊滅する。
「助ける? 貴方が? 私達を?」
「助け合わねば負けます」
レーリア公女は私の行動が信じられないようだが、協力せずに勝てるほど魔王軍は弱くない。
「話があれば後ほどお伺いします。今はハメイル王国の陣地までお下がりください」
「待ちなさい! 私も行きます! 連れて行きなさい」
「ええ? 本気ですか!」
突然一緒に行くと言い出すレーリア公女に、私は驚いた。
私に対する対抗心からだろうが、女性を戦場に連れて行くわけにはいかない。
「空いている馬はありません。どうしてもと言うのなら、私の後ろに乗ってください」
私は自分の後ろを指差した。私との二人乗りを、断るだろうと思っての提案だ。
「分かったわ」
だが予想に反して、レーリア公女は私の馬に飛び付き、スカートをたくし上げてよじ登る。
「これでいいでしょ!」
私の後ろに乗ったレーリア公女が、憎らしい笑みを見せる。
「ああ、もう! どうなっても知りませんよ!」
どうしてそこまでするのか分からないが、今はとにかく時間が惜しい。私はレーリア公女を後ろに乗せて、馬を走らせた。
「ちょっと、下の歩兵のこと、置いていっているわよ!」
背後でレーリア公女が叫ぶ。確かに丘の下を進軍する歩兵部隊は、馬の機動力に追いつけず距離が開いていく。
「これでいいのです。歩兵は鉄床、騎兵は槌!」
丘の上を北上していた私は、左に方向転換して一気に丘を下る。背後のレーリア公女が悲鳴を上げるが、私は速度を緩めず一気に駆け下りる。目指すは魔王軍の歩兵の列だ。
「ここっ!」
私は叫びながら魔王軍の戦列を見定め、一点を目指して手綱を操る。
「ちょっと! どこ行くつもりよ!」
背後でレーリア公女がまた叫ぶ。
「大丈夫、あの戦列には隙間が出来ます」
「ちょ、本当⁉」
私の自信満々の言葉に対し、レーリア公女が悲鳴を上げる。
驚くのも無理もない。魔王軍の歩兵の列には、馬が入れる隙間もない。しかしあの部隊は、この後二つに分裂する。
前にいる魔王軍の歩兵部隊は、ホヴォス連邦の陣地を蹂躙するために前進していた。だが南から迫るライオネル王国の歩兵部隊に気付き、一部が方向転換しようとしていた。魔王軍の歩兵部隊には、意識の切れ目とも言うべき隙間が出来ている。私にはそれが見えた。
レーリア公女の悲鳴を置き去りにして、私が歩兵の列に真っ直ぐ馬を走らせると、魔王軍の歩兵部隊が動く。前進する者、方向転換する者がそれぞれ移動し、ぴったりと閉じていた兵士の列に、馬一頭分の隙間が生まれる。
そこはまさに、私が進もうとしていた場所だった。
私は亀裂のような隙間に馬をねじ込み、強引に押し広げて進撃する。
背後でレーリア公女がまた悲鳴を上げる。だが彼女を臆病と笑うことは出来ない。何せ敵のど真ん中に突っ込んでいるのだ。目に映るのは全て敵。幾百の刃が煌めき、私達を斬り裂こうと四方八方から向かって来る。だが刃が私達に届くことはない。半馬身後ろを走る二人の兵士が、私達を殺そうとする魔族の頭を貫き、腹を斬り裂いているからだ。
後ろを振り返るまでもない。右後方にいるのがグレン、左後方にいるのがハンスだ。さらに後続に五千人の騎兵部隊が続く。
私は走り続けると魔王軍の列が途切れ、敵陣の突破に成功した。私は敵がいない場所まで進んで振り返ると、すぐ後ろにはグレンとハンスがいた。二人共息は荒く、槍や鎧は血に塗れている。
さらにその奥に目を向けると、私達が駆け抜けて来た魔王軍の歩兵部隊が見えた。そこには何千体もの魔族の屍が横たわっている。悪くない戦果だった。
「すごい、なんで? どうしてこんなことが出来るの?」
「さて、どうしてでしょうね? なぜか分かりました。理由はありません」
レーリア公女は見たことが信じられないようで、興奮気味に私に話しかける。しかし私には答えられなかった。
兵士を指揮する者には、戦いの推移を先読みする能力が求められる。なぜなら命令を下しても、兵士が命令を実行するまでには、どうしても時間差が出来てしまうからだ。
そのため指揮官は時間差を考慮し、戦場の推移を先読みして命令を下さなければならない。
私も最初は出来なかったが。しかし前線で指揮を執るうちに、なんとなく先読みが出来るようになっていった。そしてある時、戦場全体の流れだけでなく、兵士達の意識や動き、隙がある部分、弱っている場所が分かるようになった。
なぜこんなことが出来るようになったのかは、私にも分からない。
理由はないとする私の答えに、レーリア公女は呆気に取られていた。
再び戦場に目を移すと、丘の下を北上していたカイルの予備兵が、魔王軍と交戦していた。戦況はこちらに優位に進んでいる。私達に中央突破され、魔王軍歩兵部隊は浮足立っている。
今が押し返す好機だった。
ロメリアないしょばなし
ロメリア「戦場に女性を連れて行くわけにはいきません!」(キリ
レーリア「ねぇ、誰かこの子に自分の性別教えてあげてくれない?」
アル「あー無理っす。これまでだいぶ頑張ったんですけど」
レイ「誰一人成功してません」
明日も更新します