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【アニメ化決定】ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~  作者: 有山リョウ
第五章 ガンガルガ要塞攻略編~連合軍と共に、難攻不落の要塞を攻略しに来た~
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第二十九話 槍衾


いつも感想やブックマーク評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。

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 円形丘陵の上に築かれたヘイレント王国の本陣では、王女であるヘレンが緑のドレスを着て椅子に座り、所在なさげに視線をあちこちに送っていた。

 周囲ではガンブ将軍が怒声を上げて命令を下し、兵士達が忙しく行きかっている。誰もが殺気立っており、温室育ちのヘレンは物々しい空気に、身がすくんでしまう。だが真に恐れるべきは、周囲にいる兵士達ではなかった。


 ヘレンが西方を覆う森に目を向けると、森の中からは続々と黒い鎧を着た魔族が現れ、素早く陣形を組み上げていく。ガンガルガ要塞を救援するためにやって来た、魔王軍の兵士達だ。

 彼らこそまさしく本当の敵、ヘレン達を殺すために派遣された魔王軍の軍勢だ。ヘレンは今さらながらに自分が戦場にいることに気付き、体が震えるのを止めることが出来なかった。


「ヘレン様。安心してください」

 側に控える護衛の騎士ベインズが、黒髪の下に優しげな笑みを見せる。

 ベインズはヘレンの乳母の子供であり、同じ乳を飲んで育った間柄だ。ヘレンには二人の兄と一人の姉がいるが、実の兄姉より親しみを感じており、兄のように慕っている。


「貴方は私が守ります」

「ありがとう……ベインズ」

 乳母兄妹の言葉にヘレンは安堵する。


「とは言っても、本当はロメリア二十騎士、グランベルとラグンベルあたりに守ってほしいというのが貴方の本音ですかな?」

「もう、やめてよ」

 ベインズが笑い、ヘレンは顔を赤く染めた。


 ヘレンの趣味は読書であり、恋愛小説を好む。最近はライオネル王国からもたらされる、ロメリアを題材にした恋愛小説が好みで、発売された本は全巻所有している。

 今回の遠征では、ヘレンが同道することが半ば勝手に決められてしまったが、ロメリアが来ると知り、ヘレンは内心喜んでいた。


 実物のロメリアは小説とは少し違っていたが、ロメリア二十騎士は物語の通りロメリアに絶対の忠誠を誓っており、その姿を見ることが出来て満足だった。ヘレン一押しのレイヴァンに会えなかったことは残念だったが、グランベルとラグンベルの双子は、物語の挿絵に描かれる以上に美男子で、しかも小説の通りいつも一緒にいる。その姿は実に尊い。


「お二人に声をかければよろしかったのに」

「そんなこと、出来る訳ないでしょう」

「ああ確かに。女性から声をかけるのは、淑女の嗜みに反しますね」

「何を言っているの、違います。ああいうのは、遠くから見ているのがいいのですよ」

 ヘレンは乳母兄妹に対して、分かっていませんねと顔をしかめた。

 ベインズの言ったことは無粋の極みだったが、話しているとヘレンの心がほぐれた。そして呼吸を整え、背筋を伸ばす。


 ヘレンがここにいる目的は、ロメリアのように兵士達を鼓舞するためだ。自分にロメリアと同じことが出来るとは思えないが、怯えた顔を見せて、士気を下げることはしたくなかった。

 戦場を見ると兵士達が整列し、陣形が整う。戦いを控える兵士達に、ガンブ将軍が激励の声をかける。勇ましい声に兵士達は鼓舞されたらしく、あちこちで声が上がる。

 兵士達の士気が高まったのを見て、ガンブ将軍は頷き、振り返ってヘレンを見る。


「王女様。お言葉をいただけますか?」

 ガンブが恭しく礼を取る。ヘレンは軽く頷き、立ち上がって前へと進み出た。

 丘の上に立つヘレンに、兵士達の視線が集中する。幾万もの瞳に見つめられ、ヘレンは喉が干上がるほどの緊張に包まれた。

 ただ人々に見つめられるということが、これほどの重圧とは夢にも思わなかった。しかしここで無様な姿を見せることは出来ない。嘘でも胸を張り、声を出さなければいけなかった。

 ヘレンは唾を呑み、喉を濡らす。一言、ただ一言だけ絞り出せればそれでよかった。


「勝利を!」

 注目する軍勢の前で、ヘレンは右手を掲げ、勝利を求めた。

 ヘレンの短い言葉に、兵士達が沸き立ち大歓声が上がる。

 大喝采を受けてヘレンは倒れそうになったが、ここで倒れてはなるまいと足に力を入れる。


「頑張りましたね」

「ロメリア様の真似をしただけです」

 褒めてくれるベインズに、ヘレンは真実を話した。

 先程の言葉は、小説にあった一幕の再現だ。実際にロメリアが同じことを言ったのかは分からないが、求められていることは同じだと考え、後は役者にでもなったつもりでやっただけだ。


「それでもお見事でしたよ、ヘレン王女。立派でしたぞ」

 話を聞いていたガンブ将軍が、長い髭を頷かせる。

 この老将軍がヘレンを孫のように可愛がりつつも、王族としては何一つ期待していないことに、ヘレンは気付いていた。しかし先程のことで、どうやら見直してくれたらしい。


「そうでしょうか?」

 ヘレンは首を傾げた。自分では頑張ったとは思っている。だが褒められるほどのことをしたとは思えない。

「兵士が戦う理由はさまざまです。国のため、名誉のため、金のために戦う者もおります。重要なのはその理由に対して、命を懸ける価値があると、信じ込めるかどうかです。少なくとも、兵士達の何人かは、今日ここで命を懸ける意味を見出だしたようですよ」

 ガンブ将軍が、気炎を揚げる兵士達を見る。


 ヘレンは役目を果たせたことをうれしく思うが、一方でそんな重いものを背負うことになるとは予想しておらず、顔を強張らせた。

 ヘレンは改めて魔王軍を見る。どれほどいるのかも分からないが、今から戦争が始まるのだ。


「十五万といったところですね」

 ベインズが魔王軍の数を教えてくれる。連合軍の兵士の数よりも少ないことに安心したが、魔王軍の兵士の力量は、人間の兵士の倍に相当すると聞いている。魔王軍の数を倍にしてもまだ連合軍の方が数は多いが、絶対安心とは言い切れない。

「不安ですかな? ヘレン王女」

「いえ、そんなことは……」

 ガンブ将軍がヘレンの心を見抜く。だが戦いを控える将軍を前に、不安とは言えない。


「ご安心ください。この戦いは我らにとっては有利です。まず後ろのガンガルガ要塞」

 ガンブ将軍は、背後にそびえるガンガルガ要塞を指差した。

「ロメリア様のおかげで、ガンガルガ要塞から敵が打って出てくる可能性は無くなりました。挟み撃に合う心配はありません。さらに魔王軍が西からやって来ることは分かっておりましたので、円形丘陵の西側には、防御のための陣地構成が既になされてあります」

 ガンブ将軍が陣形を組む兵士達の前を指差すと、確かに柵や土塁が積み上げられている。


「守りを固めれば、余程のことがない限り、簡単に突破されることはありません」

 ガンブ将軍は自信満々に頷く。

「そして今回の陣形では、ハメイル王国が最左翼に位置し、その次がライオネル王国、そしてホヴォス連邦と我がヘイレント王国が中央を、最後にフルグスク帝国とヒューリオン王国の軍が右翼を担当しております。左翼がどうなるかは分かりませんが、右翼は必ず勝利します」

 ガンブ将軍につられて右翼を見ると、大陸最強騎士団と名高いヒューリオン王国の太陽騎士団とフルグスク帝国の月光騎士団が見えた。


「我々は地の利を生かし、敵の攻撃を引きつけて、耐えればいいのです。あとはヒューリオン王国とフルグスク帝国が敵を突破し、勝利するという算段です」

 ガンブ将軍の説明に、ヘレンはなるほどと頷く。


 前を見れば魔王軍も、向かって右、彼らにしてみれば左翼に戦力を多く配置していた。魔王軍も右翼を警戒しており、敵味方の考えが一致していることが分かる。

 ヘレンはガンブ将軍の説明に安心しかけたが、その安らぎを打ち砕くように、遠雷の如き音と衝撃が響きわたり、西を覆う森からは鳥達が飛び立ち、木々がへし折れる音が聞こえてくる。


「なっ、なんです? これは?」

 地面から伝わるこれまで聞いたことがない音と衝撃に、ヘレンは血の気が引く思いだった。

 それは足音のように一定の間隔を持ち、こちらに近付いて来ていた。


 何かが来る。

 ヘレンが拳を握り締めていると、足音が森の手前にまで迫る。

 誰もが息を呑み、森を凝視する。すると木々の間から、巨大な爬虫類の顔が姿を現した。

 大きな頭は岩の様な鱗で覆われ、ヘレンを丸呑みに出来そうな巨大な口には、何本もの牙が並んでいた。初めて目にする悪夢の如き恐ろしい姿だが、ヘレンはそれが何なのか知っていた。


「竜!」

 ヘレンは驚き、これまで気炎を揚げていた兵士達も、彫像の様に固まり声をなくす。

 それは間違いなく、竜と呼ばれる生き物だった。しかしヘレンの知る竜は、馬ほどの大きさしかない。だが森から首を出した竜は、家屋の屋根にも届くほどの大きさだ。

 竜が足音を響かせて前に進む。長く太い首に大きな胴体が続く。前脚は異様に小さいが、逆に後脚は太く、その巨体を二本の脚で支えていた。


「あの姿、暴君竜なの!」

 ヘレンは震える声で竜の名を叫んだ。

 大昔から伝わる神話には、ヘレン達が住むこの大地にも、多くの竜が棲んでいたとされる。しかし傲慢な竜に神が怒り、星を降らせて竜を絶滅させたと記されている。

 これまでその神話のことを、おとぎ話の類いだとヘレンは思っていたが、目の前の竜は、神話に描かれている暴君竜と呼ばれる竜の姿そのものだった。


 巨大な暴君竜が、全身を震わせ咆哮を上げる。千人の絶叫よりもなお大きな声に、ヘレンは身をすくませ声も出なかった。

 戦慄するヘレンの耳に、足音はさらに続く。

 梢をへし折り、三本の角を掲げる三本角竜が現れたかと思うと、背中に剣を生やしたような剣竜が森から飛び出てくる。その隣からは、長く巨大な腕を振り回す怪腕竜が草木を薙ぎ払って登場し、森の別の場所からは背中に帆のような背鰭を持つ棘竜が突進して来る。そして極め付けに、木々の天井を突き破り、巨大な竜の首が森の上に現れた。長すぎる首と尻尾、船のように巨大な胴体を持つその竜は、太い足で大地を踏みしめ、雷のような足音を響かせる。


「雷竜か! おのれ魔族め、魔大陸から、竜を運びおったな」

 神話に描かれたままの竜を見て、ガンブ将軍が忌々しげに顔を歪めた。

 魔族の国は、海を渡った別の大陸にあると言われている。彼らの国では今なお竜が生き残り、蠢いているのだ。


 森から這い出てくる六頭の竜達。その首には鎖が巻かれ、背中には魔族が騎乗していた。

 暴君竜の背には巨体を誇る魔族が跨り、弓を小脇に抱え、鞍に大きな棍棒を括り付けている。

 三本角竜の背には白、緑、黄色と三色に輝く杖を持つ魔族が跨っている。棘竜の背では、槍を持つ魔族が雄叫びを上げていた。怪腕竜の背では、双剣を持つ魔族が剣を高らかに掲げている。剣竜の背に乗る魔族は、両端に刃が付いた双頭の槍を振り回し威嚇していた。


 そして巨大な雷竜は、首の根元に槍を背負い、弓を持つ魔族がいるだけでなく、大きな背中に巨大な籠が取り付けられていた。籠の中には四体の魔族が乗り込み、弓を構えている。

 竜の後ろからは、さらに全身を鎧で武装した大柄の魔族が続く。装甲されたその姿は、装甲兵、いや、装甲巨人兵とも言うべき威容だ。


 魔王軍の兵隊の列はまだ止まらない、装甲巨人兵に引き続き、さらに竜が出てくる。だが続いて現れた竜は、六頭の大型竜とは違い、ずっと小さな竜だった。

 小さいといっても、どれも馬ほどもある大きさで、二本の後脚で体を支えている。後脚には巨大な鍵爪があり、口にも残忍な牙が見てとれた。


「あれは、獣脚竜!」

 あの竜はヘレンも剥製で見たことがあった。岩場に生息する中型の竜で。決して人に慣れることはないと言われている。だが魔族は背に跨り、馬の代わりとしていた。竜騎兵とでも呼ぶのだろうか? その数は千頭にも達しようとしている。


 大型竜が移動し、連合軍の前に一頭ずつ配置される。

 ハメイル王国の前には、背中に剣のような突起を持つ剣竜が陣取る。ライオネル王国の前には、大きな爪と長い腕を持つ怪腕竜が移動した。ホヴォス連邦の前には、雷竜が遠雷の如き足音を響かせている。フルグスク帝国の前には三本の巨大な角を持つ三本角竜が巨体に似合わず軽やかな足取りを見せる。ヒューリオン王国の前には、背中に帆のような鰭を持つ棘竜が移動した。そしてヘレンのいるヘイレント王国の前には、よりにもよって暴君竜が歩いて来る。


「ガ、ガンブ将軍」

 ヘレンは声を震わせながらガンブ将軍を見ると、老将軍の顔には不敵な笑みがあった。

「下らん! 底が見えたわ! ご安心ください、ヘレン王女。あんなものは見せかけです」

 ガンブ将軍は、魔王軍の大型竜を一笑に付した。

「なるほど、あの大型竜は恐ろしく見えるでしょう。騎士百人分の力があると見て間違いありません。しかし百人止まりです。あの竜が何十頭、何百頭といるのであれば確かに脅威ですが、この戦場にいるのは六頭。後方に隠していたとしても、全部で十頭が限界でしょう。六百から千人程度の戦力が増えただけです」

 ガンブ将軍は冷静に戦力を測定し、過大評価も過小評価もしていなかった。


「むしろ後から現れた装甲巨人兵や、獣脚竜に乗った竜騎兵の方が脅威でしょう」

 巨大な大型竜に目を奪われていたヘレンに対し、ガンブ将軍は装甲巨人兵や竜騎兵に目を向け、警戒していた。

「兵士達よ、喜べ! 敵が竜を持ってきてくれた! 竜殺しの英雄として名を残せるぞ!」

 ガンブ将軍は強大な敵の出現を、手柄を立てる好機だと激励を飛ばす。竜の出現に戦意を削がれていた兵士達も、この言葉に盛り返す。


 ヘレンは他国の本陣に目を向けると、それぞれの国でも兵士達が声を上げ、竜を殺すのは自分だと叫んでいた。あの恐ろしい竜に向かって行けるというのだから、信じられない勇敢さだ。

 西に目を向けると、森の中から小柄な歩兵部隊に守られて、竜の旗を掲げた一団が現れる。あの中に魔王軍を指揮する将軍がいるのだろう。


 森の手前に竜の旗が翻り、魔王軍の本陣が築かれる。

 ヘレンが目を凝らすと、竜の旗の下には赤く立派な鎧を着た魔族がいた。その横には白い衣を着た、子供のような背丈の魔族も見える。

 赤い鎧の魔族が、おそらく敵の将軍だろう。威風堂々とした佇まいだ。一方その隣にいる小柄な魔族は、杖を振るい魔族達に向かって忙しく命令していた。そしてここにも、一頭の竜がいた。ただしこちらは他の大型竜や獣脚竜とは違い、全身を硬そうな鱗で覆っているものの、体は平べったく、目も丸くてなんだか可愛かった。神話では確か装甲竜と呼ばれていた種類だ。

 傍らには、なんだかずんぐりした魔族が立っており、竜の頭を撫でている。


 ヘレンが魔王軍全体に視線を戻すと、魔王軍の兵士達が動きを止める。魔王軍も陣立てが終わり、綺麗な四角い陣形がヘレン達の前に幾つも並んでいた。

 重装歩兵の構える盾が壁のように並び、幾本もの槍が天を突く。歩兵の後ろには弓兵が列をなしている。歩兵部隊と歩兵部隊の間には、騎兵部隊が待機し嘶きを上げる。大型竜は騎兵部隊の後ろに装甲巨人兵と共に待機していた。本陣の周囲には予備兵として、他より小柄な魔族が竜騎兵と共に整列していた。


 竜の旗の下、赤い鎧を着た魔族が手を掲げる。すると周囲にいた喇叭兵が金管を天に掲げ、高らかに吹き鳴らす。魔王軍の兵士達が一斉に雄叫びを上げ、大地を震わせ前進を開始する。

 喇叭の音と雄叫びを聞き、ヘレンは息を呑んだ。

 ガンガルガ要塞を背にしたダイラス荒野で、ついに戦端が開かれたのだ。


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[一言] 暴君竜がティラノあたりだろうなとか、だいたい想像つくんだけど怪腕竜だけ判んないな……
[一言] ヘレン様がお腐れだった 良く判ってるタイプのお腐れダッタヨ ガンプ将軍の見立ては正しいけど率いてる将に見えないアイツが曲者なんだよなあ
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